20 / 26
第3章
20.手の中の鳥
しおりを挟む遥可は将大のために食事を用意した。
「具合が悪いときのために」と遥可の母親が用意してくれていた、スープとパンを冷凍庫から出して温める。
出かける直前に、遥可は将大に声をかける。
「最低、スープとパンは俺が帰るまでに全部食べてよ。他にも、テーブルにカップラーメンとかインスタントのもの置いたし、冷蔵庫に母親が作ったおかずとかも入ってるから何でも食べて…」
将大は落ち着きを取り戻していた。
「シャワー浴びて良い?」と聞いてきたので、遥可は「いつでも自由に入って。着替え適当に置いとくよ」と答えた。
遥可は街でいくつか用事を済ませた。
その後、大学のOBと夕食をとって帰る。
「帰ったよ」
遥可は将大に言う。
「おかえり」
恥ずかしそうな笑顔で将大は遥可を迎える。
将大は、ベッドに寝そべっている。
部屋にあった雑誌を読んでいたようだ。
枕元の間接照明で照らされ、浮かび上がる将大の体躯…
白いカットソーと黒いパンツを身につけていても、骨が浮き出るくらい細い。
ついさっきシャワーを浴びたのか、短い栗色の髪はまだ湿っている。
飛び出そうな位に大きな目。
鳥の雛みたいだな、と遥可は思う。
「言われた通り、スープとパンは食べたよ。それで限界来て、他は食べられなかったけど…」
「そっか。将大、これ…」
遥可は将大にスマホを渡す。
「今日契約して来た。しばらく貸すよ。今時スマホないのは不便だろうし、友達とかと連絡も取りたいだろうと思って…」
将大は複雑な顔をする。
「連絡取る人いない…」
「1人も?」
「俺が事件起こす前はそりゃいたけどさ、あんな恥ずかしい事件起こしたら、もう連絡なんて取れないよ…」
遥可は意地悪なことを言ってみる。
「龍我を刺した件だよな…あれは理斗というΩの性的魅力にお前がトチ狂った末の出来事だと世間では思われてる。そういうΩ絡みの事件は、甘く裁かれるし、実際、お前も人刺したのに懲役2年ちょっとで済んだ。お前の友達だってそんなに恥ずかしい事件だとは思ってないんじゃないか?」
将大は反発する。
「向こうから見て恥ずかしいって話じゃないよ。俺が恥ずかしいの」
「そうなの?」
「朝の話の続きになるけど…明日海が妊娠したことで、俺は絶望してた。受け入れ難い現実から逃れるために、俺は理斗への嫉妬を『利用』したんだ」
将大は起き上がり、ベッドの上に胡座をかいて座る。
朝とは違って、どこか覚悟のある顔つきで話す。
「あの日…明日海と別れて、スクランブル交差点で信号待ちしてたら、龍我と理斗が手を繋いで歩いているのが見えたんだ。幸せそうな姿に、俺は気が狂いそうなくらいに嫉妬したよ。俺が自分の性的指向に気づくきっかけとなった2人…俺は夢も希望も失ってしまったのに、2人はあれから途切れることなく愛し合っていたんだ…と。気づくと俺は理斗の前に回り込んでいた…」
将大の言葉は途切れずに溢れる。
「誘発剤のせいで明日海とヤってしまったときから、俺は父親を殺したいとずっと思ってた。実際に殺す勇気もなかったのに、鞄にナイフをずっと忍ばせてさ…馬鹿だよな。破壊的な行動でしか、自分は逃げられない、と勘違いして…そのとき目の前に理斗が現れた。燃え上がった嫉妬に駆られて、俺は『勇気』を出してしまった…でもさ、龍我は理斗を庇って倒れたんだよな。俺なんかのニセモノの『勇気』じゃなくて、龍我のそれは、本当の勇気だよね…ああ、この2人はちゃんと生きて、ちゃんと愛してんだな、それに比べて俺はつまらないことしたな、って思った…」
将大は静かに笑う。
「つまらないことって何だよ?って感じだよな。龍我とその周りの人たちを傷つけてめちゃくちゃにしといてさ。サイテーだよな…本当、サイテー…それでも、サイテーなりに生きようとしたんだよ?面会にきた父さんにも、『父さんの言いなりに生きるのは嫌』って伝えたし…」
遥可は冷たい目で将大を見る。
「本当に伝えたのか怪しいな。あのときのお前、父親の言いなりって感じだったぞ?動機だって、罪が軽くなるようにストーリー作ったって感じだったし…」
将大は首を振る。
「俺が必死で言いなりになるのは嫌だと訴えたら…父さんは優しく言ったんだ…『将大がそんなに悩んでいたなんて知らなかった。明日海のことは私が責任取るから、お前は自由に生きなさい。誰と一緒になっても構わない。ただ、裁判で証言されてしまうと、会社のイメージに影響してしまう。罪を償って出てくるまでは私の言う通りにして欲しい』と…」
