異世界帰りの元勇者・オブ・ザ・デッド

はんぺん千代丸

文字の大きさ
19 / 42

第18話 俺は、手伝わんからね

しおりを挟む
 俺は、手伝わんからね。
 マリッサと話をするにあたって、まず俺はそれを音夢と玲夢に告げた。
 冒険者ギルド内に併設されている酒場の席でのことだ。

「え~! 何でですか、センパァイ!」

 当然のごとく、玲夢が不満に頬を膨らませる。
 音夢も何も言わないが、その目は意外そうに少しだけ見開かれた。

「強すぎるんだよ、こいつは」

 俺が説明する前に、マリッサが言ってくれる。

「この世界を救った立役者。魔王を屠った『滅びの勇者』。タチバナ・トシキは、この世界でも特に逸脱した、世界最強の存在だ。武も魔も、この男に並ぶ者はいやしないさ。殿堂入りの冒険者である私をも、ほんの一年ちょっとで追い抜いたくらいだ」
「殿堂入りってのは『英雄』と同義だと思っていいぜ」

 俺がそこを補足すると、小宮姉妹はマリッサを見て「おぉ」と小さく驚く。
 マリッサの口元に、軽く笑みが浮かんだ。

「新鮮な反応だね。そこの勇者なんかは、殿堂入りって聞いても『さよけ』で終わらせたからね。その関係者がこんなに素直っていうのも、私からすれば意外だ」
「うるさいが?」

 当時の俺は冒険者ってSSSランクが最高って思ってたんだよ。
 はいはい、どうせ異世界ファンタジーの読みすぎですよ、コンチキショーがよ。

「それにしても、やっぱセンパイって激ツヨだったんですね! さっすがー!」
「強くなきゃ世界は救えやしないさ」

 騒ぐ玲夢に、何故かマリッサが自慢げに笑う。何の自慢だよ、それは。

「だが、今回はその強さがおまえ達二人を鍛える上で邪魔となる。それを自分でも重々理解しているからこそ手伝わないんだろ、なぁ、愛弟子?」

 俺は視線を逸らす。

「橘君ですからね。私達が危ない目に遭ったら、絶対助けてくれますよね」
「そういうことだよ。さすがにトシキをわかっているじゃないか、ええと……」

「音夢です。小宮音夢です」
「妹の玲夢でーっす。よろしく、オシショー様!」
「ネムとレムか。わかった。そうだな。こいつは身内には徹底的に甘いからな」

 言って、マリッサは手を伸ばして俺の髪を乱暴に撫でてきた。
 ぬぁ~! やめいやめいやめい!?

「まぁ、そういうワケで、俺は手伝えない。俺だと、おまえらを助けちまうから」
「アタシはそれでもいいんだけど~! センパイのカッコいいところ、見た~い!」

「ダ~メ。俺がいないときに自分でどうにかできる力を身につけろ」
「ブ~!」

 玲夢が唇を尖らせるが、さすがにこれは譲れない。
 何せ生き死にに直結する問題だ。俺は万能ではあっても全能ではないのだ。

「トシキが身内にそこまで言うほどか。故郷が荒廃したというのは本当らしいな」
「言わんでくれよ、マリッサ。思い出しちまわぁ……」

 あ~、ゾンビ。ゾンビ。ゾンビ。全部ゾンビのせい。ゾンビ殺す、ゾンビ滅ぼす。

「お姉、センパイ、顔は笑ってるのにものすごいコワいよ!」
「大丈夫よ、玲夢。あれは狙った獲物を脳内で叩きのめしてるときの笑みだから」
「ハッハッハッハ! さすがはトシキの嫁だ、本当によくわかっている!」

 おい!?

「「……嫁?」」

 俺と音夢と玲夢の視線を受けて、マリッサが笑うのを止める。

「ん? 何だ、違ったのか? 故郷に嫁がいるから、おまえはこの世界で数多の貴婦人から求愛を受けながら、一つも応えてこなかったのではないのか?」

 ギャアアアアアアアアアアアアァアァァァァァァァ――――ッッッッ!!?

「え~! 何々、オシショー様、センパイってモテモテだったんですかぁ!」

 玲夢が瞳をキラッキラさせながらマリッサの隣に行った。
 やめろよやめろ。その話だけはするな、やめろやめて。やめてください!

「モテモテどころじゃないさ。おそらくは、アルスノウェ史上最も多くの王族や貴族、聖女達から求婚された、他に類を見ない唯一無二の男だぞ、こいつは」

 マリッサ、マリッサァァァァァァァァァァァァ――――ッ!!!!

「かくいう私もその求婚している王女の一人でな。まぁ、立場的には西方の部族の族長の娘だから正確には王女ではないが、似たようなものだ!」

 そこでアッハッハと豪快に笑うマリッサ。
 話を聞いている玲夢は突然のコイバナに「キャーキャー!」騒ぎ出している。

「しかし、トシキとネムの反応を見る限り、夫婦というワケでもなさそうだな」
「……ええ、まぁ」

 音夢が、若干頬を赤くしつつ、押し殺した声でうなずく。
 こっちはこっちで、全身を焼く羞恥心に体が火照ってさっきから汗ダラダラよ。

「マリッサ。音夢には他にちゃんと彼氏いるから……」

 俺は息も絶え絶えに自分の師匠に告げた。
 ミツ、助けて、ミツ……。こういうときこそ舌が回るおまえの出番だろ、ミツ。

「それってぇ、もしかしてミツセンパイのことですか~?」

 と、玲夢が首をかしげる。

「そーだよ。他に誰がいるって……」
「ミツセンパイだったら、二週間前にお姉と別れてますよー?」

 …………は?

