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第5話 もしかして、知り合いだったりして
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もしかして、知り合いだったりして。
道路を突っ走りながら、俺はふとそんなことを考えた。
『この先にいらっしゃるのが、ですか?』
「だから、心読むんじゃねぇっつってんだろうが……」
何気なく語りかけてくる小鳥エラに、俺は渋面を作る。
そりゃあ、精神に防壁を築いていない俺も悪いんだろうが、あまり気分はよくない。
「……まぁ、そういうこったな」
走りながら、俺はルリエラにうなずく。
この先にあるのは、俺の家の最寄り駅で、高校・大学と通い続けた場所だ。
俺の高校は隣町にあり、大学は隣の市にあった。どっちも同じ路線から行けた。
高校以前、中学の頃から俺はぼっちだったので友人は少なかった。
しかし、少ないとはいっても一人もいなかったワケじゃない。
高校の頃は頻度こそ少なかったが、ダチと呼べる数人と駅で遊んだりもした。
『へぇ~、トシキ様がご学友と。ふぅ~ん』
「何だ、その反応は……?」
『いえいえ、アルスノウェでもとびっきりに恐れられていたトシキ様にも、そういう時代があったのですわねぇ、と、ちょっと感慨深くなりまして~』
「うるせぇな!」
この小鳥、握り潰してやろうか、と思いながら俺は駅へと急ぐ。
周りの景色を見れば、すでに住宅よりも店やビルの比率が多くなってきている。
――このまま走ってれば、二分もかからないか。
適当にアタリをつけて、俺はそこから跳躍、目の前の二階建てのビルの屋上に移る。
この辺からは、高所を移動した方がいいだろう。という判断だ。
「それにしても……」
久しぶりに思い出したな、あいつらのこと。
思い返すのは二つの顔。
高校の頃に比較的ツルんでいた、友人と呼べなくもない連中。
一人は男子、一人は女子。
進んだ大学が違うから、高校卒業後は会う機会がほぼなくなったな、そういえば。
『何ですの、元カノですの? 元カノですの!?』
「っだァ! 変なところでミーハー発揮してんじゃねぇぞ、隠しボス!」
あああああああああああああ、ウゼェ! こいつ、マジウゼェ!
「クソ、それもこれも全部ゾンビのせいだ。許さねぇ、全殺しだ! ブチ壊してやる!」
『そうやって話を無理やり捻じ曲げるトシキ様も素敵ですわぁ~』
誰か、この口の減らねぇ女神を握り潰せ!
「このビル超えた先にいるぞ! うおおおおおお! ブチ破ってブチ壊ァ~す!」
俺は、目の前にそびえる十階建てのビルの壁を一気に駆け上がっていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
天館駅の周りには、大きなビルが三つ建っている。
ちょうど三角形を作るそれらを、俺達はそのまんま『天館の三角』と呼んでいた。
カラオケ、ゲーセン、デパート、レストラン街。
遊び場にできそうな場所は概ねこの三角の周りに集中していた。
その一角、駅の東側に位置するデパート『天館百貨店』の前で、俺は見つけた。
女が、平べったい段ボール箱を後生大事そうに抱えながら走っていた。
背の低い、飾り気のない恰好をした女だ。
長い髪を後ろで素っ気なく括っていて、顏には黒縁の眼鏡をかけている。
細い眉と通った鼻筋に、小さな唇。顏の輪郭もすっきりしていて可愛らしい。
だが、髪型と眼鏡のせいで、整った容姿の割に野暮ったい印象が強い。
服装もシャツとパーカーと短パンという、明らかに動きやすさを優先したものだ。
「はぁ! はぁ! はっ……!」
額に大量の汗を浮かべて、女は呼吸を乱しながら必死に走っている。
腕に抱えているのは、カップ麺の段ボールだった。
おそらくは未開封。しっかりと中身が入ったそれをどこかで見つけたのだろう。
そして、女から少し離れた場所には、ゾンビ共。
数は、十体くらいか。
半ば腐乱して骨や内臓を見せるそいつらが、ゾロゾロと群れて女を追っている。
『結構、逃げ切れないものですのね』
近くのビルの上から女の様子を眺めていた俺の肩で、ルリエラが言う。
「生命体を知覚できる能力があるらしいな。それに、走る速度もそこそこだ」
ゾンビを眺め、俺は軽く分析する。
たださまよってるときよりも断然足が速い。人間を見つけるとその速さになるらしい。
『このままではあの子、捕まりますわね』
「ああ、捕まるだろうな」
ルリエラの言葉に、俺もうなずく。
『…………』
「…………」
『お知り合いでしたわね』
「心を覗くなっつってんだろうがよォッ!」
ああ、そうですよ。知り合いですよ。
さっき思い浮かべた、高校の頃のダチの女の方でしたともさ!
「……ったく、変な偶然もあったモンだぜ」
『偶然? いいえ、これは運命ですわ。この再会をきっかけにかつて愛し合った二人は、再びその慕情を激しく燃え上がらせて――』
「愛し合った事実などない。恋愛脳かよ、おまえは!?」
一声ツッコんで、俺は盛大に息を吐く。
やれやれ、本当にとんだ再会だよ。などと、俺が思っていると――、
『あ、追い詰められましたわね』
「あ~、道が車で……」
見ると、女が逃げていた道は横転した車で塞がれ、いびつな袋小路を作っていた。
女は箱を抱えたまま、そこに立ち往生する。
そしてゾンビの群れが追いついて、たちまち女の逃げ場をなくしてしまった。
「い、いや……」
「あ~、ったく、あいつはよぉ!」
顔を青くする女にいてもたってもいられず、俺はビルの屋上から飛び降りる。
全身を風に晒しながら、俺は空中で位置を調節し、女とゾンビのちょうど間に着地。
「ひゃあっ!? な、何……?」
「何、じゃねぇよ」
仰天する女へと、俺は肩越しに振り向く。
「こんなところで何やってんだよ、音夢」
「え、何で私の名前……、あ、あなた、橘君!?」
大きな瞳をパチクリさせて、その女――、小宮音夢は俺を呼んだ。
「よぉ、高校卒業以来だから、何年ぶりだ?」
「何をのん気なこと言ってるのよ! 橘君、前、目の前!」
音夢は顔色を青くして、俺の向こう側を指さす。
しかし、探査を維持している俺は、見ずともゾンビの接近にしっかり気づいている。
「うおぉ……」
両腕を広げて覆いかぶさるように襲ってくる、男のゾンビ。
「腹がガラ空きだぜ、オッサン!」
振り返りざま、俺はゾンビのみぞおちに勢いよく靴底を叩きつけた。
オッサンゾンビはその威力に吹き飛んで、後方の他のゾンビを巻き込んで諸共倒れる。
「……ゾンビは殺す」
俺は呟き、ゾンビの群れに轟焔戟をブチかまそうとした。
しかし、それより早く、後ろから伸びてきた手が俺の腕を掴んで引っ張ってくる。
「今よ、橘君! こっち!」
「お、おぉい!?」
音夢だった。
右手にカップ麺の箱を抱え、左手で俺を強引にその場から連れ出そうとする。
「何すんだよ、音夢。こんな連中、どうとでも――」
「バカ! 噛まれたらどうするのよ、同じになっちゃうわよ!」
俺が文句を言うと、切迫した音夢の声。
噛まれたら、か。どうやら音夢は、ゾンビについて何か知っているようだ。
『どうされますの?』
頭上を飛ぶルリエラが、俺に念話を寄越してくる。
『ひとまず、ついてくわ。色々と気になることもあるしな』
俺は声ではなく念でそう返し、ゾンビの群れが立ち直る前に音夢に続いて走り出した。
音夢は、必死に逃げようとして意識は前だけを向いている。――今だな。
「……轟焔戟」
小さくのどの奥で呟き、俺は火属性魔法を発動させた。
群れのド真ん中に爆炎が巻き起こり、ゾンビ共は一体残らず炎に巻かれる。
「え、な、何!?」
さすがに音夢も振り返ろうとするが、俺がその手を掴み、逆に引っ張った。
「何してんだ、逃げるんだろ!」
「でも、今、何か爆発……」
「横転した車のガソリンに引火でもしたんだろ、ほら、行くぞ!」
音夢に考える隙を与えず、俺はこいつが逃げようとした方向へと向かう。
すると音夢も「そうね」と納得し、すぐに逃げる方に意識を戻す。
『別に燃やす必要はなかったのでは?』
『バカ言うな。俺がゾンビを逃がすはずがねぇだろ。ゾンビは殺す』
『……さすがは『滅びの勇者』ですわね』
それやめろっつーの。俺は元勇者だ。
『それにしても……』
『あん?』
「こっちよ、橘君! 大丈夫、きっと見つからないから!」
「お、おう……」
『しっかり手を握ってらっしゃいますわね。やはり、元カノですわね!』
『恋愛脳がよぉ……」
俺は呆れ果てつつ、音夢についていく。
その先に見えるのは『天館の三角』の一角――、駅ビル『天館ソラス』だった。
道路を突っ走りながら、俺はふとそんなことを考えた。
『この先にいらっしゃるのが、ですか?』
「だから、心読むんじゃねぇっつってんだろうが……」
何気なく語りかけてくる小鳥エラに、俺は渋面を作る。
そりゃあ、精神に防壁を築いていない俺も悪いんだろうが、あまり気分はよくない。
「……まぁ、そういうこったな」
走りながら、俺はルリエラにうなずく。
この先にあるのは、俺の家の最寄り駅で、高校・大学と通い続けた場所だ。
俺の高校は隣町にあり、大学は隣の市にあった。どっちも同じ路線から行けた。
高校以前、中学の頃から俺はぼっちだったので友人は少なかった。
しかし、少ないとはいっても一人もいなかったワケじゃない。
高校の頃は頻度こそ少なかったが、ダチと呼べる数人と駅で遊んだりもした。
『へぇ~、トシキ様がご学友と。ふぅ~ん』
「何だ、その反応は……?」
『いえいえ、アルスノウェでもとびっきりに恐れられていたトシキ様にも、そういう時代があったのですわねぇ、と、ちょっと感慨深くなりまして~』
「うるせぇな!」
この小鳥、握り潰してやろうか、と思いながら俺は駅へと急ぐ。
周りの景色を見れば、すでに住宅よりも店やビルの比率が多くなってきている。
――このまま走ってれば、二分もかからないか。
適当にアタリをつけて、俺はそこから跳躍、目の前の二階建てのビルの屋上に移る。
この辺からは、高所を移動した方がいいだろう。という判断だ。
「それにしても……」
久しぶりに思い出したな、あいつらのこと。
思い返すのは二つの顔。
高校の頃に比較的ツルんでいた、友人と呼べなくもない連中。
一人は男子、一人は女子。
進んだ大学が違うから、高校卒業後は会う機会がほぼなくなったな、そういえば。
『何ですの、元カノですの? 元カノですの!?』
「っだァ! 変なところでミーハー発揮してんじゃねぇぞ、隠しボス!」
あああああああああああああ、ウゼェ! こいつ、マジウゼェ!
「クソ、それもこれも全部ゾンビのせいだ。許さねぇ、全殺しだ! ブチ壊してやる!」
『そうやって話を無理やり捻じ曲げるトシキ様も素敵ですわぁ~』
誰か、この口の減らねぇ女神を握り潰せ!
「このビル超えた先にいるぞ! うおおおおおお! ブチ破ってブチ壊ァ~す!」
俺は、目の前にそびえる十階建てのビルの壁を一気に駆け上がっていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
天館駅の周りには、大きなビルが三つ建っている。
ちょうど三角形を作るそれらを、俺達はそのまんま『天館の三角』と呼んでいた。
カラオケ、ゲーセン、デパート、レストラン街。
遊び場にできそうな場所は概ねこの三角の周りに集中していた。
その一角、駅の東側に位置するデパート『天館百貨店』の前で、俺は見つけた。
女が、平べったい段ボール箱を後生大事そうに抱えながら走っていた。
背の低い、飾り気のない恰好をした女だ。
長い髪を後ろで素っ気なく括っていて、顏には黒縁の眼鏡をかけている。
細い眉と通った鼻筋に、小さな唇。顏の輪郭もすっきりしていて可愛らしい。
だが、髪型と眼鏡のせいで、整った容姿の割に野暮ったい印象が強い。
服装もシャツとパーカーと短パンという、明らかに動きやすさを優先したものだ。
「はぁ! はぁ! はっ……!」
額に大量の汗を浮かべて、女は呼吸を乱しながら必死に走っている。
腕に抱えているのは、カップ麺の段ボールだった。
おそらくは未開封。しっかりと中身が入ったそれをどこかで見つけたのだろう。
そして、女から少し離れた場所には、ゾンビ共。
数は、十体くらいか。
半ば腐乱して骨や内臓を見せるそいつらが、ゾロゾロと群れて女を追っている。
『結構、逃げ切れないものですのね』
近くのビルの上から女の様子を眺めていた俺の肩で、ルリエラが言う。
「生命体を知覚できる能力があるらしいな。それに、走る速度もそこそこだ」
ゾンビを眺め、俺は軽く分析する。
たださまよってるときよりも断然足が速い。人間を見つけるとその速さになるらしい。
『このままではあの子、捕まりますわね』
「ああ、捕まるだろうな」
ルリエラの言葉に、俺もうなずく。
『…………』
「…………」
『お知り合いでしたわね』
「心を覗くなっつってんだろうがよォッ!」
ああ、そうですよ。知り合いですよ。
さっき思い浮かべた、高校の頃のダチの女の方でしたともさ!
「……ったく、変な偶然もあったモンだぜ」
『偶然? いいえ、これは運命ですわ。この再会をきっかけにかつて愛し合った二人は、再びその慕情を激しく燃え上がらせて――』
「愛し合った事実などない。恋愛脳かよ、おまえは!?」
一声ツッコんで、俺は盛大に息を吐く。
やれやれ、本当にとんだ再会だよ。などと、俺が思っていると――、
『あ、追い詰められましたわね』
「あ~、道が車で……」
見ると、女が逃げていた道は横転した車で塞がれ、いびつな袋小路を作っていた。
女は箱を抱えたまま、そこに立ち往生する。
そしてゾンビの群れが追いついて、たちまち女の逃げ場をなくしてしまった。
「い、いや……」
「あ~、ったく、あいつはよぉ!」
顔を青くする女にいてもたってもいられず、俺はビルの屋上から飛び降りる。
全身を風に晒しながら、俺は空中で位置を調節し、女とゾンビのちょうど間に着地。
「ひゃあっ!? な、何……?」
「何、じゃねぇよ」
仰天する女へと、俺は肩越しに振り向く。
「こんなところで何やってんだよ、音夢」
「え、何で私の名前……、あ、あなた、橘君!?」
大きな瞳をパチクリさせて、その女――、小宮音夢は俺を呼んだ。
「よぉ、高校卒業以来だから、何年ぶりだ?」
「何をのん気なこと言ってるのよ! 橘君、前、目の前!」
音夢は顔色を青くして、俺の向こう側を指さす。
しかし、探査を維持している俺は、見ずともゾンビの接近にしっかり気づいている。
「うおぉ……」
両腕を広げて覆いかぶさるように襲ってくる、男のゾンビ。
「腹がガラ空きだぜ、オッサン!」
振り返りざま、俺はゾンビのみぞおちに勢いよく靴底を叩きつけた。
オッサンゾンビはその威力に吹き飛んで、後方の他のゾンビを巻き込んで諸共倒れる。
「……ゾンビは殺す」
俺は呟き、ゾンビの群れに轟焔戟をブチかまそうとした。
しかし、それより早く、後ろから伸びてきた手が俺の腕を掴んで引っ張ってくる。
「今よ、橘君! こっち!」
「お、おぉい!?」
音夢だった。
右手にカップ麺の箱を抱え、左手で俺を強引にその場から連れ出そうとする。
「何すんだよ、音夢。こんな連中、どうとでも――」
「バカ! 噛まれたらどうするのよ、同じになっちゃうわよ!」
俺が文句を言うと、切迫した音夢の声。
噛まれたら、か。どうやら音夢は、ゾンビについて何か知っているようだ。
『どうされますの?』
頭上を飛ぶルリエラが、俺に念話を寄越してくる。
『ひとまず、ついてくわ。色々と気になることもあるしな』
俺は声ではなく念でそう返し、ゾンビの群れが立ち直る前に音夢に続いて走り出した。
音夢は、必死に逃げようとして意識は前だけを向いている。――今だな。
「……轟焔戟」
小さくのどの奥で呟き、俺は火属性魔法を発動させた。
群れのド真ん中に爆炎が巻き起こり、ゾンビ共は一体残らず炎に巻かれる。
「え、な、何!?」
さすがに音夢も振り返ろうとするが、俺がその手を掴み、逆に引っ張った。
「何してんだ、逃げるんだろ!」
「でも、今、何か爆発……」
「横転した車のガソリンに引火でもしたんだろ、ほら、行くぞ!」
音夢に考える隙を与えず、俺はこいつが逃げようとした方向へと向かう。
すると音夢も「そうね」と納得し、すぐに逃げる方に意識を戻す。
『別に燃やす必要はなかったのでは?』
『バカ言うな。俺がゾンビを逃がすはずがねぇだろ。ゾンビは殺す』
『……さすがは『滅びの勇者』ですわね』
それやめろっつーの。俺は元勇者だ。
『それにしても……』
『あん?』
「こっちよ、橘君! 大丈夫、きっと見つからないから!」
「お、おう……」
『しっかり手を握ってらっしゃいますわね。やはり、元カノですわね!』
『恋愛脳がよぉ……」
俺は呆れ果てつつ、音夢についていく。
その先に見えるのは『天館の三角』の一角――、駅ビル『天館ソラス』だった。
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