堕ちたαの罪と愛

おはぎのあんこ

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第3章

19.運命のボトル

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 将大は目を伏せたまま話す。

「父さんの会社は美術館のスポンサーもしていたから、若いアーティストが売り込みに来ることがたまにあった。父さんが目を付けたのは、専門学校を出たばかりの、森田明日海 もりたあすみというΩの女性だった…彼女は自分のイラストを父さんに認めて欲しい、資金援助をして欲しいだけだった。なのに…」

 堪え切れなくなって、将大は泣き出す。
 伏せた目から涙の玉が落ちる。

「父さんは…明日海に『息子をモデルに絵を描いてくれたら資金援助する』と話を持ちかけた。俺はその話を父さんの秘書から聞いた。おかしな話だな、と思ったけど、断るほどの話でもなかったから…」

 泣きながら将大は微笑む。
「会社の会議室で俺は明日海と会った。明るくて魅力的な人だった…」

 将大は明日海のことが少なくとも人間としては好きだったらしい。
 声のトーンからそれが感じられる。

「秘書から一本のボトルを渡された。父さんから、2人への特別なドリンクだと…2人きりにされて、俺はグラスに注ごうとそのボトルを開けた…すると…」
 将大は赤くなった目を開く。

「明日海の様子が明らかにおかしくなった。真っ赤になって震え出して、息が荒くなって…俺は駆け寄って『大丈夫?』って肩に手を置いた。そのとき…全身の毛が逆立って、俺に囁いた…目の前の『獲物』を食べろ、と…俺は拒否しようとしたけど…身体中の血が俺の下半身にドクドク集まるような感覚で、まともにものを考えられないようになった…」

「やっぱりフェロモン誘発剤って効果抜群なのか?」
 遥可は聞く。
 フェロモン誘発剤を使った犯罪は頻繁に起きていて、社会問題にもなっている。

「うん…下着の中の俺自身が嵐のようにグルグルいって、明日海を襲いたがった…頭は貧血みたいにクラクラしていたから、暴走した本能が身体を支配するのを止められなかった…いつのまにか明日海を床に押し倒していた…」
「明日海という人とヤったんだ?」
 遥可が聞くと、将大は顔を歪める。

「心の中では…嫌だ嫌だと泣いているのに…身体は『白くて柔らかくて美味しそうな』明日海を求めて…服を脱がせて、覆い被さって…俺のモノが明日海の中に入った。ビリビリと電流のようなものが走って…身体が機械のように動いて…自動的に明日海の奥へ奥へと突いていった。その度に明日海は甘い声で鳴いて…俺の身体にも快楽が定期的に供給された…その量は徐々に増えていって…ギュウギュウと俺のモノを切なくさせて…絶頂に達した…明日海の中もギュウッとなったから、多分イったと思う…」

「気持ち良かった?」
  余計な質問だということは分かっていても、遥可は聞いてしまう。

「気持ち良かったよ」
 将大は腫れた目で笑う。

「自分が2つに引き裂かれたみたいになってた。身体が気持ち良くて悦んでる間、心は絶え間ない吐き気に襲われてた。絶頂に達したとき、俺の心は死んだようなショックを受けたよ。悲しかった…2度と、誰ともこんなことしたくない、って思った…」
「そっか…」
 遥可も悲しい気持ちになる。

「でもさ、俺の気持ちなんて、俺が明日海とセックスをしたという事実の前ではどうでも良いことなんだよな…明日海は妊娠してしまったんだし」
「妊娠したんだ?」

 将大は声を落とす。
「うん。電話で連絡が来た…俺はまだ高校生だったし、子どもを育てる責任は持てないと思った。だから、本当に申し訳ないけど中絶して欲しい、と明日海に頼みに行った。でも、明日海は産むと言った」
「そうなんだ」

 引いていた涙がまた滲み出す。
 誤魔化すためなのか、将大は早口になる。

「明日海の住む部屋の最寄り駅でね…カフェのオープン席は蒸し暑かった。汗ばんだ俺の背中に、明日海の言葉が氷のように滑り落ちていった。『そんな簡単に中絶とか言うんだ?命を軽く考えてるでしょ』って…俺だって命を軽く考えてたわけじゃない…でも…俺の年で子どもを持ち育てるには、父さんの助けがないと厳しかった。父さんの助けを借りるには、言いなりになるしかないから、俺の人生は終わったも同じ…顔は平静を装って明日海と別れたけど、心の中は悲しみでいっぱいだった。真夏の街で、逃げ場のない状況で、あるはずのない逃げ場を探して…それで…」

 言葉が途切れる。
 将大の目から涙が湧くように溢れる。
 両手で顔を隠して、しゃくり上げるように泣く。


「今はこれ以上喋るのは無理そうだね」
 遥可はティッシュボックスを将大に渡す。
 飲み終わったボウルを受け取り、立ち上がる。

「ごめん…」
 将大は一枚ティッシュを出して涙を拭う。
 もう一枚ティッシュを出して鼻も噛む。

「休んでて良いよ。俺ももうすぐ出掛けないと…」
 さめざめと泣き続けている将大を残し、遥可は部屋を出て扉を閉めた。
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