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第三章 リギュウムディ修復

第19話 めぐりあい海

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「あれ? 美葉ちゃんじゃない。元気?」
 望とよく遊んでいた、近所の女の子。

「えと、あれ? おじさん。釣りですか?」
「ああ。いつもの趣味さ」
「お久しぶりです。今何が釣れますか?」
「春だから、何でも。乗っ込みの走りだが、ぼつぼつ。もう少ししたらチヌとか鯛が上がってくる」
 へーという感じで、スカリと呼ばれる、魚を生かすために海へ放り込んでいる網を覗き込む。美葉ちゃん、スカートが短いし、お尻も良い感じになっておじさんドキドキするよ。クーラーに座っていると、丁度目の前なんだよね。不可抗力だ。

「アジの刺身を食うか? 釣りたて、捌きたてだよ」
 くるっと振り返る。短めのフレアスカートが翻る。
「あー、一口だけ」
「ほらよ」
 紙皿へ数きれ放り込み、割箸も付けて渡す。醤油は共有だ。

「あーおいしい、結構脂がのっていますね」
「釣れる旬とは違うけどな。アジは夏の初めだな」
「そうでしたっけ? 昔はよくきたけどなぁ」
 そう言って、彼女は春先の海面をぼーっとながめる。

「そうだな。最近釣りはしないのか?」
「どうしても、レディだし。トイレが近くにないと。それにあれ? 誘ってくれなくて?」
 そう言ったまま、言葉が止まる。

 そうか、この子も普通だから忘れたか。
「そうだな、もう立派なレディだな」
 そう言って、にこやかに返す。

「あっうん。ねえ。おじさんと、結構釣りとかキャンプとか、行きましたよね」
「そうだね。最後が、中学校の二年生くらいか?」
「あーうん。でも今思えば、どうして? うちのお父さん、釣りもキャンプも嫌いなんですよね。虫が嫌とか言って」
「家は近いけれど、それで娘を預けます?」
 そう言って、変な顔をする。

「聞いていないの?」
「聞きました。私がごねたって、どうしても一緒に行くって」
「なら、そう言う事なんだろう」
 そう言って、ニコッと返す。

「この半年、なんだかおかしいんです。何かがなくなったというか、抜けた気がして、喪失感ていうのかな?」
 そう言って、悲しそうな顔をして首をひねる。

「おっ、ナマイキに失恋かい? 振った奴を呼んできな。おじさんが三枚におろしてやろう」
「なっこわ。振ったのは私です」
 笑いながら返してくれる。

「知っているかい? 死体はね、上がらなければ殺人じゃないんだ」
 にやっと笑い、意地悪をいう。

「おじさん、プログラマーですよね」
 ジト目頂きました。

「よく覚えていたな。WEB系の軽い奴な」
「はあっ。その軽いノリ。落ち着く。うちはお父さんもお母さんもグチグチとまあ。女なんだからとか、女だからとかまあ、色々と」
「親だからね。心配をしているんだよ。おじさんはほら、他人だから責任ないし」
「ひどっ。そうですかねぇ」
 そう言って、刺身を口に放り込む。もぐもぐとしながら、まぶしそうに海を眺めるが、その横顔は寂しそうだ。彼女は、訳の分からない喪失感に困惑しているのだろう。

「お茶いるかい。水筒だから、おじさんと間接キスだけど」
 そう言うと、何かを思い出したように、にへらと笑う彼女。

「今更でしょ。昔は、カップラーメンの回し食いとかしたし」
「はっはっ。良い子だ。はいよ、まだ熱いよ」
 そう言って、水筒の蓋を手渡す。
「はい」
 海を見つめてお茶を飲む彼女。

 目の端で、短いスカートが翻る。

 ほっとけば良いが、それもしたくないな。
「美葉ちゃん。寂しいかい?」
 そう聞いたら、何言ってんのこいつ? そんな顔。

「はい?」
「今、喪失感があって、さみしいのだろ」
 そう言われて、思いだしたように、顔が曇る。

「喪失感。あーやっぱり喪失感ですかね。何かこう理由は分からないけれど、何かぽっかりと、なくなった感じがして」
 やれやれ、我が息子ながら、望め罪な男だな。

「会いに行っても良いが、もっと辛くなるかもしれないけれど」
 確信はないが、なんとなく向こうに居るような気がするんだよな。

「この気持ち、何とかなるんですか? そもそも、おじさんが原因を知っている? 私が寝てる間とかに何かしました?」
 そう言って、詰め寄られて、襟元を掴まれる。
 ペロッと、間近にきた鼻の頭を舐める。

