異世界帰りの元勇者・オブ・ザ・デッド

はんぺん千代丸

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第19話 別に『傾国の輝き』でもいいじゃん

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 別に『傾国の輝き』でもいいじゃん。って思った。
 だって、考えてみりゃ玲夢のお姉ちゃん、音夢だしな。

「――ってワケなんだよ」

 一応、検査の後で二人に『傾国の輝き』について説明した。

「わかったわ」

 音夢がうなずく。

「玲夢が道を誤りそうになったら、私が何とかするわ」
「あの、お姉、何とかする……、って?」

 恐る恐る尋ねる玲夢に、音夢はニコリともせずキッパリ言う。

「百回、お尻を叩くわ」
「やめてッ! アタシちゃんとやるから、それだけはやめてよッッ!?」

 金切り声にも近い、玲夢の絶叫――、いや、悲鳴だった。

「やるって言っても、玲夢はいつも人に頼ってばっかりなんだもの」
「だからって、この歳になってお尻ペンペンとか、ハズすぎだってばー!」

「だからこそのお仕置きでしょ? 何言ってるのよ」
「もー、お姉、もー!」

 玲夢が、顔を赤くして姉をポカスカ叩くが、音夢はそれを取り合わない。

「何というか……」

 二人の様子を見ていたマリッサが、何かを納得したようにうなずいて、

「例え何があっても、この二人の力関係は生涯変わることはなさそうだな」

 それには、俺も同意見だった。
 音夢がいる限り、玲夢は大丈夫だろうという確信が俺の中にもある。

「さて、それじゃあマリッサ、二人のことを頼むぜ」
「任せておけ、トシキ」

 席を立つ俺に、マリッサは力強くうなずいてくれる。

「え~、もう行っちゃうんですか、センパァイ!」
「あんまり長居しても意味ないしな。おまえらはしっかりやれよ?」
「わかってるわよ。こっちから頼んだことですものね」

「音夢」
「なぁに、橘君」

「ミツとのこと、帰ってきたら聞かせてもらうぜ」
「……うん」

 本当は今にでも聞き出したいところだが、そこはグッと堪える。
 音夢と玲夢の一年間の冒険者修業。
 最初こそは厳しいだろうが、マリッサがついているからさほど心配はしていない。

「橘君は、私達がいない間、どうするの?」
「決まってるだろ」

 音夢の問いに、俺は笑う。
 それは自分でもそうだとわかる、獰猛な笑みだった。

「ゾンビを殺す」


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 かくして、俺は単身『天館ソラス』屋上に戻ってきていた。
 いや、正確には俺の肩に小鳥がいるが。

『上手くいくといいですわね』
「そうだな、音夢についちゃあんまり心配はしてないが」

『いえいえ、それもそうですけれど、そっちの方ではなく――』
「ん? じゃあ何だよ」

『冒険者ギルド天館支部設立計画の方ですわ~』
「……さすがに感づいてたか」
『当たり前ですわ~』

 小鳥エラが、嘴で羽根を繕う。

『冒険者とは、依頼を受注して仕事をこなす方々ですもの。当然、こなしてもらうための依頼と、依頼を斡旋するギルドがセットでついてきますわ』
「まぁな」

 俺は肩をすくめる。
 アルスノウェに旅立っていった百余名。その中には、冒険者に向かない者もいる。

 例えば、河田親子の親父の方、英道なんかは典型的なソレだ。
 あの人は、冒険する側よりもさせる側、ギルド職員としての適性が明らかに高い。

「その辺は適性検査で可視化できる。ギルド側に立つヤツも絶対出てくるだろうさ」
『依頼を行なう側、依頼を任せる側、両方あってこその冒険者、ですものね』

 回りくどい、とは別に思わない。
 ゾンビが溢れる今の日本は、アルスノウェにも匹敵する危険地帯だ。
 文明はほぼ機能を失い、生活するだけでも大変な状況にある。

 冒険者としての技能はそれを大いに助けてくれると、俺は確信している
 さらには、それに加えてギルドを設立することで『生業』を得られるのも大きい。

「食料探してただ生きるだけじゃ、動物と何も変わりゃしねぇ。人として生きるなら、尊厳が必要だ。自分が人間だと自覚できる『意味付け』が必要なんだよ」
『だからこその『職業としての冒険者』であり、そのための『冒険者ギルド』というワケですわね。……何だかんだ言いつつ、随分とお甘いことで』

 全く、うるせぇなぁ。
 助けるつもり、なんてのは本当に欠片もない。だが、利用する気は満々だ。

「ここで百人の冒険者を確保できりゃ、ゾンビ殺して回るための戦力としても使えるだろうが。そのための先行投資でもあるんだよ。全てはゾンビを殺すためだ」
『建前ではなく根っからの本気だから、あなたは『滅びの勇者』なのですわよ~?』

 解せぬ。
 頭数は多い方がいいに決まってるだろうに。

『と~こ~ろ~で~』
「あン?」

『ネム様って、元カノじゃなかったんですのね』
「今、その話題かよ。恋愛脳がよぉ……」

 隙あらば元カノ元カノと……!

『でも』
「何だよ!」

『お好きでしょう、ネム様のこと。友人としてではなく、異性として』
「…………」

 俺は押し黙った。

『アルスノウェで数多の貴婦人からの求婚に応じなかった理由。その一端は、ネム様だったのでしょう? 神様わたくしの前で、誤魔化しは利きませんわよ?』
「うるせぇっつってんだろ。音夢はミツのカノジョなんだよ」

 俺は、それを自ら声にする。
 自分に言い聞かせるようにして、自分の心に叩きこむようにして。

「それよりも、だ」

 そして、話題を強引にすり替えた。

「俺の『超広域探査』、ずっと維持しっぱなしなんだがよ」
『はいな、それがどうかなさいまして?』
「なぁ~んか、面白そうなトコがあるんだよなぁ~」

 ソラス屋上にて、俺が向いた先には高い建物がそびえていた。
 三角の一角をなす高層建築――、『天館市庁舎』。

 どういうワケか、その地下辺りに、かなりの数のゾンビが集まっている。
 そして、市庁舎の高層辺りには少数ながらも人間らしき反応もある。

「さて、こりゃどういう感じかね」

 真っ先に思いつくのは、吉田帝国の皇帝だ。
 黒い雨を浴びることで得たゾンビを操る能力。それの持ち主が他にもいる可能性。

「だが、市庁舎の方にいる人間の数は十もいない。コミュニティ、ってワケでもなさそうだな。それに、ゾンビが一か所に固まって動かない、ってのも不可解だ」
『戟滅しませんの?』

 考えているところに、ルリエラがきいてくる。

「潰すよ。だが、ちょっと興味があってな。最終的にゃ潰すが、どうしようかな」
『哀れですわ~。トシキ様に目をつけられた市庁舎の方々、末路決定ですわ~』
「ゾンビといる方が悪い。ゾンビ、死すべし。ゾンビ側に立つヤツも死すべし!」

 言って、これからどう動くかを俺は考える。
 そこにまた、探査魔法が妙な反応をキャッチする。市庁舎の方ではない。

「ん~? 何だこりゃ?」
『どうかなさいましたの?』

 俺が見るのは、駅の方。
 ここから見ると天館駅の屋根しか見えないが――、

「電車が走ってやがる」
『電車? ああ、この世界の交通機関の一つ、でしたわね』
「おう」

 探査魔法の範囲に、いきなり電車が出現した。
 範囲内の線路に差し掛かったからだろうが、しかし、こりゃどういうことだ。

「今の日本で電車なんて走ってるワケがない。それに加えて……」
『加えて?』
「この電車、中がゾンビでいっぱいだ」

 絶対に滅ぼさなきゃ。
 俺の中で、熱い使命感が生まれる。

『哀れですわ~、トシキ様に目をつけられた電車の方、末路決定ですわ~』
「ゾンビ死すべし! ゾンビ満員電車なんて邪悪な存在、完全戟滅あるのみだ!」

 そして俺は屋上から飛び降りて、ソラスの壁面を走りながら駅へと急ぐ。
 電車は、まだ駅まで数百mの位置にあり、俺の方が先に着くだろう。

「そういえば、妙な点はあったんだよな」
『妙な点、ですの?』
「例えば『天館ソラス』の電気設備が生きてる点、とかだよ」

 その電気がどこから来ているものか、あまり深く考えていなかった。
 発電所がまだ生きてる、なんて可能性もなくもないが、それは低い気がする。

「電車に乗ってるヤツに聞いてみるか。何か知ってるだろ、きっと」
『かなり当てずっぽうな考えですわね……』

 言っている間に、俺は駅に到着し、線路の上に立った。
 真っすぐ伸びる線路の果て、緑色の電車が見える。ガタンゴトンという音と共に。

『突っ込んできますわよ』
「止める」

 俺は一言告げて、右半身を前に傾け、右手を突き出した。
 電車が徐々に大きくなってくる。耳をつんざく走行音が、懐かしく感じられる。

「さぁ、来いよ」

 俺は集中力を高めて、電車と自分との間合いを測った。
 体勢はそのままに、センチ単位、ミリ単位で立ち位置を動かして距離を調整する。

 そして、電車が来た。
 俺が見えているはずだがまるで速度を緩めず、真っすぐ走ってくる。

 その表面が、突き出した右手に触れる。
 ガツン、という重い衝撃が全身を駆けていった。俺の体が、後ろに押される。
 俺は全身をグッと強張らせて電車を抑え込もうとする。

 踏み込んだ靴底が、地面を派手に擦る。
 かかとの部分に枕木が激突し、それをバキバキと砕いていく。

 電車は、真っ向から抗う俺の力に徐々に勢いを殺され、速度を下げていった。
 俺は俺で、地面に黒い焦げ跡を残しながら電車に押されて後退していく。

 最後にギャッ、と一際大きな摩擦音を残し、俺の後退は終わった。
 それはつまり電車が止まったということでもある。先頭車両に人影が見えた。

「出てこいよ」

 車体から手を放して、俺はその人影に告げる。

「話、聞かせてもらうぜ」

 右手に聖剣を転移させる俺は、当然ながら、戟滅する気満々だった。
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