笑顔の花は孤高の断崖にこそ咲き誇る

はんぺん千代丸

文字の大きさ
4 / 36

4 王太子サミュエルの宣告

しおりを挟む
 ついに、御目見えの日がやってきました。
 私は、お父様が用意した最高級のドレスを纏って、お父様と共に登城しました。

「わかっているな、リリエッタ」

 通されたのは、私から見てもとても立派な、王宮の一室。
 そこにある椅子に深く身を沈めて、お父様がわたしにそう言います。
 当然です。わかっています。

「はい、お父様。私は今日、このときのために生まれてきたのですから」

 私は椅子に座らず、お父様の傍らに立って閉ざされたままの扉を見つめます。
 あの扉が開かれたとき、そこに、殿下がいらっしゃるのですね。

 私という花を胸元に飾ってくれる御方が。
 そう思うと、身が引き締まる思いがします。このときのために、私は――、

「む……」

 扉がノックされました。
 お父様が気づいて、椅子から腰を上げます。

「俺だ、入るぞ」

 扉の向こうから聞こえたのは、今まで幾度か聞いた覚えのあるあの人の声。
 そのとき、私の胸は確かに高鳴りました。

 あの方が――、『金色の獅子』と謳われたサミュエル様がついに私の前に。
 この心の昂揚は言葉にできません。
 まだお顔も見ていないのに、私の心は感激と緊張に震えてしまっていました。

 扉が開かれます。
 そして、その先に今まで遠くで拝見するばかりだったサミュエル様が……。

「おお、殿下! ご機嫌麗しゅうございます! 御壮健で何よりでございます!」

 お父様が腰を低くして殿下を迎えられました。
 普段の威厳あるお姿からは想像もできない、へりくだった笑顔を浮かべます。

「久しいな、侯爵。噂は聞いているぞ、随分あくどい稼ぎ方をしているとな」
「いやぁ、ハハハ……。これも全ては国王陛下の威光の賜物なれば、わたくしなどはそのお零れに預からせていただいているだけでございますよ」
「――フン」

 顔中を汗まみれにされているお父様に、サミュエル様は軽く鼻を鳴らします。
 一見、傲慢な態度にも見えますが、彼にはそれが許されているのです。

 本当に、獅子のようなお方。
 間近に彼を見て、私はそのように感じました。

 威風堂々としたその立ち姿は覇気に満ち溢れていて、風格すら感じられます。
 私は、こんなにも素晴らしい方の妻となれるのですね。

 その事実に、私は感動もを新たにして、涙を浮かべそうになりました。
 サミュエル様が私の方を見てくれたのは、まさにそのときでした。

「侯爵。そこにいるのが、おまえの――」
「はい、はい! リリエッタにございます、殿下!」

 お父様は、揉み手をしそうな勢いで言って、こちらに視線を送ってきました。
 ああ、今なのですね。
 まさにこの瞬間のために、私はこれまで、笑顔を磨いてきたのですね。

 それを察して、私は私が思う最高の笑顔を浮かべて、殿下に挨拶をします。
 今まで学んできた全てを、この瞬間に――、

「初めまして、サミュエル殿下。私はリリエッタ・ミラ・デュッセルと――」
「俺はおまえと婚約するつもりなどない」

 …………え?

 私の挨拶は、けれども彼に遮られてしまいました。
 驚かされた私は、それでも何とか笑顔を保ち、殿下の顔を見上げます。

 そこにあったのは、こちらを露骨に蔑む、サミュエル殿下のしかめ顔でした。
 彼は、言いました。

「――なるほどな。これは聞きしに勝る」
「あの、殿下。それは一体……?」

 お父様も戸惑った様子で、殿下にそう尋ねられました。
 すると、彼はますます顔を歪めて、お父様に向けて告げるのです。

「何ともつまらない女を育てたものだな、侯爵」

 ……つまらない、女? 私が?

「な……ッ!?」

 呆然となる私の隣で、お父様も狼狽の声をあげました。
 殿下は、もうこちらを見ようともせずに、強く舌を打って肩をすくめるのです。

「確かによい笑顔だ。だが、それだけだな。これは想像していた以上だ。おまえの言葉は大げさだと思っていたがむしろ控えめだったんだな。なぁ?」
「でしょでしょ~、私の言った通りだったでしょ~!」

 聞き覚えのある声と共に扉は開かれて、そこにいたのは……、

「シ、シルティア……?」

 そこにいたのは私の妹のシルティアでした。
 いつもは着ないようなドレスを着て、彼女はサミュエル殿下の隣に立ちます。
 殿下は、何も言えずにいるお父様と私の前でシルティアの肩を抱いて、

「紹介してやろう。俺の婚約者のシルティア・レナ・デュッセルだ」

 わけが、わかりませんでした。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。

山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。 姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。 そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

姉のものを欲しがる性悪な妹に、墓穴を掘らせてみることにした

柚木ゆず
恋愛
 僕の婚約者であるロゼの家族は、困った人ばかりだった。  異母妹のアメリはロゼの物を欲しがって平然と奪い取り、継母ベルは実子だけを甘やかす。父親であるトムはベルに夢中で、そのためアメリの味方ばかりする。  ――そんな人達でも、家族ですので――。  それでもロゼは我慢していたのだけれど、その日、アメリ達は一線を越えてしまった。 「マエル様を欲しくなったの。お姉様の婚約者を頂戴」 「邪魔をすれば、ここにあるユリのアクセサリーを壊すわよ?」  アメリとベルは自分達の都合でこの婚約を解消させようとして、ロゼが拒否をしたら亡き母の形見を使って脅迫を始めたらしいのだ。  僕に迷惑をかけようとしたことと、形見を取り上げられたこと。それによってロゼはついに怒り、僕が我慢している理由もなくなった。  だからこれから、君達にこれまでのお礼をすることにしたんだ。アメリ、ベル、そしてトム。どうぞお楽しみに。

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

処理中です...