「玲夢!」
「え、これ言ったらダメだった? ご、ごめん、お姉!」

 俯いていた音夢が弾かれたように顔を上げて、妹を叱る。
 玲夢は慌てて手を合わせて、姉に謝った。
 そして、そんな姉妹のやり取りを前にして、俺はすぐには反応できなかった。

 音夢とミツが、別れた?
 しかも、二週間前に? 二週間前って、黒い雨が降った日、だよな?

「おい、音夢、どういう――」
「この話はここまでだ。そろそろ二人の適性検査を始めよう」

 俺は音夢を詰問しようとするが、マリッサがそれを遮ってきた。

「おい、マリッサ」
「トシキ、筋をたがえるなよ。今すべきことは何か、わかっているだろう?」
「……おう」

 文句を言おうとしたら、諭されてしまった。
 確かに、今の主題は音夢と玲夢に冒険者としての生き方を教えること。
 ミツに関する話は気になるが、それは後回しにするべきだ。

「日本に戻ったら話してもらうからな、音夢」
「うん、わかってる……」

 俺が言うと、音夢は少し苦しげに目を伏せながら、うなずくのだった。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 さて、冒険者の適性検査だ。
 冒険者を志望する者が必ず受ける検査で、これでジョブ適性を判断する。

「わぁ、きれ~い!」

 卓の上に置かれた水晶級を見て、玲夢がはしゃぐ。
 検査といってもやることは簡単で、この水晶の上に手を置くだけだ。

 この水晶は『魂見の水晶』といって、手を置いたものの魂の色を輝きで示す。
 ジョブ適性は、この色と輝きの強さによって判断される。
 色合いが強いほど、輝きが強いほど、その色に応じたジョブ適性が高いとされる。

「人が多い……」

 周りを見て、俺はボヤいた。
 冒険者だけじゃなく、関係ない一般市民の皆さんまで、見物に来ている。

 見物人が多すぎて、検査はギルドではなく酒場で行なうことになった。
 賑わう数十人が作る輪の中心にいるのは、無論、音夢と玲夢だ。

「おまえの適性検査を思い出すな、トシキ」

 俺の隣に立つマリッサが、腕を組んで笑っている。

「神に招かれたおまえは最初から『勇者』の肩書を持っていた。だから本来は検査など必要なかったが、念のため受けてみて、何の適性が最も高かったんだっけ?」
「おまえ、それを俺に言わす? 思い出したくない歴史の一つなんだけど……」

 俺が返すと、マリッサはククと笑った。
 そのときに水晶が示した輝きは――、真っ黒。ジョブ適性は『破壊神』だった。
 しかも輝きが強すぎて、水晶が割れる始末。ちょっとひどくね?

「思えばあれが『滅びの勇者』の伝説の始まりだったな」
「だから、うるさいが?」

 と、会話をしているうちに、まずは音夢が水晶に手を置いた。

「こ、こう?」

 初めて触るものだからか、ちょっとおっかなびっくりな手つきだ。
 だが、その指先が触れた途端に、早速『魂見の水晶』の中に輝きが生じる。

「……色は、薄い蒼。いや、水色か」

 マリッサがあごに手を当て、色を判断する。
 水色は癒しの色。ヒーラーとしての適性を示す色だな。何とも音夢らしい。

「あとは、輝きがどこまで強くなるか――」

 バキンッ。

「あ」

 水晶が割れた。
 驚く音夢の前で、左右にパカッと分かたれて。

「…………」

 音夢が、救いを求めるように無言のままでこっちを見てくる。

「…………」

 だが俺は、口をあんぐり開けて、それに無言を返すことしかできなかった。

「「スゲェェェェェ、さすがは『滅びの勇者』のお仲間だァァァァァァァァ!」」

 ギルドが、一気に熱狂に包まれた。
 水晶を砕く適性の持ち主など、それこそ十年に一人いるかどうかだからだ。

「あ、あ、あの、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 それに対して、汗ダラダラで頭を下げまくる音夢。

「驚いたな。ヒーラーとしての資質はとびっきりか。これは鍛え甲斐がありそうだ」

 呟くマリッサの頬を、一筋の汗が伝い落ちる。素質だけでこいつを唸らせたか。

「よ~し、じゃあ次、アタシもいっきま~す!」

 続けて、玲夢が新しく用意された『魂見の水晶』に手を置く。
 さてさて、音夢はヒーラーの水色だったが、玲夢は何色の輝きが――、げっ。

「わ、きれーなピンク~!」

 現れた鮮やかな桃色の輝きに玲夢は嬉しそうに笑う。
 だが、それを見た周りは、ザワザワし始める。しかも――、

 バキンッ。

「あ」

 水晶が割れた。
 固まる玲夢の前で、音夢のときと同じようにパカッと左右に。

「え、え、え? ア、アタシのせい? これ、アタシのせいじゃないよね!?」

 周りが黙り込む中、玲夢は一人慌てふためく。

「……どうなっているんだ、おまえの連れは」

 マリッサの、めたくそ硬い調子の声が、やけに耳に残った。
 玲夢が示した桃色の輝き。それは魅力を象徴する色。適性はサモナーやテイマー。

 また同時に、人を誑かし国を傾ける絶世の魔性を示す色でもある。
 桃色の輝きは、別名『傾国の輝き』とも呼ばれる、危険な色なのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

貞操逆転世界に転生してイチャイチャする話

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が自分の欲望のままに生きる話。

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

処理中です...