38 / 42
第36話 一週間に一人必要なんだと、ミツは言った
しおりを挟む
一週間に一人必要なんだと、ミツは言った。
「食べるのを我慢しようとすると、途端に飢餓感で気が狂いそうになるんだ……」
それを言うミツの声は、苦いものに満ちていた。
俺も音夢も、まるで懺悔のようなミツの言い方に、何も反応できずにいた。
ミツの独白が続く。
「僕は今まで、三人食べた」
三人。
全ての始まりである黒い雨が降ってから三週間。そういうことだろう。
「空から『昏き賜物』が降り注いだ日、僕は音夢と会う約束をしてた。音夢に本当のことを伝えて、もし許してもらえたなら、指輪を渡すつもりだった……」
「……ッ」
諦観に満ちたミツの独白に、音夢が何かを言おうとしてやめた。
きつく唇を噛み締めるその顔に、何と言葉をかければいいかもわからなかった。
「外にいた多くの人達が、黒い雨を浴びた途端に倒れていった。でも、どういうワケか、僕は倒れなかった。忌々しいことに『昏き賜物』に適合してしまったんだ」
口を動かすことさえ辛いだろうに、ミツはその顔を本当に忌まわしげに歪めた。
そこに、演技の色は微塵もない。俺達にはわかる。
「僕は倒れはしなかった。でもその代わりに、強烈な『飢え』に襲われたんだ。腹が空くとか、のどが渇くとか、そんな生易しいものじゃない。血も水も栄養も、僕が生きるために必要なもの全てが体から失せて干からび切ったような、そんな錯覚に陥ったんだ」
「……ひでぇな」
ミツの話を聞きながら、俺はアルスノウェでの日々を思い返した。
冒険者として過ごした最初の一年と、勇者として魔王軍とドンパチかました二年目。
苦境に立たされたことは何度もあって、食料不足なんて茶飯事だった。
だから俺も、ある程度『飢える苦しさ』は知っているつもりだ。
だが、その俺でさえ、今のミツが語る『枯死するほどの飢え』は想像の埒外だった。
「走ったよ、走った。飢えて、飢えて、とにかくその飢えを満たすことだけを考えて、僕は近くのコンビニに駆け込んだんだ。でも――」
ああ、そういうことか。
ミツがそこで言葉を切った理由。俺は、予想がついてしまった。
もし予想通りなら、そうだよな。躊躇うよな、そんなこと。
語らずに済むのならば、語りたくないに決まっている。つまりはそういう内容なのだ。
「コンビニにあったどの食べ物も、飲み物も、まるで欲しいと思えなかった。そこにあったもので『僕の飢えを満たしてくれたもの』は……」
コンビニの店員か、さもなくばそこに居合わせた別の客、だったのだろう。
「我に返ったとき、僕はコンビニの店内のへたりこんでた。顏も手も、全身血まみれで、僕の目の前には血だまりがあって、そこに『人だったもの』が転がってたよ」
「う……」
その光景を想像したのか、音夢が口に手を当てて顔を背けた。
「店内には誰もいなくて、外を見ればゾンビで溢れかえってた。でも、僕はゾンビに何も感じなかった。怖いとも思わなかった。そして自分がしでかしたことを認識して、やっと気づいたよ。ああ、もう僕は、人間じゃないんだ、ってね……」
「……それが、何で市政府のトップなんて話になってんだよ」
俺は、顔をしかめて指摘する。
するとミツは「だよね」と苦笑して、その辺りを語り出した。
「最初はね、一刻も早く死ななきゃって思ってた。食べたものを吐き出そうとしても吐けないんだ。人じゃなくなった僕の体は、他人の血肉をあっという間に吸収して、滋養に変えてた。そんな自分が、たまらなく禍々しいものに思えてならなかったよ」
「だが、死ななかった。何か理由があるんだな?」
「うん。僕が自ら命を絶つ前に、美崎さんが現れたんだ」
美崎夕子。
ミツの秘書を名乗っていた、転移系の異能を持つ女。今はどこかに逃げたが。
「彼女は僕に言ってきた。どうせ死ぬなら、白紙に帰ったこの世界で好きなことをやって、それから死ねばいいんじゃないか、って感じのことをね」
「おまえは、それに――」
「乗ったさ。全力で乗ったよ。人じゃなくなって、禁忌を犯した僕は、もう君達に合わせる顔もなくなった。だったら好きにやろう。そして野垂れ死のう。そう思った」
バカ野郎が。
ミツの話を聞きながら、俺はのどの奥でそう呻いた。
市政府だ何だと言いながら、結局、ミツはただヤケッぱちになってただけだった。