「ひゃあぁ」
 そう言って、彼女は後ろへ下がる。

「おっと落ちるぞ」
 手を掴む。
「おばさんに言いつけますよ」
 鼻先を、そでで拭いながら、またジト目を貰う。

「冷たいな。君と僕の仲じゃないか?」
「ええ? おじさんは…… あれ、なんで義父?」
 昔あっけらかんと言っていた、望君と結婚したら、おじさんはお父さんになるの? 望には結婚どうこうは、言ってなかったようだが、そんな事をこの子は言っていた。記憶に残っていたのか?

「昔は、言っていたねぇ。いつから言ってくれなくなったんだ?」
「えっあれ? どうして、いつから?」
 頭を抱え悩み始める。
 そして、彼女の頬を、涙が伝う。

「あれ、どうして? 涙が止まらない。ねえ、おじさんどうして?」
「来なさい、ハグしてあげよう」
 困った顔で、こっちを真っ直ぐ見てくる。
 
「変なことしないでくださいね。本気でおばさんに言いますよ」
 そう言っているが、上半身はこちらへ向かっている。

「大丈夫だよ。さあ僕の胸で泣きなさい。一回思いっきり泣いた方が良いんだ」
 そうして、彼女は泣き続け、俺は通報された。


「うちの馬鹿旦那が、すみませんね」
「いえ、こちらこそ。親を頼らず、余所の旦那さんを頼るなんて。あっお魚ありがとうございました」
 そうして、最寄りの警察署から、田倉さんのお母さんに彼女は連行された。

「あーまいった。誰だよ通報するなんて。やだね、ギスギスした世の中」
「彼女結構、影響を受けているの?」
 呆れたような顔で、奥さんが聞いてくる。

「そうみたいだね。馬鹿息子のことを、本当に好きだったみたいだね。理に逆らって、記憶の残滓がある。辛いね。神に逆らい貫くピュアラブ。それともすでに身も心も捧げたか?」
「やーねえ。中年は。お・じ・さん」
 奥さんが、にまにましなが言ってくる。

「やかましい、まだ四十三歳。ピチピチだよ」
「でっ。どうするの?」
 ため息をつきながら聞いてくる。

 少し思案をして、ぼそっと答える。
「行ってみようかなぁ」
 少し奥さんは驚いたが、不安そうに聞いてくる。

「状態によっては、彼女もっと辛いか、帰ってこなくなるわよ」
 やれやれという感じで、そんな、分かりきった忠告をしてくる。

「そうなったら、田倉さんには、悪いが。美葉ちゃんの事を忘れて貰おう」
 笑いながら答える。
 奥さんからのジト目を貰う。うん、年期が違う。さげすんだ感じが違う。ゾクゾクするよ。

「あなたねぇ。余所様の娘を」
「良いじゃ無いか、慕ってくれて居るみたいだし」
 おおうっ。奥さんのこめかみに、ビシッと青筋が立つ。

「あなた本当に、手を出したりしていないわよね。ここは日本よ」
「出さないよ。今世では君一筋」
 また、ため息。

「そう、なら良いけど。向こうかぁ、私も行こうかしら。久しぶりに自分の墓参りしないと、あそこ廃墟だからね」
 シートを軽く倒して、伸びをする奥さん。

「そうだな。何年ぶりだろう。天音はどうする?」
 聞かれて、予想外という感じ。少し驚いたようだ。

「まだ学校は始まっていないけれど、子どもにまで向こうと絡ませる必要は無いでしょ。精霊に目を付けられると、帰ってこられなくなるわよ。あの人達、常識が無いから」
「そうだな。何もかも懐かしい。プラネータ=デェ=ドムン。リギュウムディかぁ」


 その晩、何故かずっと苦しかった、胸のつかえ? 重さが軽くなった気がする美葉。つい胸のサイズを確認する。

「なんだかおじさん。すべて知っている感じだった。変なの」
 そうぼやきながら、布団へ入る。
 胸は軽くなったが、寝ようとすると、山川 全一(ぜんいち)。おじさんのニヤけ顔がまぶたに浮かぶ。
「もう。いい加減にしてよ」
 行き場のない怒りを、枕へぶつける美葉だった。
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