笑顔の花は孤高の断崖にこそ咲き誇る

はんぺん千代丸

文字の大きさ
12 / 36

12 あなたのために咲き誇る

しおりを挟む
 やはり、当たっていました。
 私が感じた通り、この方はずっと我慢を重ねていたのですね……。

 笑えない人生は、同じだけ泣きたい人生でもあったはずです。
 それなのに、殿下はずっと前だけを向かれて、今まで歩み続けてきたのですね。

 この人は、とても強い人。
 けれど、私なんかよりもずっと過酷で厳しい境遇に身を置き続けてきた人。

 この方の心には、どれだけの傷が刻まれているのでしょうか。
 それを思うと、次々と涙が溢れてくるのです。私のことでもないのに、次々と。

「リリエッタ、俺を見てくれ」
「……殿下?」

 私が見ている前で、いきなり殿下は自分の両頬を手で引っ張ったのです。
 真剣な顔つきでそんなことをする彼に、私はポカ~ンとなってしまいました。

「ダメか……。では、これでどうだ?」

 頬から手を離した殿下は、次に頬を膨らませて寄り目になりました。
 これは、耐えきれませんでした。

「…………ぶふッ!」
「よし、笑ったな。我が策はこれにて完遂された」

 顔を逸らして噴き出す私の耳に、殿下の満足げな言葉が届きます。な、何です?

「あの、殿下、それは……?」
「君は俺のために泣いてくれると言ったが、どうせなら笑ってほしくてな」

 カシャンと音を立てて立ち上がった殿下は、私に手を差し伸べてくれます。

「俺は人が笑っているところを見るのが好きなんだよ」
「人が笑っているところ、ですか……」

 そういえば、部屋に入ったときも全身甲冑姿で驚かせてきましたね、この人。
 マリセアさんは呆れ果てていたようですが、もしかして――、

「屋敷の人間にはすっかり飽きられてしまったいるけどな」

 あ、やっぱりたびたびやってるんですね、そういうこと。
 噂では孤高の人とされる『断崖の君』は、かなりお茶目な殿方のようでした。

「……フフ、おかしな人」

 殿下の手を取って立ち上がった私は、小さく笑っていました。
 だって、こんなにも威厳ある見た目をした方が、人を笑わせるのが好きなんて。

 その落差に、ついつい口元を綻ばせてしまいました。
 作っていない自然な笑いを人前で見せたのは、いつ以来でしょうか。

 私は笑いたくないと言いました。
 でも、自然と出てしまう笑いというものは、やはり快いものですね。
 それを、何だか久しぶりに思い出したような気がします。

 ああ、けれど、いけません。
 殿下が私を見て、立ち尽くしていらっしゃいます。

 もしや、呆れられてしまいましたでしょうか。
 それとも気分を害されたでしょうか。私ったら、はしたない……。

「も、申し訳ありません。殿下……」
「ああ。いや、いいんだ」

 殿下はハッとなってかぶりを振ります。
 反応が少しぎこちないような。と、思っていたら、殿下が私を呼びます。

「リリエッタ」
「は、はい」

 何やら、随分と改まった様子で、彼は私のことを真っすぐに見つめるのです。
 そして殿下は、真顔のまま告げてきました。

「君の笑顔に惚れた」
「え?」

「君が見せた笑顔が、あまりにも素敵だった。胸が、高鳴ったよ」
「え、あの……、え?」

 惚れ、た?
 そんな、ラングリフ殿下が、私に? 私、なんかに……!?

「君はまさしく『花の令嬢』だ。愛想笑いなんて君には似合わない。今見せてくれた君の自然な笑顔こそ、この世で最も可憐な『花』だ。見惚れてしまったよ」
「そ、そんな……」

 私は、しどろもどろになってしまいます。
 急に手放しの賞賛を受けて、さすがに嬉しさよりも戸惑いが優ります。

 そんな私の前で、殿下は膝をついて右手を差し伸べてきます。
 驚く私へ、ラングリフ殿下は至極真面目な顔つきで、

「改めて君に求婚させてもらうよ、リリエッタ・ミラ・デュッセル」
「ラングリフ、殿下……」
「どうか、俺の隣で、俺の分まで笑ってくれ。俺は、君の笑顔が欲しい」

 その真摯な告白が、私の心を直撃して、激しく揺さぶります。
 半ば以上呆然となりながら、私は問い返します。

「私なんかで、よろしいのですか……?」
「君だからいいんだよ。俺のために泣いてくれた、たった一人の君だから」

 ラングリフ殿下は、そう言ってくれました。
 私なんかの……、いいえ、卑屈になってはいけませんね。それは彼に失礼です。

「殿下、私は空っぽな女です」
「リリエッタ、そんなことは――」
「いいえ、いいのです。今は空っぽでいいのです」

 私は首を横に振り、殿下の手を取ります。

「だって私は、これから殿下と共に自分を満たしていくのですから」
「……リリエッタ。それでは?」
「はい、ラングリフ殿下。あなたからの求婚、謹んでお受けさせていただきます」

 うなずく私は、笑っていました。
 自分でもそうとわかるくらいはっきりと、そして自然と笑っていました。

 いつもの作り笑いとは違う、それは、心からの喜びによる笑みでした。
 ラングリフ殿下は、恭しく私の手の甲にキスをして、喜びを表してくれました。

「俺のために咲いてくれ、我がいとしき『花』よ」
「はい、殿下。私はあなたのために咲き誇ります。一輪の気高き『花』として」

 こうして、私は一度失った生きる理由を再び手に入れたのです。
 それにしても、ラングリフ殿下ってご自分で言うほど口下手ではないですよね。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨
恋愛
 バートン侯爵家の跡取りだった父を持つニナリアは、潜伏先の家から祖父に連れ去られ、侯爵家でメイドとして働いていた。18歳になったニナリアは、祖父の命令で従姉の代わりに元平民の騎士、アレン・ラディー子爵に嫁ぐことになる。  ニナリアは母のもとに戻りたいので、アレンと離婚したくて仕方がなかったが、結婚は国王の命令でもあったので、アレンが離婚に応じるはずもなかった。アレンが初めから溺愛してきたので、ニナリアは戸惑う。ニナリアは、自分の目的を果たすことができるのか?  元平民の侯爵令嬢が、自分の人生を取り戻す、溺愛から始まる物語。

【完結】回復魔法だけでも幸せになれますか?

笹乃笹世
恋愛
 おケツに強い衝撃を受けて蘇った前世の記憶。  日本人だったことを思い出したワタクシは、侯爵令嬢のイルメラ・ベラルディと申します。 一応、侯爵令嬢ではあるのですが……婚約破棄され、傷物腫れ物の扱いで、静養という名目で田舎へとドナドナされて来た、ギリギリかろうじての侯爵家のご令嬢でございます……  しかし、そこで出会ったイケメン領主、エドアルド様に「例え力が弱くても構わない! 月50G支払おう!!」とまで言われたので、たった一つ使える回復魔法で、エドアルド様の疲労や騎士様方の怪我ーーそして頭皮も守ってみせましょう!  頑張りますのでお給金、よろしくお願いいたします!! ーーこれは、回復魔法しか使えない地味顔根暗の傷物侯爵令嬢がささやかな幸せを掴むまでのお話である。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】幽霊令嬢は追放先で聖地を創り、隣国の皇太子に愛される〜私を捨てた祖国はもう手遅れです〜

遠野エン
恋愛
セレスティア伯爵家の長女フィーナは、生まれつき強大すぎる魔力を制御できず、常に体から生命力ごと魔力が漏れ出すという原因不明の症状に苦しんでいた。そのせいで慢性的な体調不良に陥り『幽霊令嬢』『出来損ない』と蔑まれ、父、母、そして聖女と謳われる妹イリス、さらには専属侍女からも虐げられる日々を送っていた。 晩餐会で婚約者であるエリオット王国・王太子アッシュから「欠陥品」と罵られ、公衆の面前で婚約を破棄される。アッシュは新たな婚約者に妹イリスを選び、フィーナを魔力の枯渇した不毛の大地『グランフェルド』へ追放することを宣言する。しかし、死地へ送られるフィーナは絶望しなかった。むしろ長年の苦しみから解放されたように晴れやかな気持ちで追放を受け入れる。 グランフェルドへ向かう道中、あれほど彼女を苦しめていた体調不良が嘘のように快復していくことに気づく。追放先で出会った青年ロイエルと共に土地を蘇らせようと奮闘する一方で、王国では異変が次々と起き始め………。

完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。

梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。 16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。 卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。 破り捨てられた婚約証書。 破られたことで切れてしまった絆。 それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。 痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。 フェンリエッタの行方は… 王道ざまぁ予定です

処理中です...