マトリョシカ

アジャバ

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百合の棺桶(三)

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 翌日、静から連絡があった。

 日常いじめられている犬は、たまにエサを貰っても容易に気を許す事は無い。しかし、愚鈍な私に限っては、その例に漏れてしまっているらしい。性懲りも無く尻尾を懸命に降って、その一時間後には、静の部屋に居た。

 久しぶりの静の部屋は、私の記憶のままの姿を保っていた。サイドテーブルに飾られたマトリョシカも、そのままにしてあった。静は、ここ最近の憂鬱が嘘であったかの様に、妖艶なる美を纏い、官能的に微笑んで見せた。私が部屋に入った時には、彼女はすでに下着しか身に着けていなかった。私は、その露わになった体に、情けなくも、痛い程、性欲をたぎらせた。

 「今日で、最後にしましょう?」静は言った。

「そんな気がしたよ。」

 それは、私の本音に違いなかった。そして、その予想が外れる事を必死に祈り続けても居たのだった。正に予想が的中してしまった時、意外にも、私は取り乱さずに居られた。無性に、静を犯したくて、仕方がなくなっていた。

 「静は、まるで巨大な鉄槌のようだ。」私は言う。静は、一瞬、キョトンとした顔を見せた。

 「あら、まだ人殺しはしてないわよ。」

 「殺したさ。静は、沢山の僕を殺した。良心も、愛情も。何もかも―まるで、虱を潰すようにあっさりとね。Over killにも程があるよ。」

 「ふふ。あなたが、虱みたいな男だから悪いんじゃなくて?たまにはいい事言うのね。今度は、どんなあなたを殺してほしいの?」

 静は、ブラジャーのホックを外して、その豊かな乳房を露わにし、私に詰め寄った。そして、私の体に、その柔らかいのを擦り付ける。彼女の首すじから、百合の香りがした。

 「好きなのを、思うままに、殺せば好い。僕は、黙って、それを見てるから。」

 「………わかったわ。じゃあ、遠慮なく。」

 そう言って、静は私の首にその細長い指をかけた。意識が遠のいていく。薄れていく感覚の中、目前に見えるのは、美しい悪魔の姿であった。ああ、私は、聖母マリアなど愛さない。私は、あなたを愛するのだ。止まれ、止まれ、お前は、あまりに美しい。私を、一緒に行かしてくれ。責め苦に溢れる地獄であっても、あなたと一緒なら、極楽に変わるであろう……。

 ………酸素が、脳に行き渡る。静は、指を離した様である。途切れ途切れの視界に、彼女の笑顔が映り込む。それは、それは、美しい眺めであった。

 ………気が付くと、私は仰向けに横たわっている。静は、私の腰元に馬乗りになって、一心に腰を振っていた。妄りに乱れて、静の汗が私の胸にぽたぽたと墜ちる。私は、とうとう静と繋がれたのである。その幸福感の中、私は、ぼうっと、百合の香りを嗅いでいた。

 ………二人は、夢中になって腰をぶつけ合った。私も静も、獣のように大声を上げ続けた。私は、静の中に欲望のすべてを内包し、尚且つ、神秘の名も欲しいままにする液体を放出した。

 ………どれくらい経っただろう。私の腕の中に、静が収まっている。静寂の中に、男女の荒れた呼吸音だけが聞える。疲れ切ってはいたが、この時間が永遠に続けば好いと、私は思った。そうだ、この時間が終われば、朝がくれば、静との関係は終わらねばならない。そして、あの祭りの日以前の日常に帰るのだ。想像してみる。私には、―静の体温をその腕に感じる私には、それが現実にならないような気がしてならなかった。あまりに現実味がなかった。

 「この間、私の為なら、死ねるって言ったわよね。」静寂を破って、ゆっくりと、静は言った。

 「ああ、言った、今も変わらないよ。」

 「それなら、私を殺してみてよ。」

 「え?」

 「私が本当に、あなたのすべてなら、私が死ねば、あなたも死んじゃうんでしょう?」

 そう言って、静は悪戯に笑った。私も、それに応えて笑った。

 その夜は、何度も抱き合った。これが本当の愛であると錯覚してしまうくらいに。次の日、夜が明けると、静は「今までありがとう」と言った。私は、成す術も無く彼女の部屋を出た。私は、泣いた。人体の何処に、これ程の液体があったのだろう、そう思うくらいの涙を流した。

 静は、私の人生に、もう二度と登場する事はない。
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