失敗賢者は楽園を手に入れる~生まれる前から失敗していた彼が大冒険者に至るまで~

はんぺん千代丸

文字の大きさ
8 / 10

第7話 失敗賢者は手続きをする

しおりを挟む
 アルカが、目を丸くしている。
 俺の答えが理解できない、って感じのツラだ。

 大賢者の計画についてはわかった。
 が、それはそれだ。
 前世の記憶を持ちこしていない俺にとっては、論外でしかない。

 確かにアルカの言う通り、俺は苦労してきた。
 ここで楽隠居するのは賢い生き方なのかもしれない。が、冗談じゃないね!

「ごめんな、アルカ。俺は外に帰る手段を探して、ここまで来たんだ」

 俺は、ゆっくりとアルカから身を離す。
 頬に当たってた感触に若干の名残惜しさを感じたが、そこをグッと堪えつつ。

「何で、ですか?」

 アルカが不安げに問う。
 ここでの永住は、俺も少しだけ考えた。でも、そのときは決断しきれなかった。
 今なら、その理由がわかる。

「……やりたいことを一つもできてないのに、終われるワケがないんだよ」

 アルカの話を聞いてわかった。大賢者はやれることをやり尽くした。
 そんな大賢者にとって転生後の人生は、極論、老後の余生みたいなモンだと思う。

 だが、大賢者は転生に失敗した。そして俺がここにいる。
 俺の人生は俺のものだ。大賢者の余生なんぞであっていいはずがない。

「いろんなものに邪魔されてきた人生だ。それでも、俺の人生なんだ」

 生まれる前から失敗してて、それでも――、それでも。と。
 そう思いながら、しつこくあがき続けてきた、これまでの27年間なんだ。

「始まってすらいないのに、終わってたまるかよ」

 それは、ちっぽけな意地で、ちっぽけなプライドだ。
 だがそれこそが、俺の最後の拠り所。
 これすらなくすようじゃ、それこそ本当に俺の人生は失敗に終わる。

「まだ俺は、終われないよ」

 青臭いと自分でも重々承知しながら、俺はアルカにそう告げた。
 アルカは、その瞳を幾度かしばたたかせてから、小さな唇から言葉を紡いだ。

「じゃあ」

 一拍の間。
 アルカの瞳の光が、俺を映し返して、揺れる。

「マスター様に、この世界は不要ですか? アルカは、いらない子ですか?」

 眉を下げて、不安げな声で尋ねられた。
 彼女は自らをゴーレムと名乗ったが、まるっきり普通の女の子の反応に見える。
 俺は答える。

「それはそれ。これはこれ」
「え?」

「この世界は、大賢者が転生後の自分のために用意した世界、なんだろ?」
「はい、そうです。ここはあなたの楽園アルシオン。それは間違いございません」

「じゃあもらう。じゃあ使う。徹底的に使い倒す」
「え? え?」

 アルカは理解できていないようだが、こんなの当然の話だよなぁ?
 だってここは俺のための世界なんだから、俺が自由に使っていいってワケだ。

 当然、使うよ。
 存分に使い倒して、俺のやりたいようにやらせてもらうぜェッッッッ!!!!

 だから――、

「一緒に来いよ、アルカ」

 俺は、アルカを誘った。

「一緒に、ですか?」
「ああ。だっておまえは、この世界の管理者なんだろ?」

「その通りです。でも……」
「でも――、何だよ?」

「アルカは、大賢者様よりこの世界の管理を仰せつかっております。外に出ることは、この世界の管理を放棄することになりませんか。アルカは、悪い子になってしまいます」

 一瞬不安になったが、何だ、そんなことか。彼女には重要かもしれないが、

「だったら、ずっと俺と一緒にいればいいだろ」
「マスター様、と?」

「そうだ。外に出ても、俺と一緒にいれば、いつでも帰れるだろ。……違うか?」
「いえ、違いません。違いませんが、その発想はありませんでした」

 ちょっとびっくりしたように言うアルカ。
 何かものすごい頭よさげな彼女にそう言ってもらえて、俺も少し気分がいい。

 それに、俺自身がこいつを外に連れ出したいと思っていた。
 理由は簡単だ。アルカは寂しがっている。

 俺を最初に見たとき、アルカは飛びついてきた。
 その反応からわかった。この小屋を見つけたときの俺と一緒だ、と。

 俺の場合は、たった三か月で人恋しさが飢えにまで至っていた。
 ならば、もっとずっと長い間一人だったアルカのそれは、もはや想像を絶する。

 アルカを、このままにはできない。
 そう思った俺は右手を差し出す。一緒に外に出ようぜという、誘いの手である。

「俺と一緒になってくれ、アルカ。俺にはおまえが必要だ」

 アルカは、しばし口を開けたまま俺を見つめ、やがてその口許が綻んだ。

「わかりました。マスター様」

 よかった。わかってくれたか。

「アルカは、今ここに新たに契りを交わします。大賢者様ではなく、レント・ワーヴェル様を正式に新たなマスターとして再定義し、認証いたします」
「さいてーぎ? にんしょー? よーわからんけど、うん、わかった」

