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第三章 王家との対立

第32話 橋の対価

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 待ってる。まだ待ってる。ずっと待ってる。
「どこまで行ったんだあいつは、つい、ぼのってしまったじゃないか」
 脇で、一生懸命剪定と間引きを行っている、獣人、いや亜人だったな。

「ところで、あんた名前は?」
 チョキチョキと剪定をしている彼に聞いてみる。

「ベドジフとユスティーナの子」
「それは、親父さんと母親の名前だろう」
「そうだ。個別の名前などない。他にもプリミスと呼ばれている。一番目という意味だ」
 そう言って笑う。

 そうか、名前すらないのか。

「……父親は、名前以外知らないが、母親からは、ラグドールと呼ばれていた」
 しらっと、そんなことを告白してきた。
 あるじゃないか、名前。俺の同情を返せ。

「じゃあ、それが名前だな。きっと。彼女は?」
「かわいいよ」
「じゃなくて、名前は?」
 そう聞くと、いきなり警戒を始める。

「名前を聞いて、どうするつもりだ?」
「助けるときに、困るだろう」
「助ける? そうか……」
 警戒というか、人を信じないというか。そういう生活環境だったのか。

「彼女は、サイベリアンという」
 彼はそう言ったまま、意識がどこかへ行ったらしい。
 にまにましたり、泣き始めたり。どうも、多感なお年頃らしい。

 そうして、その後。葡萄の剪定テクと、重要性についての考察と推論を十分聞いた頃。
 遠くの方から、疲れ果て、憔悴しきった様子で歩いてくる馬鹿が、やっと帰ってきた。

「お疲れだな」
 魔法で、水の玉を浮かべる。
 それを見て、飛びつくヌフ。
 元気じゃないか。獣人の身体能力恐るべし。

「ひどいじゃないですか。追いかけていたら、姿が見えなくなって。置いていかれたと思い、必死で走りましたよ」
「勝手に突っ走ったのは、あんただ。身体強化の一段目とはいえ、凄い脚力だな」
「それが獣人の獣人たる所以(ゆえん)です。我らトラ系は、そこに居る猫系とはとは違うのですよ猫とは。格が違います。おっと、亜人と獣人。そもそも身体能力が全然違いますけどね」
 ナチュラルに、馬鹿にする言葉が出るくらい。差別が普通なんだな。

「まあいい。あんたに用事ができた。橋の対価を払って貰おう」
 そう言うと、ビクッとする。
「夕食で、何卒。対価を払うのは、貴族のメンツとして行いますが、今少し、都合が悪くてですね」
「そんなものは、要らん。そのかわり、このベドジフとユスティーナの子だったか、それと」
 そこまで言うと、口を挟んでくる。

「そこの亜人は、男ですが。やはり」
「やはり、なんだ? つまらないことを言ったら殴るぞ」
「あっ、いえ。性癖は、個人の自由ですよね」
 そう言いながら、何故か腕を組み頷いてやがる。

「まあ、それとだな、サイベリアンという子。この二人を自由にしてもらおう」
「そんな事でよろしいのですか? 財産とはいえ、あの橋とはとてもじゃないが釣り合いませんが?」
「ああ良い」
 後ろから、ラグドールが会話の途中から、服を引っ張り始めていたが、無視をしているとバシバシと叩き始めた。

「ラグドール。気がついていない訳じゃない。話し中だろう」
「いや、そんな事より、この人、いやこの方は?」
「ヌフ・コンストリュイールだったよな?」
 本人は、凄く嬉しそうに頷く。

「コンストリュイール男爵家の、長男のようだ」
 そう言うと、話を聞いたラグドールはひれ伏す。
「申し訳ありません」

 それを見て、平然とヌフは返す。
「普段なら、鞭うちだが、今は良い。許す」
「ありがとうございます」

「さてと、彼の放棄の話。どちらにしろ、館へおいでください」
「仕方ない。おい。ラグドール行くぞ」
 立ち上がらないから、引きずりながらヌフと移動を始める。

 結構走ってきていたようで、五キロメートルくらいは歩いただろか? 例の馬車があったところへ到着するが、そこに馬車はなかった。
「人望がないな。置いていかれたぞ」
 そういう言葉も必要ないくらい、ヌフは驚いていた。

 そこから、屋敷のある方向。地味に勾配があり、小高い丘の上に向かって歩いて行く。
 おおよそ、十キロくらいだろうか。

 屋敷に着くと、例の嫌みな奴がうろうろと門の前でしていた。
 ヌフを見つけると、一目散に走ってくる。
「おけがはありませんか? どこをうろうろしていたのです。おかげで、お父上に私が叱られてしまったじゃありませんか」
 そう叫んでくる。

「こいつは、どういう立場なんだ?」
 思わず、ヌフに聞く。

「我が家の使用人です。すみません。貧乏なので、少し質が悪く。教育が行き届いていません」
 そう言い切った。
 従者は、目を白黒している。

「なんだおまえは、亜人のくせに」
 また、いきなり殴りかかってきた。
 懲りない奴。

 当然、迫ってくる拳を掴み、思い切り引く。
 それだけで、すっ飛んでいく従者。

「サイベリアンという子は、多分地下室にいます。思い出しましたが、先日逃げ出した奴隷ですよね」
「そうだと思う」
「彼の傷はどうしたのですか? 教育を受けたはずですが?」
「ひどかったから、治した」
 そう言うと、当然目を見開いて驚く。

「なんという規格外。あなたという方は。実に素晴らしい」

 そう言って、屋敷脇の小屋へ向かう。
 小屋と言っても、石造りの丈夫そうなもの。
 ドアも分厚い。

「さあ、この中です。どうぞ」
 ついなにも気にせず進む俺と、ラグドールの後ろで、丈夫なドアは閉じ。ガシャンと重そうなかんぬきの閉まる音がする。
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