19 / 26
第3章
19.運命のボトル
しおりを挟む将大は目を伏せたまま話す。
「父さんの会社は美術館のスポンサーもしていたから、若いアーティストが売り込みに来ることがたまにあった。父さんが目を付けたのは、専門学校を出たばかりの、森田明日海というΩの女性だった…彼女は自分のイラストを父さんに認めて欲しい、資金援助をして欲しいだけだった。なのに…」
堪え切れなくなって、将大は泣き出す。
伏せた目から涙の玉が落ちる。
「父さんは…明日海に『息子をモデルに絵を描いてくれたら資金援助する』と話を持ちかけた。俺はその話を父さんの秘書から聞いた。おかしな話だな、と思ったけど、断るほどの話でもなかったから…」
泣きながら将大は微笑む。
「会社の会議室で俺は明日海と会った。明るくて魅力的な人だった…」
将大は明日海のことが少なくとも人間としては好きだったらしい。
声のトーンからそれが感じられる。
「秘書から一本のボトルを渡された。父さんから、2人への特別なドリンクだと…2人きりにされて、俺はグラスに注ごうとそのボトルを開けた…すると…」
将大は赤くなった目を開く。
「明日海の様子が明らかにおかしくなった。真っ赤になって震え出して、息が荒くなって…俺は駆け寄って『大丈夫?』って肩に手を置いた。そのとき…全身の毛が逆立って、俺に囁いた…目の前の『獲物』を食べろ、と…俺は拒否しようとしたけど…身体中の血が俺の下半身にドクドク集まるような感覚で、まともにものを考えられないようになった…」
「やっぱりフェロモン誘発剤って効果抜群なのか?」
遥可は聞く。
フェロモン誘発剤を使った犯罪は頻繁に起きていて、社会問題にもなっている。
「うん…下着の中の俺自身が嵐のようにグルグルいって、明日海を襲いたがった…頭は貧血みたいにクラクラしていたから、暴走した本能が身体を支配するのを止められなかった…いつのまにか明日海を床に押し倒していた…」
「明日海という人とヤったんだ?」
遥可が聞くと、将大は顔を歪める。
「心の中では…嫌だ嫌だと泣いているのに…身体は『白くて柔らかくて美味しそうな』明日海を求めて…服を脱がせて、覆い被さって…俺のモノが明日海の中に入った。ビリビリと電流のようなものが走って…身体が機械のように動いて…自動的に明日海の奥へ奥へと突いていった。その度に明日海は甘い声で鳴いて…俺の身体にも快楽が定期的に供給された…その量は徐々に増えていって…ギュウギュウと俺のモノを切なくさせて…絶頂に達した…明日海の中もギュウッとなったから、多分イったと思う…」
「気持ち良かった?」
余計な質問だということは分かっていても、遥可は聞いてしまう。
「気持ち良かったよ」
将大は腫れた目で笑う。
「自分が2つに引き裂かれたみたいになってた。身体が気持ち良くて悦んでる間、心は絶え間ない吐き気に襲われてた。絶頂に達したとき、俺の心は死んだようなショックを受けたよ。悲しかった…2度と、誰ともこんなことしたくない、って思った…」
「そっか…」
遥可も悲しい気持ちになる。
「でもさ、俺の気持ちなんて、俺が明日海とセックスをしたという事実の前ではどうでも良いことなんだよな…明日海は妊娠してしまったんだし」
「妊娠したんだ?」
将大は声を落とす。
「うん。電話で連絡が来た…俺はまだ高校生だったし、子どもを育てる責任は持てないと思った。だから、本当に申し訳ないけど中絶して欲しい、と明日海に頼みに行った。でも、明日海は産むと言った」
「そうなんだ」
引いていた涙がまた滲み出す。
誤魔化すためなのか、将大は早口になる。
「明日海の住む部屋の最寄り駅でね…カフェのオープン席は蒸し暑かった。汗ばんだ俺の背中に、明日海の言葉が氷のように滑り落ちていった。『そんな簡単に中絶とか言うんだ?命を軽く考えてるでしょ』って…俺だって命を軽く考えてたわけじゃない…でも…俺の年で子どもを持ち育てるには、父さんの助けがないと厳しかった。父さんの助けを借りるには、言いなりになるしかないから、俺の人生は終わったも同じ…顔は平静を装って明日海と別れたけど、心の中は悲しみでいっぱいだった。真夏の街で、逃げ場のない状況で、あるはずのない逃げ場を探して…それで…」
言葉が途切れる。
将大の目から涙が湧くように溢れる。
両手で顔を隠して、しゃくり上げるように泣く。
「今はこれ以上喋るのは無理そうだね」
遥可はティッシュボックスを将大に渡す。
飲み終わったボウルを受け取り、立ち上がる。
「ごめん…」
将大は一枚ティッシュを出して涙を拭う。
もう一枚ティッシュを出して鼻も噛む。
「休んでて良いよ。俺ももうすぐ出掛けないと…」
さめざめと泣き続けている将大を残し、遥可は部屋を出て扉を閉めた。
0
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~
一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。
そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。
オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。
(ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります)
番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。
11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。
表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
ちゃんちゃら
三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…?
夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。
ビター色の強いオメガバースラブロマンス。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
【完結済】キズモノオメガの幸せの見つけ方~番のいる俺がアイツを愛することなんて許されない~
つきよの
BL
●ハッピーエンド●
「勇利先輩……?」
俺、勇利渉は、真冬に照明と暖房も消されたオフィスで、コートを着たままノートパソコンに向かっていた。
だが、突然背後から名前を呼ばれて後ろを振り向くと、声の主である人物の存在に思わず驚き、心臓が跳ね上がった。
(どうして……)
声が出ないほど驚いたのは、今日はまだ、そこにいるはずのない人物が立っていたからだった。
「東谷……」
俺の目に映し出されたのは、俺が初めて新人研修を担当した後輩、東谷晧だった。
背が高く、ネイビーより少し明るい色の細身スーツ。
落ち着いたブラウンカラーの髪色は、目鼻立ちの整った顔を引き立たせる。
誰もが目を惹くルックスは、最後に会った三年前となんら変わっていなかった。
そう、最後に過ごしたあの夜から、空白の三年間なんてなかったかのように。
番になればラット化を抑えられる
そんな一方的な理由で番にさせられたオメガ
しかし、アルファだと偽って生きていくには
関係を続けることが必要で……
そんな中、心から愛する人と出会うも
自分には噛み痕が……
愛したいのに愛することは許されない
社会人オメガバース
あの日から三年ぶりに会うアイツは…
敬語後輩α × 首元に噛み痕が残るΩ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる