黒き魔王のヒストリア~人と魔族となりきりロールプレイヤーの魔王様と使い魔の私~

はんぺん千代丸

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1.黒き魔王と使い魔の私

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 ポンッ。

 と、軽い音を立てて、私は己の姿を白い小鳥に変える。
 魔王の使い魔にして変幻の霊獣たる私は、このようにして様々な姿を取れる。

「あ~、変わっちゃった~! ドレス似合ってたのに~!」
『黙らっしゃい! あんな惜しげもなく肌を出したドレス、いつまでも着れるか!』

 人型ではなくなった私は、魔力念話で抗議をする。

『大体、あんなドレスじゃ防御力も何もあったものではないではないか!』
「そんなことないよ。そのドレス、大気中のマナを自動的に吸収して魔力障壁を展開する機能がついてるから、鋼鉄製の甲冑より全然硬いよ」
『はいはい、そういう『設定』ね』

 私は軽く聞き流す。全く、この男はいっつもそうだ。
 魔族の頂たる魔王でありながら、とにかく人類が紡ぐ物語を愛してやまない。

 詩集、小説、説話集、民話集、絵本、戯曲、その他様々とにかく節操なく読みふける。
 そして影響された結果が、私が付き合わされているこの茶番だ。
 誰に見せるためのものでもない、自己満足のためのなりきりロールプレイである。

『大体だな! どうして私のセリフだけあんなに長くて難しい言葉が多いんだよ!? 人型は滅多にならないから、しゃべるのは得意じゃないと前から言ってるだろうが!』
「そこはほら~、魔王なんだからセリフ一つにも威厳と風格を持たないとさ~」

 私が文句を言うと、魔王の位を示す黒ローブ姿に変わった主が言い訳をし始める。
 纏っていた装備類は収納魔法ストレージで異空間に格納したようだ。

 さっきも黒かったが、ローブ姿のこいつは五割増しで黒い。見た目は黒8:褐色2だ。
 茶番では魔法で隠していた額に伸びる二本の角は、魔族であることの証。

 そして私を見るその顔は、相も変わらず非の打ち所がない完璧な造形をしている。
 エルフのような長い耳がやや垂れているのが特徴で、可愛げがある部分か。

 さらにいえば骨太というよりは優男の部類で、威圧感や迫力とは無縁の顔立ちだ。
 耳と同じく垂れ気味の目と、締まりのない口元と、柔らかくゆるい雰囲気をしている。

 このゆるさこそが、我が主の持ち味だと私は信じて疑わない。
 だから、さっきまでなりきってたオリキャラ英雄には違和感しかなかったぞ。

「う~むむ、残念だなぁ。このドレスもお蔵入りかぁ。せっかく錬成したのになぁ……」
『待てぃ。錬成って、まさか私が着ていたドレス、本物の魔法具か?』

「もちろん、僕が錬金術で自作した、魔力障壁展開機能付きの逸品だよ。やっぱり演劇は小道具からこだわらないとね! あ、僕が着てた鎧と剣もちゃんとした魔法具だよ!」

 やたら朗らかに笑って言う我が主だが、バカか、こいつ?

『二人っきりの身内ノリの茶番にどんだけ労力かけてんだよ、おまえは!?』
「やっぱりなりきりに使うなら道具からこだわらないと~!」

 という謎理論で、錬金術と魔法具製造技術を極めてしまったのが我が主だ。

「僕が演じてた『夜に沈みし黒の英雄』ラングリッド・エヴァンの使う剣は元々聖剣なんだけど魔族を殺しすぎて魂を喰らう『堕ちた聖剣』になったっていう『設定』だよ! そうなった理由や、この『堕ちた聖剣』来歴もちゃんと考えてあって――」
『いいから、別に語らんでいいから!』

 私は全力で『設定』語りを始めようとする我が主を阻んだ。
 放置すれば半日以上も続くような自分語りなど、いちいち付き合っていられるか!
 何でこんな男が魔王なんだ……。

 そう思うときは割と――、毎日――、いや、常に感じてる。うん、常に。パッシブ。
 これで即位以来、魔族領に空前の繁栄をもたらした名君なのだから世の中わからない。

「さて、と」

 我が主が言うと同時、その足元に蒼白い魔法陣が展開する。
 すると、玉座の間全体が小さく震え出した。

 ゴゴゴゴゴゴ。ウィィィィィ~~~~ン。ガシャ~ン! ガコ~ン! ガショ~ン!
 石床がせり上がって、隙間なく書籍が並べられた石の本棚が現れる。

 何ということでしょう。
 広大だった部屋が、所狭しと本棚が並ぶ圧迫感みなぎる大書庫兼執務室に早変わり!
 即位後、『省スペース』を理由として玉座の間を大々的に改造した結果がこれである。

「あ~、やっぱり落ち着くな~!」

 玉座が置いてあった場所に出現した執務机に着席して、我が主が朗らかに笑う。
 ここには、我が主が集め続けた蔵書が収められている。
 その総量たるや、無数の本棚が隙間なく埋め尽くされているのだから推して知るべし。

「あ、そうだロンちゃん。明後日なんだけど、人類領でまた新刊がね~」
『わかったわかった。あとで場所を教えろ』

 城を離れられない主に代わり、人類領で新刊を買ってくるのも私の仕事だ。
 他の魔族は人が作る物語になど興味を持たない。

 だからガレニオンではまず本自体がほとんどないし、我が主の理解者も私以外にいない。
 しかし、それでもいいと私は思っている。

 魔族の王ともあろう者が己の趣味に突っ走って、使い魔を巻き込んで茶番を演じる。
 いやはや、何とも平和な日常ではないか。今日も魔族領は穏やかな時間が――、

「邪魔させてもらうゼェ!」

 だが、突然の大声によって平和はあっけなく打ち砕かれた。
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