 とにかく、アルカも一緒に外に出てくれるってことは、わかった。

「マスター様、認証のための最終手続きを行なってもよろしいでしょうか」
「最終手続き? ……うん、まぁ、何かわからんけど、いいぞ」

 何かにサインでもするのかな。

「わかりました。では……」

 次の瞬間、彼女の両手が左右から俺の頭をガシッと掴んで固定する。
 そして、アルカが真っすぐに俺に顔を近づけてくる。……あの、アルカさん?

「マスター様」

 俺を呼ぶその声は、ドキリとするほどに艶めいていた。
 さっき俺に隠居を勧めてきたときよりも、数段色づいた響きの、甘えるような声。

「マスター様から求められて、アルカはとても嬉しく思っています」

 そっか、嬉しいか、よかったよかった。
 ところでアルカさん、顔がどんどん近づいてるのは何故ですか?
 俺の視界のほとんどが、可愛いアルカのお顔で占められてるんですけど!?

「アルカは――」

 ほとんど耳元で囁かれているに等しい位置から、甘い甘い、アルカの声。

「アルカは、承りました。マスター様からの求婚、喜んで受けさせていただきます」

 きゅッ!!?

「ちょっ、ま、待っ、アルカ、俺は、き、きゅう……! んっ」

 意味ある言葉を紡ぐ前に、俺の唇はアルカの唇によって塞がれた。
 そこに感じられる蠱惑的なまでの柔らかさと熱さが、問答無用で俺を黙らせた。

 心臓が竦み、目を瞠る。すぐ前には、熱く潤んだアルカのまなこ。
 かすかに開いた唇の隙間から、アルカの濡れた吐息が注がれてくるような気がした。

「ん……」

 アルカが、のどの奥からくぐもった声を漏らし、やがて俺から唇を離す。
 そして俺と彼女は、間近に顔を寄せて互いに見つめ合いながら、

「レント・ワーヴェル様の遺伝子情報を登録――、認証手続き、完了いたしました」

 淡々としたセリフのはずなのに、その声はどこまでも色っぽく濡れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ
ファンタジー
「泥水神官」と蔑まれる下級神官ルーク。彼が作る聖水はなぜか茶色く濁り、ひどい泥の味がした。そのせいで無能扱いされ、ある日、無実の罪で神殿から追放されてしまう。 全てを失い流れ着いた辺境の村で、彼は自らの聖水が持つ真の力に気づく。それは浄化ではなく、あらゆる傷や病、呪いすら癒す奇跡の【創生】の力だった! ルークは小さなポーション屋を開き、まずいけどすごい聖水で村人たちを救っていく。その噂は広まり、呪われた女騎士やエルフの薬師など、訳ありな仲間たちが次々と集結。辺境の村はいつしか「癒しの郷」へと発展していく。 一方、ルークを追放した王都では聖女が謎の病に倒れ……。 落ちこぼれ神官の、痛快な逆転スローライフ、ここに開幕!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

悪役令嬢の父は売られた喧嘩は徹底的に買うことにした

まるまる⭐️
ファンタジー
【第5回ファンタジーカップにおきまして痛快大逆転賞を頂戴いたしました。応援頂き、本当にありがとうございました】「アルテミス! 其方の様な性根の腐った女はこの私に相応しくない!! よって其方との婚約は、今、この場を持って破棄する!!」 王立学園の卒業生達を祝うための祝賀パーティー。娘の晴れ姿を1目見ようと久しぶりに王都に赴いたワシは、公衆の面前で王太子に婚約破棄される愛する娘の姿を見て愕然とした。 大事な娘を守ろうと飛び出したワシは、王太子と対峙するうちに、この婚約破棄の裏に隠れた黒幕の存在に気が付く。 おのれ。ワシの可愛いアルテミスちゃんの今までの血の滲む様な努力を台無しにしおって……。 ワシの怒りに火がついた。 ところが反撃しようとその黒幕を探るうち、その奥には陰謀と更なる黒幕の存在が……。 乗り掛かった船。ここでやめては男が廃る。売られた喧嘩は徹底的に買おうではないか!! ※※ ファンタジーカップ、折角のお祭りです。遅ればせながら参加してみます。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...