失敗賢者は楽園を手に入れる~生まれる前から失敗していた彼が大冒険者に至るまで~

はんぺん千代丸

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第5話 失敗賢者は取り乱す

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 さして広くない掘っ立て小屋の中で、裸の少女が眠っている。
 それを目にした俺は、固まってしまった。

 理由の半分は、もちろん驚きから。
 そして残る半分は、寝ている少女に見惚れてしまったのだ。

 藁束を積んだだけの簡素なベッドの上で、少女は身を丸めて眠っている。
 腰にまで届く銀髪と、透き通るような白い肌が目にも鮮やかな少女だ。

 固まる俺の位置からは、横顔しか確認できない。
 その横顔は、幼いようにも見え、しかし大人びているようにも見える。

 しかし、すぅすぅと寝息を立てるその姿は、いかにも愛らしい。
 膝を折り曲げ、両手を枕代わりにして、あどけない姿を晒している。

 その身は小柄で、しかし胸の膨らみはばっちりその存在を主張している。
 首筋から肩、背中から尻にかけての滑らかな曲線には、幼さと妖しさが同居していた。

 誰だって見惚れるに決まっている。
 こんな、この世のものとは思えない、魔性じみた美を前にすれば。

 ギィ、と音がする。
 俺の背後で、開け放たれたままのドアが揺れて軋んだようだ。

「……にゃ」

 すると、その音に反応したのか、少女がピクリと身じろぎした。
 それを見た俺は――、うろたえた。

 う、うおおおおおおおおおおおおお!
 ヤベェヤベェヤベェ、何か知らんが、とにかくヤベェ!

 俺の視線は右往左往。どころか縦横無尽。
 他に誰もいないのを知りながら、だがこの全身を焼く焦燥感は何事か。

 今、この現場を他の誰かに見つかったら、俺の人生、絶対オワル。
 根拠はなく、現実的にもあり得ないそんな考えが、だが確信となって俺を襲う。

 恐ろしいほどの取り乱しよう。
 無様なまでの慌てふためきっぷりである。慌てすぎて頭の一部が冷静だ。

 あああああ、でもこれどうすればいいんだ。
 と、俺は中身グチャグチャになった頭を両手で抱えようとして――、目が合った。

 ……って、目が合った? 誰と?

 もちろん、身を起こした銀髪の少女、その人と。

「…………」
「…………」

 俺は、キョトンとなっている少女を見る。
 少女は、またしても硬直してしまった俺を見る。

「ほにゃ?」

 藁のベッドの上で、少女が軽く小首をかしげた。
 その様は、小動物的であり、小悪魔的であり、とにかく可愛くて可愛いのだが、

「……ごめんなさい」

 俺には、謝る以外の選択肢はなかった。
 謝ってどうなるってモンでもないんだけど、いや、謝るっしょ。こういう場合。

「…………」

 おおおおおおお、見られてる……。ジ~ッと見られてるよ、俺。
 これは、一発二発ブン殴られるくらいの覚悟は固めておくべきだろうか。

「…………様」

 と、俺を見据えたまま、少女は何事かを小さく呟いて、
 ぼんやりとしていたその顔に、パッ、と明るい笑みが花開いて、

「お帰りなさい、マスター様ァ!」
「っォぐほぉ!!?」

 飛び込んできた少女の脳天が、俺のみぞおちに突き刺さった。

「ずっとずっと、お待ちしてました。マスター様、大賢者ワーヴェル様!」
「ごぶぉ! げぶぅ、ぎひぃンッ!?」

 小屋の床に倒れ込んだ俺の上で、大はしゃぎの少女が嬉しそうに跳ねる。
 そのたび、少女の全体重が腹に乗っかって、俺、悶絶。

「マスター様、どうかなさいましたか?」

 俺の上にペタンと座った少女が、俺に顔を近づけてきた。
 裸の女の子に腹に乗られて、しかも何やら大賢者絡みのことらしく――、

「あ、あー……。えーと」

 俺は一体、何から考えればいいんだ?
 悩みつつ、それでも動きの鈍い頭を働かせて、俺はやっと一つだけ尋ねる。

「ここは、一体……?」

 君は誰だ、とか、俺のことを知っているのか、とか、聞くべきことは幾つもある。
 だが、結局口を衝いて出たのは、ここに来たときに抱いた最初の疑問だった。

「ここですか? ここは――」

 と、少女が笑みを深めて答える。


「ここは、あなたの楽園エルシオン。マスター様のために用意された世界です」


 は?

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッッ!!?」

 楽園の花畑に、俺の二度目の絶叫が響き渡った。
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