失敗賢者は楽園を手に入れる~生まれる前から失敗していた彼が大冒険者に至るまで~

はんぺん千代丸

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第8話 失敗賢者はギルドに戻る

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 ついに外に出ることができた。

「何とも、あっさりしたモンだなぁ……」

 見覚えのある裏路地で、俺はそんな感想を漏らす。
 足元には、開いたままのアイテムボックスが落ちている。

 小屋の中でアルカがパチンと指を鳴らしたら、それだけで出れた。
 楽園世界の管理者、っていうのは本当のことらしい。
 俺は拾い上げたアイテムボックスを腰に装着して、軽く安堵の息をついた。

「ふぅ、何とかなったな」

 何せ、三か月もこれの中にいたのだ。
 その間、このアイテムボックスを誰かが拾った可能性だって十分あった。

「あ、こちらでの経過時間は一時間半ほどかと」

 そう考えていた俺に、アルカがそう言った。
 俺は目をまん丸にひん剥いて、首をギゴゴゴと動かして彼女を見る。

「……どゆこと?」
「エルシオンと現実では、時間の流れる速度が違うんです」

 時間の流れる速度、とな。

「現在の比率ですと、外での一分がエルシオンの一日に相当します」
「メチャメチャ流れ速かったんだな、あっち……」

「はい。でも、旦那様は神果の影響で寿命に影響はないかと」
「そうか、神果は不老長寿の効果があるって……、ちょっと待ちなさい、アルカ君」

 あっぶなッ!
 アルカの言い方があまりに何気なさすぎて、一瞬見逃しそうになってしまった。

「何でしょうか、旦那様」
「それ! その、それ! その旦那様って呼び方、何事!?」

 俺が声を荒げると、アルカはポ、と頬を赤らめさせて俺から目を逸らす。

「その、アルカは旦那様の妻となりましたので、呼び方もそれに合ったものを、と……」

 くっ、急にモジモジ恥じらいやがって。もう絆されそう。
 しかし、俺は何とか気を取り直して、アルカにきっぱり告げようとする。

「あのな、アルカ。俺は別に、結婚したつもりは――」
「え……」

 途端に泣きそうになるアルカ。
 その大きな瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。ウォアァァァァァ!!?

「………………ま、まずは婚約者から始めるのが、正しい順序だから」
「はい! 旦那様!」

 汗ダラダラになって折れた俺の右腕に、アルカが嬉しそうにしがみついてきた。
 無理だ……、無理だよ。
 あんな顔されたら、断るのなんて到底無理。絶対不可能!

 というワケで、何か婚約者ができてしまった。人生何があるかわかんねーな!
 あと、その、柔らかい。すごく柔らかい。
 何がとは言わないが、今かなり、俺の右腕が幸せ満喫中だ。

「……ふぅ。さて、こっからどうするか」

 ひとしきり感触を堪能したのち、俺はここからの行動を考えた。

「ふむ、そうだな。なぁ、アルカ――」

 ちょっと思いついて、俺はアルカに一つ確認を取った。

「それでしたら問題ありません!」

 俺の右腕にしがみついたまま、自信満々にアルカはうなずく。

「さすがアルカだな。頼もしいぜ」
「えへへへ……」

 左手で、アルカの頭を軽く撫でてやる。
 身長差もあって、彼女の頭はちょうど撫でやすい高さにあるのだ。

「さて、それじゃあ行くか」

 必要な確認も終わった。ここからはもう、やるべきことをやるだけだ。

「旦那様、どちらに行かれるのですか?」

 問われた俺は、その建物がある方向を睨んで、口角を吊り上げながら告げる。

「冒険者ギルドだよ」

 ――と、いうワケで、俺は約一時間半(実質三か月)ぶりにギルドに戻った。

 そこで俺を待っていたのは、当然ながら、同業者からの白い目だった。
 今の俺には、そんなものでも少し懐かしく感じられる。

「おい、また来たぜ。冒険者志望の失敗賢者が」
「ハンッ、初心者だから優しくしてやんねぇとな。ギルドは優しくねぇだろうが」

 そんな声がギルドのそこら中から。
 しかしそれもアルカが入ってきた瞬間、ざわめきに変わる。

「な、何だあの女……」
「うおお、ものすげぇ別嬪じゃんか。何であんな上玉が……?」

 そういう反応にもなるよなぁ。掛け値なしに絶世の美女だからな、アルカは。
 あと、カレ・シャツとかいうのもかなりきわどいデザインだし。

「何事でしょうか。皆さん、アルカを見ています」

 当の本人に全く自覚がないのが、ちょっと面白い。
 さて、昼時なのもあって、カウンターはガラガラだ。都合がいい。

「依頼、受けたいんだけど」
「またあなたですか……」

 対応に出たのはまたしてもリィシアだった。露骨にため息つきやがって。

「先程も申し上げました通り、ギルドから斡旋できるお仕事は一つもありません」

 淡々とした物言いながら、声も硬く、言い方もつっけんどん。
 俺への苛立ちを隠そうともしない。

「そこを何とか」

 後ろから同業共の笑い声が聞こえるが、それを無視して俺は食い下がった。

「お仕事は一つもないと申し上げました。もし、どうしてもお仕事が欲しいのでしたら、御自分で指名依頼でも持ってくればいかがですか?」

 返ってきたのが、突き放すようなその言葉。
 俺はニヤリと笑う。何故ならば、それこそが俺が欲しかった言葉だからだ。

「じゃあ、そうするわ」
「え?」

 呆けるリィシアをよそに、俺はくるりと踵を返す。
 そこに見えるのは俺を話題の種にしてバカ笑いしている同業者諸君の姿。

「おい、おまえら!」

 俺は初めて、自分から連中に声をかけた。

「あ?」
「何だァ、失敗賢者が」

 と、同業者の目が俺に集まったところで、再度声を張り上げる。

「誰か、俺への指名依頼の依頼主になってくれよ。報酬はたんと弾むぜ!」
「「……は?」」

 と、同業共は一瞬呆けて、直後に大爆笑。椅子から転げ落ちるやつまでいた。

「無能が祟ってついに失敗賢者が狂いやがったぜ!」
「何が指名依頼だ、笑わせんな!」
「バカなこと抜かしやがって、おまえなんぞにどんな報酬が出せるってんだ!」

 ほぉほぉ、なるほど。やっぱそういう反応ね。
 だったら見せてやるよ。俺が出せる、チンケな報酬をよ。

「アルカ」
「はい、旦那様」

 アルカに合図を送ると、広げた右の手のひらに金色のリンゴが出現する。
 それは、エルシオンから転送してもらったモノだ。
 俺の右手に注目する同業共に、俺は笑いながら教えてやった。

「報酬は――、神果アムリタだ」
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