だが、仮に俺がそばにいたところで、こいつの絶望を拭うことはできたか。
そう自問して、考えて、しかし答えは出せず、俺はミツを罵ることもできなかった。
「市政府を結成して、今日までの間に、あと二人、僕は食った。一人は成人男性でもう一人は、さっきも言った女の子さ。どっちも、吉田帝国から供給されたものだよ」
「そうか、吉田帝国は、おまえらの食料保管庫でもあったのか……」
やっぱ潰して正解だったな、あの帝国。
と、思っていると、ミツの顔が今度は怒りの色を帯びていく。
「何が、吉田帝国だ。何が、天館市政府だ……!」
「……ミツ」
「僕以外の連中は、自分が人じゃなくなったことを自慢してた。泣き叫ぶ他人を、ゲラゲラ笑っていたぶりながら食ってた。連中の顔を見るたび、僕は吐き気がしたよ」
まさに、吐き捨てるかのような物言い。
しかし浮かべていた怒りもすぐに失せて、また諦め調子の笑みが浮かぶ。
「でも、どう言い繕ったところで、結局は僕も同じ穴の狢なんだ。時間が経つと、またあの飢餓感に襲われて、僕も他の誰かを食い殺すんだ。……我を忘れて、頬張るんだ!」
言葉として紡がれてはいるが、もはやそれはミツの慟哭そのものだった。
「ずっと、耳から離れないんだよ。最後に食べた女の子の『助けて、死にたくない』っていう声が。ずっとずっと、耳の奥に鳴り響き続けてるんだ。今も……」
「……もういい、わかった」
俺には、そこで止めることしかできなかった。
人でなくなってから今日まで、こいつがどれほどの絶望に苛まれ続けてきたのか。
それを、俺はきっと理解しきれない。
まさに想像を絶する。ってヤツだ。それだけ、ミツの絶望は底なしに深い。
語り終えて多少すっきりしたのか、ミツの表情がにわかにやわらぐ。
そしてこいつは、俺達に向けて言ったのだ。
「――僕を、殺してくれ」
と。
「……ミツ?」
「何を言ってるの、三ツ谷君?」
俺と音夢は、そろってキョトンとなってしまう。
「元々、僕は君達に殺してもらうために、ここに来てもらったんだ。頼むよ、トシキ」
「おまえ、本気で言って……」
「本気だよ。僕はもう、君達の友人でいる資格を失ったんだ。だから――」
「よいしょ」
言いかけたミツの腹を、音夢がおもむろに踏みつけた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?」
「うんうん、それだけ大声で叫べるなら元気ね。じゃ、治すわね」
音夢はビクンビクンしてるミツを見下ろし、硝子の小瓶を取り出す。
えぇ……、何してるのこの女、こっわ……。
「ま、待て、待ってくれ、音夢。……治す、って?」
「治すは治すよ。ひとまず傷を治すわね。話はそれから改めてってことで」
悶えるミツに、音夢はチャカチャカ動きながら告げていく。
小瓶の蓋を外し~の、中の水をパッパとミツの体に振りかけ~の。
「待て、僕はもう、生きていたくいないんだ。君達の負担になる気は……!」
「うっさいわね。橘君に負けたんだから、あなたの命を握ってるのはあなたじゃなくて橘君よ。そして橘君は橘君だから、あなたは治るしかないのよ。はい、論破」
「…………」
論破されてやんの。ざまぁ。超ざまぁ。
「僕は、人を食べたんだぞ? 絶対に許されないことを、したんだぞ……?」
「それを言うなら、俺も散々人を殺してきたしなぁ」
俺は後ろ頭を掻きながら、呆気に取られているミツに言う。
「まぁ、おまえが死にたくて仕方がないのはわかったし、きっとその絶望を俺らは理解しきれないけど――、おまえ、俺に負けたしな。大人しく治されて生きろ。な!」
「な、じゃなくて……!」
ミツは必死になるが、だったら俺に勝てばよかったのである。
でも結局負けてボロボロズタボロ雑巾になった以上、ミツに決定権はない。
「僕は、生きてちゃいけないんだ。僕が生きてたら、また誰かを……!」
「うん、それはな、我慢しろ」
俺は、最善の解決策を提案する。
「簡単に言わないでくれよ、トシキ! とんでもない飢餓感なんだぞ!」
「うん、だな。わかった、辛かったな。大変だったな。だが我慢しろ」
「僕の話を聞いてくれよ!?」
「うるせぇ、殺すぞ」
「だから、殺してくれってば!」
「やなこった」
「何なんだよ!?」
