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第20話 まずは平和的に話をしよう

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 まずは平和的に話をしよう。

星烈爆撃スラッシュ・メテオール!」

 虚空の果てより召喚した流星群が、ゾンビ電車に降り注ぐ。
 星絶疾走の下位魔法で、あっちが戦略級魔法なのに対し、こっちは所詮戦術級。
 流星一個あたりが小さいので威力が低いが、範囲が広いのが利点だ。

 禁呪でもないし、街一つを消し飛ばす威力もない。
 精々が、街の一角を焦土に変える程度で、今も先頭車両以外をブッ壊すだけだ。

「フハハハハハハ、焼けろ潰れろ、砕けて壊れろ! 一体残らず朽ち果てろ!」

 流星の下敷きになって圧し潰される後続車両を見て、俺は笑う。
 窓がブチ割れ、その向こうにゾンビの群れが見える。
 消えろ消えろ消えろ、令和の日本にゾンビなんて無用不要邪魔論外ィ――――!

 チュドォォォォォォォン!
 ズドドドドガガガガァァァァァァァァァン!

 爆音と、ゾンビが消えて、気持ちよか。
 目の前でにっくきゾンビが潰れていく快感に、思わず一句読んでしまったぜ。

 こうして、先頭車両以外の全ての車両が流星雨に巻き込まれて消えた。
 フゥ、と俺は息をつき額を拭った。一仕事終わった。これで平和的に話ができる。

『本気でそう思ってますの……?』

 何故か、ルリエラが若干声を震わせながら言ってきた。

「当たり前だろ。ゾンビ満員電車なんて、存在自体許容外よ。そんなのあったら、こっちはまともに会話できるはずないって。だからまずは除去よ、除去」

 気持ちよく会話するためには、まず環境を作るところから。
 それを思うと、俺の流星雨は実にいい仕事だ。大多数から支持されるだろうな。

「さ~て、それじゃあ平和的に話をだな――」
「フザけんなァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッッ!!!!」

 メチャクチャ大声で怒鳴られた。何でだ。
 怒鳴ったのは、先頭車両から出てきたタンクトップのオッサンだった。

 頭は短く刈り込んだ金髪でタンクトップの下はムッキムキ。
 肩は大きく盛り上がり、腕も足もすこぶる太い。体系はきれいな逆三角形。
 いかつい、という言葉がここまで似合う人間もなかなかいないだろう。

 そんな、眉も太くて頬骨も出てて輪郭が四角い濃いメンが、何か青筋浮かべてる。
 これはあれか。見た目に任せた恫喝か。
 最初に威嚇でビビらせようっていう算段か。オーガより全然ヒョロいクセに。

『いえ、単に自分が運んでたものを潰されて怒髪天なだけでは?』
「はぁ~? その程度でブチギレるヤツ、この世におる?」

 理解できねぇぇぇぇぇぇぇ~。

『わたくしは久々にトシキ様が理解できかねますわ』

 何でだよ。
 俺はこんなにも紳士的に話を進めようとしてるのに……。

「オイ、コラ、テメェ!」

 と、タンクトップのオッサンが、肩を怒らせながらズカズカ近づいてくる。

「やーやー、こんにちはこんにちは! 本日は大変お日柄もよく!」

 俺は、軽く右手を挙げて努めて朗らか笑顔でそれに応じる。

『この男、本当に平和的に話しに行きましたわ……』

 小鳥の呟きは、聞こえないフリをした。

「テメェ、ドコのモンだ? 市政府に敵対する勢力か!」

 オッサンが、額の血管ミシミシイワせつつ、そんなことを言ってくる。
 シセイフ、という単語は初めて聞くものだ。施政府? いや、市政府ってことか?

「クソッ、ついてないぜ。せっかく戦力を補充してきたってのによォ!」

 戦力? ゾンビが?
 つまりはこの電車は、兵士の輸送列車みたいなモンだったのか?

「オイ、戦力、ってのはどういうことだ?」
「電車を片手で止めておいて誤魔化すなよ、クソガキ。電車を潰したのは別口か? そっちの『昏血の者ダンピール』は何人だ? 俺達の動きをどこで知った?」

 また知らない単語が出てきたぞ。
 だんぴーる? 半吸血鬼か? 何だそれ、説明不足も程々にしやがれ!

「……あー、もしかして」

 ふと、思いつくものがあった。
 俺はそれを、タンクトップのオッサンに尋ねてみる。

「『昏血の者』って、黒い雨浴びてもゾンビにならなかったヤツのこと?」
「何を、今さら! テメェだってそのクチだろうが!」

 勘違いしたオッサンが叫び、拳を構える。
 すると、その全身に青白い火花が弾け、バチバチと放電し始める。

「何だ、そりゃ……」

 俺は目を剥く。
 一見すると雷属性の魔法のように見えるが、魔力を一切感じない。魔法ではない。

「市長の期待に応えられなかった。その失点、テメェを殺して埋めさせてもらうぜ」

 オッサンの右目がジワリと黒く染まり、放電量が明らかに増えていく。
 電車を走らせる電力をどこから引っ張ってたか気になってたが、まさかの自力か。

「俺様は天館市政府所属の『昏血の者』、嶽村たけむらいわお。そしてこれが、俺が黒い雨を浴びて手に入れた昏化能力アウトサイド――」

 自ら名乗ったオッサン――、嶽村巌が大きく音を立てて地面を蹴った。

「『雷神の雄叫びライトニング・クラップ』だァ――――ッ!」

 突き出された拳が、俺を直撃して雷鳴を響かせる。
 当たった瞬間、激しい電撃は全身を駆け巡り、俺の体内を焼き尽くそうとした。

「ハァッハハハハ! 手応えあったぜ、クソガキ。これでテメェは――」
「ん~、まぁ、中級の雷属性魔法とドッコイってところか」
「…………なっ!?」

 嶽村のパンチを、俺は片手で受け止めていた。
 走った電撃にしても、ちょいと痛かったが、この程度なら全く苦にならない。

「それにしても、あうとさいどにらいとにんぐくらっぷ、ってさぁ……」

 何だァ、その恥ずかしいネーミングはぁ。
 ちょっとひねりを入れてオリジナリティを確保しようとしている辺りが小賢しい。
 しかもそれをスゲェ誇らしげに叫ぶ辺り、もうダメ。共感性羞恥で死ぬ。

「ぐ、クソッ!」

 効かなかったのが悔しいのか、名前を指摘されて恥ずかしいのか。
 嶽村は顔を赤くして、後ろに飛び退いて俺との間合いを確保しようとする。

「だが、これで幾つかわかったこともあるぜ」

 黒い雨を浴びてゾンビにならなかったヤツは、特異な能力に目覚めるようだ。
 目の前の嶽村なら、電車をも動かせる電力発生能力。
 あの『偉大なる吉田』が持っていた『ゾンビを操る能力』も同じたぐいっぽいな。

「そっかぁ、異能か~。異能に目覚めちゃうのか~……」

 それを知って、俺は深々と、とことん深々とため息をついた。
 異能、異能、異能。それ何て非日常? 平和な日常を覆す禁断のワード過ぎる!

『つまり?』
「殺す」

 ゾンビも殺す。ゾンビにならなくて異能に目覚めたヤツも殺す。
 ああ、殺す。もう絶対殺す。よくもよくもよくも、よくも俺の平和な日常をッ!

『まさに恨み骨髄、ただし純度100%天然混じり気なしの逆恨みですわね~』
「平和な日常を壊す方が悪いんだァァァァァァ――――ッ!」

 俺の全身から、怒気と共に雷光が解き放たれる。

「な、何だ……!?」

 狼狽える嶽村。キレまくる俺。それを一線引いた場所から眺めているルリエラ。
 もう、何もかもが恨めしい。ゾンビに関わる何もかも、消えてなくなれッ。

「ウォオオオオオオオ、天霆雷戟ユピテールッッ!!!!」

 天から降ったのは、黒い稲妻。
 真っ青な空に亀裂の如く走ったそれが、雷鳴と共に嶽村の脳天に炸裂する。

「ギィヤアァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!!?」

 発動させたのは上級雷属性魔法で、その威力は本物の雷と何ら遜色ない。
 さっきのらいとにんぐくらっぷ、とかいうおもちゃとは、それこそ天地の差よ。

「が、がふ……」

 全身を真っ黒焦げにして、嶽村が口から煙を吐く。
 おお、生き残ってる。ドラゴンでも一撃で仕留める威力があるのに、タフだな。

「ぐ、が、が……」

 だが、様子を見るに、もはや数分ももつまい。
 市政府やら『昏血の者』やら、有用な情報を得ることができた。

「も、申し訳、ありません、市長……」

 巨体が、グラリと傾ぐ。
 呟いたその声は、ほとんどうわごと。市政府とやらのトップに謝っているのか。

「市長――、みつや、しちょう……」

 …………あ?

「おい」

 倒れ伏す嶽村。今こいつ、何つった?

「おい、今何て言った、オイ!」

 俺は呼びかけ、回復魔法を使ってみるが、嶽村はすでに絶命していた。
 蘇生魔法はこいつには使えない。もう嶽村から情報を得ることはできない。

「……みつや? 三ツ谷っつったのか?」

 俺が知る天館市長の苗字は、みつや、などではない。
 おそらくは市長を名乗っているのは別の人間。それに、その苗字は――、

「天館市政府……」

 俺は、天館市庁舎がそびえる方向に目をやる。

『行きますの?』
「ああ、それしかねぇだろ」

 俺は一路、天館市庁舎に向けて駆け出すのであった。
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