笑顔の花は孤高の断崖にこそ咲き誇る

はんぺん千代丸

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36 笑い合って、分かち合って

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「だけどな、リリエッタ……」

 しばしの沈黙ののち、ラングリフ様が切り出しました。

「はい?」
「元凶があの人でも、俺が感じていたものは本物なんだと信じたい。偽りや幻でなく、アンジェリカ様は俺を案じてくれていた。そう思いたいんだ。甘いか?」

 そんなこと、あるはずがないじゃありませんか。
 ラングリフ様が疑問を覚えるのでしたら、私も少しだけ思うところを述べます。

「きっと、ラングリフ様がお考えになられている通りですよ」
「何か心当たりがあるのか?」

「その日記帳が、何よりの証ではないかと」
「これが……?」

 照明を受けたその日記を、私と彼が共に眺めます。

「あの部屋の鍵を持っていらしたのは、当のアンジェリカ様ではありませんか。あの方は、そうしようと思えばいつでもこの日記を処分できたはずです」
「……そうか。そうだな」

 そうなのです。
 アンジェリカ様こそ、実質的な日記の管理者であったのです。

「でも、あの方は処分することなく、自らの死に際して私に花の紋章の鍵を託してくださいました。推測に過ぎませんが、処分する気はなかったのではないかと」
「そうだとして、だがそれは、何故なんだろうか?」

 あら、鈍いお方ですね。
 そんなの、考えるまでもないことでしょうに。

「アンジェリカ様もラングリフ様を愛しておられたのですよ。我が子として」
「本気でそれを信じているのか?」
「それ以外に、どんな理由を思いつきますか?」

 本気を疑われてしまったので、本気で問い返して差し上げました。
 ラングリフ様は、しばし考えこまれるようにして、やがて肩をすくめます。

「参ったな、他には何も考えつかない。それが正解のように思えてきた」
「のよう、ではなく正解ですよ。そういうことにしておきましょう」

 王妃様はもういらっしゃらないのですから、私達で決めればよいのです。
 それをこっちで勝手に信じれば、故人の名誉を傷つけることもないでしょう。

「父上には、このことは報告せねばならないだろうな」
「そうですね。突然、呪いが解けました。では、陛下も驚かれるでしょうし」

 私の返事に、ラングリフ様は「そうだな」と言ってまた笑ってくれます。

「母上はアンジェリカ様を恨んでいたと思うか?」
「恨みはあったかもしれません。でも、それだけではなかったと思います」

 その問いかけに私は答え、彼が持つ鍵に視線を移します。

「そうか。この鍵をアンジェリカ様が持っていたことが何よりの証か」
「ええ、ルリカ様がお預けになる以外、鍵を持つことはできないはずですから」

 推測の域を出ませんが、お二人はきっと、良きご友人であったのでしょう。
 それ以外に、ルリカ様がアンジェリカ様に鍵を渡す理由がありません。

「贅沢なことだな。俺には、二人も母親がいたのだ」
「ええ、本当に。どちらか分けていただきたいくらいですね」

 私はといえば、父も母も語る舌を持ちたくないような人でしたので……。

「すまないが、分けてやることは不可能だよ、リリエッタ」
「まぁ、ひどい。意地悪ですね」

「代わりに、俺の人生を半分あげるから、それで我慢してくれないだろうか」
「それはさすがにもらいすぎです。私も、私の人生の半分を差し上げます」

 言い合って、笑い合って、そこにあるのは普通の、かけがえのない幸せな時間。
 ついばむようにお互いの唇を触れ合わせて、ラングリフ様が言うのです。

「俺は、子供に恨まれるような親にはなりたくないな」
「そうですね。私も同じです。家族でずっと笑顔でいられたら、素敵ですね」
「実に素敵だよ。今すぐ叶えたいくらいに」

 ラングリフ様は軽く手を伸ばし、その指先で日記帳の表面を撫でました。
 それは名残を惜しむかのようでもあり、でもすぐに指は離れます。

 昔があって、今へと繋がり、私達は出会ってここにいる。
 いつか、私達も子供を授かるのでしょう。でも、まだそのときではないから。

「愛しているよ、リリエッタ」
「愛しています、ラングリフ様」

 互いに、確かめ合うようにして言葉を交わして、私達はまた、笑い合いました。
 あなたが『断崖の君』でなくなっても、私はあなたの隣で咲き続けます。

 ずっと。
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感想 7

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みんなの感想(7件)

蒼燐LL
2023.05.29 蒼燐LL

ここまで拝見していて。
思わず号泣しました。
悲しい涙じゃなく、良かったね。
という喜びの涙です。

この感情をありがとうございます。

解除
もと
2023.05.28 もと

お母さんに、ちゃんと愛されていて良かったね、°・(ノД`)・°・

解除
どら
2023.05.28 どら
ネタバレ含む
解除

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