さっきからピーチクパーチクうるせぇなぁ、こいつは。
「頑張れ、気合を入れろ。踏ん張って我慢しろ。それで終わる話だ」
「そんな簡単に……!」
「簡単じゃなくても、できるさ。おまえは俺と音夢のダチの、三ツ谷浩介なんだから」
俺はミツに向かって断言する。
根拠なんて『こいつがミツだから』で十分だ。俺と音夢には、それで十分すぎる。
「……もし、僕が我慢しきれずに誰かを襲ったら?」
「そのときはせっかく治してもらったのにまた九死一生に逆戻りだねー、クソ痛いねー」
ちなみに俺は『壊し具合』を割と完璧にコントロールできる。
なので『死なない程度に痛めつけること』に関しては、世界でも屈指を自負している。
「イヤだ、それはイヤだ!?」
「じゃあ我慢しやがりましょうね~。大丈夫、ミツならできるって!」
俺、渾身のサムズアップ。もちろん根拠はない。
「ねぇ、せっかくかけた水が乾いちゃうから、その前に治したいんだけど」
「おっと、すまん。どくわ」
音夢に促され、俺は脇に退く。
これで、ゾンビを滅ぼす以外にやることが増えた。ミツを人に戻す手段を探す。
まずはミツが治ったあとで、協力組織とやらの話を聞こう。
その連中、何か情報を持ってるかもしれない。と、俺がこの先を考えていると、
「そうですか。市長は、生き残られたのですね」
聞き覚えのある声がした。
「三ツ谷君……!?」
続くようにして、悲鳴にも似た音夢の叫び。
最初に聞こえた声の主を探していた俺は、その叫びにミツの方を見る。
音夢が治そうとしていたはずのミツの姿はそこにはなかった。
「それでは、賭けはこちらの勝ちということになりますね、市長」
再度の声。俺と音夢はそちらを向く。
そこには片手でミツを抱え上げる美崎夕子の姿があった。
「食べるのを我慢しようとすると、途端に飢餓感で気が狂いそうになるんだ……」
それを言うミツの声は、苦いものに満ちていた。
俺も音夢も、まるで懺悔のようなミツの言い方に、何も反応できずにいた。
ミツの独白が続く。
「僕は今まで、三人食べた」
三人。
全ての始まりである黒い雨が降ってから三週間。そういうことだろう。
「空から『昏き賜物』が降り注いだ日、僕は音夢と会う約束をしてた。音夢に本当のことを伝えて、もし許してもらえたなら、指輪を渡すつもりだった……」
「……ッ」
諦観に満ちたミツの独白に、音夢が何かを言おうとしてやめた。
きつく唇を噛み締めるその顔に、何と言葉をかければいいかもわからなかった。
「外にいた多くの人達が、黒い雨を浴びた途端に倒れていった。でも、どういうワケか、僕は倒れなかった。忌々しいことに『昏き賜物』に適合してしまったんだ」
口を動かすことさえ辛いだろうに、ミツはその顔を本当に忌まわしげに歪めた。
そこに、演技の色は微塵もない。俺達にはわかる。
「僕は倒れはしなかった。でもその代わりに、強烈な『飢え』に襲われたんだ。腹が空くとか、のどが渇くとか、そんな生易しいものじゃない。血も水も栄養も、僕が生きるために必要なもの全てが体から失せて干からび切ったような、そんな錯覚に陥ったんだ」
「……ひでぇな」
ミツの話を聞きながら、俺はアルスノウェでの日々を思い返した。
冒険者として過ごした最初の一年と、勇者として魔王軍とドンパチかました二年目。
苦境に立たされたことは何度もあって、食料不足なんて茶飯事だった。
だから俺も、ある程度『飢える苦しさ』は知っているつもりだ。
だが、その俺でさえ、今のミツが語る『枯死するほどの飢え』は想像の埒外だった。
「走ったよ、走った。飢えて、飢えて、とにかくその飢えを満たすことだけを考えて、僕は近くのコンビニに駆け込んだんだ。でも――」
ああ、そういうことか。
ミツがそこで言葉を切った理由。俺は、予想がついてしまった。
もし予想通りなら、そうだよな。躊躇うよな、そんなこと。
語らずに済むのならば、語りたくないに決まっている。つまりはそういう内容なのだ。
「コンビニにあったどの食べ物も、飲み物も、まるで欲しいと思えなかった。そこにあったもので『僕の飢えを満たしてくれたもの』は……」
コンビニの店員か、さもなくばそこに居合わせた別の客、だったのだろう。
「我に返ったとき、僕はコンビニの店内のへたりこんでた。顏も手も、全身血まみれで、僕の目の前には血だまりがあって、そこに『人だったもの』が転がってたよ」
「う……」
その光景を想像したのか、音夢が口に手を当てて顔を背けた。
「店内には誰もいなくて、外を見ればゾンビで溢れかえってた。でも、僕はゾンビに何も感じなかった。怖いとも思わなかった。そして自分がしでかしたことを認識して、やっと気づいたよ。ああ、もう僕は、人間じゃないんだ、ってね……」
「……それが、何で市政府のトップなんて話になってんだよ」
俺は、顔をしかめて指摘する。
するとミツは「だよね」と苦笑して、その辺りを語り出した。
「最初はね、一刻も早く死ななきゃって思ってた。食べたものを吐き出そうとしても吐けないんだ。人じゃなくなった僕の体は、他人の血肉をあっという間に吸収して、滋養に変えてた。そんな自分が、たまらなく禍々しいものに思えてならなかったよ」
「だが、死ななかった。何か理由があるんだな?」
「うん。僕が自ら命を絶つ前に、美崎さんが現れたんだ」
美崎夕子。
ミツの秘書を名乗っていた、転移系の異能を持つ女。今はどこかに逃げたが。
「彼女は僕に言ってきた。どうせ死ぬなら、白紙に帰ったこの世界で好きなことをやって、それから死ねばいいんじゃないか、って感じのことをね」
「おまえは、それに――」
「乗ったさ。全力で乗ったよ。人じゃなくなって、禁忌を犯した僕は、もう君達に合わせる顔もなくなった。だったら好きにやろう。そして野垂れ死のう。そう思った」
バカ野郎が。
ミツの話を聞きながら、俺はのどの奥でそう呻いた。
市政府だ何だと言いながら、結局、ミツはただヤケッぱちになってただけだった。
だが、仮に俺がそばにいたところで、こいつの絶望を拭うことはできたか。
そう自問して、考えて、しかし答えは出せず、俺はミツを罵ることもできなかった。
「市政府を結成して、今日までの間に、あと二人、僕は食った。一人は成人男性でもう一人は、さっきも言った女の子さ。どっちも、吉田帝国から供給されたものだよ」
「そうか、吉田帝国は、おまえらの食料保管庫でもあったのか……」
やっぱ潰して正解だったな、あの帝国。
と、思っていると、ミツの顔が今度は怒りの色を帯びていく。
「何が、吉田帝国だ。何が、天館市政府だ……!」
「……ミツ」
「僕以外の連中は、自分が人じゃなくなったことを自慢してた。泣き叫ぶ他人を、ゲラゲラ笑っていたぶりながら食ってた。連中の顔を見るたび、僕は吐き気がしたよ」
まさに、吐き捨てるかのような物言い。
しかし浮かべていた怒りもすぐに失せて、また諦め調子の笑みが浮かぶ。
「でも、どう言い繕ったところで、結局は僕も同じ穴の狢なんだ。時間が経つと、またあの飢餓感に襲われて、僕も他の誰かを食い殺すんだ。……我を忘れて、頬張るんだ!」
言葉として紡がれてはいるが、もはやそれはミツの慟哭そのものだった。
「ずっと、耳から離れないんだよ。最後に食べた女の子の『助けて、死にたくない』っていう声が。ずっとずっと、耳の奥に鳴り響き続けてるんだ。今も……」
「……もういい、わかった」
俺には、そこで止めることしかできなかった。
人でなくなってから今日まで、こいつがどれほどの絶望に苛まれ続けてきたのか。
それを、俺はきっと理解しきれない。
まさに想像を絶する。ってヤツだ。それだけ、ミツの絶望は底なしに深い。
語り終えて多少すっきりしたのか、ミツの表情がにわかにやわらぐ。
そしてこいつは、俺達に向けて言ったのだ。
「――僕を、殺してくれ」
と。
「……ミツ?」
「何を言ってるの、三ツ谷君?」
俺と音夢は、そろってキョトンとなってしまう。
「元々、僕は君達に殺してもらうために、ここに来てもらったんだ。頼むよ、トシキ」
「おまえ、本気で言って……」
「本気だよ。僕はもう、君達の友人でいる資格を失ったんだ。だから――」
「よいしょ」
言いかけたミツの腹を、音夢がおもむろに踏みつけた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?」
「うんうん、それだけ大声で叫べるなら元気ね。じゃ、治すわね」
音夢はビクンビクンしてるミツを見下ろし、硝子の小瓶を取り出す。
えぇ……、何してるのこの女、こっわ……。
「ま、待て、待ってくれ、音夢。……治す、って?」
「治すは治すよ。ひとまず傷を治すわね。話はそれから改めてってことで」
悶えるミツに、音夢はチャカチャカ動きながら告げていく。
小瓶の蓋を外し~の、中の水をパッパとミツの体に振りかけ~の。
「待て、僕はもう、生きていたくいないんだ。君達の負担になる気は……!」
「うっさいわね。橘君に負けたんだから、あなたの命を握ってるのはあなたじゃなくて橘君よ。そして橘君は橘君だから、あなたは治るしかないのよ。はい、論破」
「…………」
論破されてやんの。ざまぁ。超ざまぁ。
「僕は、人を食べたんだぞ? 絶対に許されないことを、したんだぞ……?」
「それを言うなら、俺も散々人を殺してきたしなぁ」
俺は後ろ頭を掻きながら、呆気に取られているミツに言う。
「まぁ、おまえが死にたくて仕方がないのはわかったし、きっとその絶望を俺らは理解しきれないけど――、おまえ、俺に負けたしな。大人しく治されて生きろ。な!」
「な、じゃなくて……!」
ミツは必死になるが、だったら俺に勝てばよかったのである。
でも結局負けてボロボロズタボロ雑巾になった以上、ミツに決定権はない。
「僕は、生きてちゃいけないんだ。僕が生きてたら、また誰かを……!」
「うん、それはな、我慢しろ」
俺は、最善の解決策を提案する。
「簡単に言わないでくれよ、トシキ! とんでもない飢餓感なんだぞ!」
「うん、だな。わかった、辛かったな。大変だったな。だが我慢しろ」
「僕の話を聞いてくれよ!?」
「うるせぇ、殺すぞ」
「だから、殺してくれってば!」
「やなこった」
「何なんだよ!?」
さっきからピーチクパーチクうるせぇなぁ、こいつは。
「頑張れ、気合を入れろ。踏ん張って我慢しろ。それで終わる話だ」
「そんな簡単に……!」
「簡単じゃなくても、できるさ。おまえは俺と音夢のダチの、三ツ谷浩介なんだから」
俺はミツに向かって断言する。
根拠なんて『こいつがミツだから』で十分だ。俺と音夢には、それで十分すぎる。
「……もし、僕が我慢しきれずに誰かを襲ったら?」
「そのときはせっかく治してもらったのにまた九死一生に逆戻りだねー、クソ痛いねー」
ちなみに俺は『壊し具合』を割と完璧にコントロールできる。
なので『死なない程度に痛めつけること』に関しては、世界でも屈指を自負している。
「イヤだ、それはイヤだ!?」
「じゃあ我慢しやがりましょうね~。大丈夫、ミツならできるって!」
俺、渾身のサムズアップ。もちろん根拠はない。
「ねぇ、せっかくかけた水が乾いちゃうから、その前に治したいんだけど」
「おっと、すまん。どくわ」
音夢に促され、俺は脇に退く。
これで、ゾンビを滅ぼす以外にやることが増えた。ミツを人に戻す手段を探す。
まずはミツが治ったあとで、協力組織とやらの話を聞こう。
その連中、何か情報を持ってるかもしれない。と、俺がこの先を考えていると、
「そうですか。市長は、生き残られたのですね」
聞き覚えのある声がした。
「三ツ谷君……!?」
続くようにして、悲鳴にも似た音夢の叫び。
最初に聞こえた声の主を探していた俺は、その叫びにミツの方を見る。
音夢が治そうとしていたはずのミツの姿はそこにはなかった。
「それでは、賭けはこちらの勝ちということになりますね、市長」
再度の声。俺と音夢はそちらを向く。
そこには片手でミツを抱え上げる美崎夕子の姿があった。
30
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
俺、何しに異世界に来たんだっけ?
右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」
主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。
気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。
「あなたに、お願いがあります。どうか…」
そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。
「やべ…失敗した。」
女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる