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21 愛情の花と覚悟の断崖
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優しく妹の頭を撫でながら、私は、言って聞かせようとしました。
「シルティア。あなたがしたことは悪いことなのよ?」
撫でて、優しく撫でて、そして私は妹に道理を説きます。
私の腕の中で脱力したシルティアが、しゃくりあげながら言葉だけで抗います。
「わ、悪いことなんてしてない……! だって、誰も私が間違ってるなんて言わなかったもの。何が悪いことかなんて、誰も教えてくれなかったもの……!」
「そうよね、そうだったわよね。ずっと前から、そうだったものね」
今さらの悔恨が、私の中に湧きます。
私達は、シルティアのことをあまりにも放りっぱなしにしていた。
お父様は関心を持たず、お母様は私憎しの感情でこの子を甘やかすばかり。
そして私自身も、シルティアを愚かな妹と見るばかりで何もしてあげなかった。
私達がこの子に教えようとしたことは『何もするな。家の恥になるな』。
これだけです。
誰もシルティアに道理を説こうとはしなかった。
今のこの子の無様な姿は、いわばデュッセル家全員の罪の表れなのです。
だからせめて、今だけは妹を叱ります。
この子を、このままにはしておけないと、そう感じてしまったから。
「いい、シルティア。悪いことを悪いことと思わないことが、一番悪いことなのよ。誰かをイヤな気分にさせて平気でいたらダメ。それは、よくないことなの」
妹を抱きしめて、私は諭して、叱って、サラサラの赤い髪を撫でます。
「ぁ、あ、お姉ちゃん、私……」
「あなたも私も、自分だけで生きているわけではないの。どうか、わかって」
強く抱きしめてお願いすると、シルティアの泣き声が耳に届いてきます。
「ごめん、なさい……。ごめんなさい、私、ごめんなさい、お姉ちゃん……」
「うん、うん。いいのよ。大丈夫だから、ね? はい、よしよし」
小さい頃にそうしていたように、私はシルティアの背をポンポンと叩きました。
この子は、子供のまま、王太子妃という大それた立場に立ってしまっただけ。
けれど、ここで自らを省みれるのなら、まだ十分やり直せる。
少なくとも、私はそう信じています。シルティアは、まだここからなのです。
一方で、サミュエル殿下とラングリフ様。
殿下はこちらに顔を向けたまま、ラングリフ様を険しい目つきで流し見ます。
「まさか貴様ら、シルティアを懐柔してこの国の実権を握るつもりか!?」
「実権、か。そうだな。それでも構わないと、俺は思っているよ」
「な……ッ」
こともなげに肯定するラングリフ様に、サミュエル殿下は絶句します。
「き、貴様、国に対して叛逆するつもりか……?」
「俺が逆らうのは国じゃない、あんただよ、兄貴。今のあんたに王は務まらない」
「何を……ッ」
「国を支えるのは王だが、王を支えるのは貴族だ。その貴族を、あんたは蔑ろにしすぎてる。このままあんたが即位すれば、待ってるのは叛乱に次ぐ叛乱だぞ」
ラングリフ様は淡々と、感情を一切交えずに殿下へ向けてそれを説きます。
「叛乱、だと? 俺がそれを許す間抜けに見えるか、ラングリフ!」
「前は見えなかった。だが、今はそう見えている。だから止めようとしている」
「こ、この俺を愚弄するつもりか……ッ!」
「愚弄しているのもあんただよ。自覚がないのは相当な重症だぞ、兄貴」
「貴様ァ……」
サミュエル殿下がますます顔を怒りに歪ませます。
ラングリフ様ったら、殿下の感情を見事に煽っておいでですね。
「貴様が、王になるというのか! その権利を捨てた貴様が!」
「捨ててはいない。父上に預けただけだ。一度手放したものを返せというのも道理に合わないが、それでも今のあんたを王に据えるよりはよっぽどマシな選択だ」
ラングリフ様が、国王陛下へと向き直ります。
「父上、このような状況を今まで看過し続け、申し訳ございません」
「ラングリフよ、そなたは……」
「母に愛されなかった俺ですが、この国のことは愛しています。何せ、世界で一番大切な妻が住まう国でもありますので。兄上の存在がこの国にとって悪であるなら、俺がこれを討ち、兄上に代わって王家の責務を全うする所存です」
サミュエル殿下が目を剥きます。
ラングリフ様に王位継承権が戻れば、サミュエル殿下の廃嫡が可能となります。
王となる覚悟。
それが、僭越にも私がラングリフ様に求めたものでした。
「正気か、貴様ッ! あれが明るみになってもよいというのか!」
殿下が言われる『あれ』とは、ラングリフ様の呪いのことですね。
呪われし王家など、醜聞としてはこの上ないものです。
陛下もそれを懸念して、ラングリフ様に社交界に出ないよう言っていた程です。
ですが、彼は表情を一つも変えずに、断言なされるのです。
「そんな汚名で揺らぐほど、俺の決意は軽くない。国が乱れるとわかっていて、あんたを王になどするものか。玉座とは民のために泥を被れる人間のための場所だ」
「バ、バカな……」
示されたその覚悟に、サミュエル殿下は絶望の呟きを漏らしました。
「シルティア。あなたがしたことは悪いことなのよ?」
撫でて、優しく撫でて、そして私は妹に道理を説きます。
私の腕の中で脱力したシルティアが、しゃくりあげながら言葉だけで抗います。
「わ、悪いことなんてしてない……! だって、誰も私が間違ってるなんて言わなかったもの。何が悪いことかなんて、誰も教えてくれなかったもの……!」
「そうよね、そうだったわよね。ずっと前から、そうだったものね」
今さらの悔恨が、私の中に湧きます。
私達は、シルティアのことをあまりにも放りっぱなしにしていた。
お父様は関心を持たず、お母様は私憎しの感情でこの子を甘やかすばかり。
そして私自身も、シルティアを愚かな妹と見るばかりで何もしてあげなかった。
私達がこの子に教えようとしたことは『何もするな。家の恥になるな』。
これだけです。
誰もシルティアに道理を説こうとはしなかった。
今のこの子の無様な姿は、いわばデュッセル家全員の罪の表れなのです。
だからせめて、今だけは妹を叱ります。
この子を、このままにはしておけないと、そう感じてしまったから。
「いい、シルティア。悪いことを悪いことと思わないことが、一番悪いことなのよ。誰かをイヤな気分にさせて平気でいたらダメ。それは、よくないことなの」
妹を抱きしめて、私は諭して、叱って、サラサラの赤い髪を撫でます。
「ぁ、あ、お姉ちゃん、私……」
「あなたも私も、自分だけで生きているわけではないの。どうか、わかって」
強く抱きしめてお願いすると、シルティアの泣き声が耳に届いてきます。
「ごめん、なさい……。ごめんなさい、私、ごめんなさい、お姉ちゃん……」
「うん、うん。いいのよ。大丈夫だから、ね? はい、よしよし」
小さい頃にそうしていたように、私はシルティアの背をポンポンと叩きました。
この子は、子供のまま、王太子妃という大それた立場に立ってしまっただけ。
けれど、ここで自らを省みれるのなら、まだ十分やり直せる。
少なくとも、私はそう信じています。シルティアは、まだここからなのです。
一方で、サミュエル殿下とラングリフ様。
殿下はこちらに顔を向けたまま、ラングリフ様を険しい目つきで流し見ます。
「まさか貴様ら、シルティアを懐柔してこの国の実権を握るつもりか!?」
「実権、か。そうだな。それでも構わないと、俺は思っているよ」
「な……ッ」
こともなげに肯定するラングリフ様に、サミュエル殿下は絶句します。
「き、貴様、国に対して叛逆するつもりか……?」
「俺が逆らうのは国じゃない、あんただよ、兄貴。今のあんたに王は務まらない」
「何を……ッ」
「国を支えるのは王だが、王を支えるのは貴族だ。その貴族を、あんたは蔑ろにしすぎてる。このままあんたが即位すれば、待ってるのは叛乱に次ぐ叛乱だぞ」
ラングリフ様は淡々と、感情を一切交えずに殿下へ向けてそれを説きます。
「叛乱、だと? 俺がそれを許す間抜けに見えるか、ラングリフ!」
「前は見えなかった。だが、今はそう見えている。だから止めようとしている」
「こ、この俺を愚弄するつもりか……ッ!」
「愚弄しているのもあんただよ。自覚がないのは相当な重症だぞ、兄貴」
「貴様ァ……」
サミュエル殿下がますます顔を怒りに歪ませます。
ラングリフ様ったら、殿下の感情を見事に煽っておいでですね。
「貴様が、王になるというのか! その権利を捨てた貴様が!」
「捨ててはいない。父上に預けただけだ。一度手放したものを返せというのも道理に合わないが、それでも今のあんたを王に据えるよりはよっぽどマシな選択だ」
ラングリフ様が、国王陛下へと向き直ります。
「父上、このような状況を今まで看過し続け、申し訳ございません」
「ラングリフよ、そなたは……」
「母に愛されなかった俺ですが、この国のことは愛しています。何せ、世界で一番大切な妻が住まう国でもありますので。兄上の存在がこの国にとって悪であるなら、俺がこれを討ち、兄上に代わって王家の責務を全うする所存です」
サミュエル殿下が目を剥きます。
ラングリフ様に王位継承権が戻れば、サミュエル殿下の廃嫡が可能となります。
王となる覚悟。
それが、僭越にも私がラングリフ様に求めたものでした。
「正気か、貴様ッ! あれが明るみになってもよいというのか!」
殿下が言われる『あれ』とは、ラングリフ様の呪いのことですね。
呪われし王家など、醜聞としてはこの上ないものです。
陛下もそれを懸念して、ラングリフ様に社交界に出ないよう言っていた程です。
ですが、彼は表情を一つも変えずに、断言なされるのです。
「そんな汚名で揺らぐほど、俺の決意は軽くない。国が乱れるとわかっていて、あんたを王になどするものか。玉座とは民のために泥を被れる人間のための場所だ」
「バ、バカな……」
示されたその覚悟に、サミュエル殿下は絶望の呟きを漏らしました。
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