笑顔の花は孤高の断崖にこそ咲き誇る

はんぺん千代丸

文字の大きさ
1 / 36

1 花の令嬢

しおりを挟む
 彼は、私に言ったのです。

「俺はおまえと婚約するつもりなどない」

 初めて会った私に、面と向かってそう断言されたのです。
 その瞬間、私という人間は『この世に生まれてきた理由』を失いました。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 笑顔が素敵な『花の令嬢』リリエッタ。
 パーティーに出るたびに、私は周りの方々からそのような称賛を浴びます。

 老若男女問わず、皆様、口をそろえて言ってくださるのです。
 あなたの笑顔はとても素敵だ。綺麗だ。美しい。と。

 そうした美辞麗句をいただくたび、私は努めて笑顔を保ってうなずきました。
 そして感謝の言葉を述べてお辞儀をして――、それっきり。

 パーティーで私がやるべきことはそれで終わりです。
 殿方に誘われてダンスに興じるでもなく、他の御令嬢方と歓談するでもなく。

 皆様、私の笑顔を褒めてくださいます。
 でも私と皆様の関わりは本当にそれだけなのです。

 あとはずっと、壁の花。
 煌びやかに彩られた会場で、私は誰からも声をかけられずに笑っています。

 ふと視線を下ろすと、磨き抜かれた石の床に私の姿が映り込んでいます。
 柔らかく巻かれた蒼い髪にはオレンジ色の花の髪飾り。

 纏うドレスは淡い桃色。
 あまり肌を出さないデザインで、清潔感を第一に考えたものになっています。
 そして、自分に向かってあでやかに笑っているのが、私。

「ああ、今日も実に素晴らしいパーティーだな」

 まだ終わっていないのに、私の方に歩いてきたお父様がそう言うのです。
 お父様は、この国の筆頭貴族であるデュッセル侯爵家の当主を務めています。

 背が高くて恰幅がよくて、威厳に溢れるお姿に、私は畏怖を禁じ得ません。
 でも、この方はいつでも私を可愛がってくれています。

 何かと私を気にかけてくれています。
 どこでもまず私のことを案じてくださいます。

 ――デュッセル侯爵家を彩る花飾りとして、ですけど。

 その証拠に、いつものように、お父様は私に確かめてきます。

「リリエッタよ、大丈夫だとは思うが、男と踊ったりはしていないだろうな?」
「はい、誘われてもいませんわ、お父様」
「うむうむ、そうか。やはり若造共に高嶺の花に手を伸ばす度胸はないか」

 お父様は満足げにうなずかれます。
 でもそれは、半分当たっていて半分間違っているのだと思います。

 度胸がないという部分はきっと当たっています。
 けれど、他の貴族が私に近寄らない理由は、私ではなく私の立場にあるのです。
 そこに意識を及ぼすこともなく、お父様は続けて私に確認します。

「他の令嬢達とくだらん世間話などはしていないな、リリエッタよ?」
「はい、お父様。いつも通り、言いつけは守っておりますわ」
「それでいい」

 お父様は笑って深くうなずかれました。
 そうです。
 私は、こうした席で他の御令嬢方と会話することを禁じられています。

 何度か話しかけてくる御令嬢はいらっしゃいましたが、全て拒んできました。
 禁止されている理由を聞かされたことはありません。
 しかし、私が担う役割を思えば、想像することは難しくありません。

 私が他の御令嬢と話すことは、私の『花』としての価値を貶めることに繋がる。
 お父様はきっと、そんな風に思っていらっしゃるのでしょう。

 花は、咲いてこそ花。
 自ら動くことはせずに、喋ることもなく、ただその場に佇み笑顔を咲かせる。

 それが、お父様が私に求める役割なのです。
 他の貴族の皆様もそれをわかっているから、私に近寄ってきません。

 私は花。
 デュッセル侯爵家を飾る笑顔が素敵な『花の令嬢』。

 私はリリエッタ・ミラ・デュッセル。

 侯爵家の長女にして、王太子殿下との婚約が決まっている女。
 そして、本当に笑えたことなんて一度もない、愚かで空っぽな女です。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。

山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。 姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。 そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

姉のものを欲しがる性悪な妹に、墓穴を掘らせてみることにした

柚木ゆず
恋愛
 僕の婚約者であるロゼの家族は、困った人ばかりだった。  異母妹のアメリはロゼの物を欲しがって平然と奪い取り、継母ベルは実子だけを甘やかす。父親であるトムはベルに夢中で、そのためアメリの味方ばかりする。  ――そんな人達でも、家族ですので――。  それでもロゼは我慢していたのだけれど、その日、アメリ達は一線を越えてしまった。 「マエル様を欲しくなったの。お姉様の婚約者を頂戴」 「邪魔をすれば、ここにあるユリのアクセサリーを壊すわよ?」  アメリとベルは自分達の都合でこの婚約を解消させようとして、ロゼが拒否をしたら亡き母の形見を使って脅迫を始めたらしいのだ。  僕に迷惑をかけようとしたことと、形見を取り上げられたこと。それによってロゼはついに怒り、僕が我慢している理由もなくなった。  だからこれから、君達にこれまでのお礼をすることにしたんだ。アメリ、ベル、そしてトム。どうぞお楽しみに。

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

処理中です...