いきなり将大は大きな声で笑う。
「本当に俺は馬鹿だな。無理矢理セックスさせられたのに、それでも父さんを信じようとしてさ…信じたかったんだよな…でも、出所したとき父さんはいなかった…秘書に直接あの店…Zに連れて行かれて…拘束されて…」
将大は手で目を抑えて泣きそうになるのを堪える。
「そうだ」
遥可は手に下げていたビニール袋の中をゴソゴソ探る。
大きな彫刻刀のようなものを出す。
「買ってきたよ。革包丁って言うんだって。革を切る道具。これで首輪を切ろう」
返事が返ってくる前に、遥可はベッドの上の将大の後ろに回って座る。
「じっとしてろよ」
首輪を切るといっても、すこしずれると将大の首を傷つけてしまいそうだ。
その首は、石鹸の匂いがする。
一つ気まぐれを起こせば命を奪えそうな、手の中の鳥のような将大を、遥可は慎重に扱う。
慣れない道具を使う遥可の手によって、少しずつ革が裂かれていく。
浅黒い肌が見えてくる。
「もうすぐだよ」
首輪が外れた。
遥可が手に持つと、しっとりとした重みがある。
「やっと解放されたね」
将大は深呼吸する。
肩が上がって、下がる。
「ちゃんと普通のαの人間だよ」
遥可が言うと、将大は振り返る。
冷めた目で遥可を見て、鼻で笑う。
「俺はもう普通の人間じゃないよ。性玩具になることを自ら選んだ、汚れたモノだよ」
0
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~
一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。
そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。
オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。
(ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります)
番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。
11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。
表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
ちゃんちゃら
三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…?
夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。
ビター色の強いオメガバースラブロマンス。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
【完結済】キズモノオメガの幸せの見つけ方~番のいる俺がアイツを愛することなんて許されない~
つきよの
BL
●ハッピーエンド●
「勇利先輩……?」
俺、勇利渉は、真冬に照明と暖房も消されたオフィスで、コートを着たままノートパソコンに向かっていた。
だが、突然背後から名前を呼ばれて後ろを振り向くと、声の主である人物の存在に思わず驚き、心臓が跳ね上がった。
(どうして……)
声が出ないほど驚いたのは、今日はまだ、そこにいるはずのない人物が立っていたからだった。
「東谷……」
俺の目に映し出されたのは、俺が初めて新人研修を担当した後輩、東谷晧だった。
背が高く、ネイビーより少し明るい色の細身スーツ。
落ち着いたブラウンカラーの髪色は、目鼻立ちの整った顔を引き立たせる。
誰もが目を惹くルックスは、最後に会った三年前となんら変わっていなかった。
そう、最後に過ごしたあの夜から、空白の三年間なんてなかったかのように。
番になればラット化を抑えられる
そんな一方的な理由で番にさせられたオメガ
しかし、アルファだと偽って生きていくには
関係を続けることが必要で……
そんな中、心から愛する人と出会うも
自分には噛み痕が……
愛したいのに愛することは許されない
社会人オメガバース
あの日から三年ぶりに会うアイツは…
敬語後輩α × 首元に噛み痕が残るΩ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる