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06.タワーへ

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 案内人は話途中で、急にはしゃぎ始めた。
「あっ! あれ! みてください!」
「ちょっと待って!」
 手を引かれた。何かを見つけたらしい。激しく揺れる紅のポニーテールが、彼女の喜びの激しさを現していた。
「いま、ちょうど焼き上がりのタイミングで! 私も子供の頃からよく食べていて、一緒にどうですか?」
 店頭には三段重ねのショーケース。ビスケットやパンに似ている食べ物が、綺麗に陳列されていた。特徴的なのは、表面の格子模様。
「私のイチオシ! 第一区画23番地4号グレッテルワッフル店! 強力粉やイースト、卵、塩、牛乳、バター、砂糖なんかを生地にして焼き上げているんです。店によってその比率はバラバラで、ふわふわからもちもち、サクサクまで、いろんな食感のものがあります。この店では、砂糖の種類の関係で、カリッとした歯ごたえ!」
 案内人が買ってくれたワッフルを、まじまじ見る。生地はこげ茶に近く、ほんのりバニラがかった甘い香りがする。
「いや、芸術があれなら、食文化も……」
 恐る恐るかじってみると、バターと砂糖の濃厚な甘さが、舌を打った。脳がしびれ、鳥肌が立った。こっ、これは!
 無言で食べていると、案内人が不安そうな顔をして、覗き込んできた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「え、あ?」
 どうやら、気づかないうちに涙していたらしかった。
「な、なんてことだ。こんなに、おいしいものは、たべたことがない」
 これが、この国本来のポテンシャルなのだ。
 芸術のレベルの低さが異常だっただけで、その他の分やに関してはトップレベル。
「このおいしさがわかってもらえて、私も感動しちゃいます!」
 案内人も目をうるうるさせながら、豪快にワッフルをかじった。外見のかわいさに似合わない大口がまた、彼女の魅力を引き立てている。
 案内人と他愛のない話をしながら、ちびちびワッフルを食べる。店員である人間の青年から「こんなに大切そうにワッフルを食べる人、初めて見た」と喜ばれた。
 チップの代わりに、不器用な笑みを送ると、サービスにもう一つくれた。

 公園でのんびりと時間を過ごした後、いよいよ、本命へと向かう。結界が張られており、ワープでは侵入できない。そのため、前肢と翼が一体化したドラゴン――旅客用ワイバーンを借りて向かう。
 タワーの所在地は、空だった。町のはるか上空。下から見上げても何も見えないが、接近すると徐々に輪郭があらわとなる。
 発着所には、何十体ものワイバーンが待機しており、壮観だった。
「ここは、この町のエネルギーを生産しているタワーです」
 発着所の端にある門をくぐり、左右等間隔にエルフ型ゴーレム並ぶ道を進む。門からタワーまでかなり距離がある。その上、タワーの結界内では、飛行呪文が使えない。もし、魔法の矢印がなければ、タワーにたどり着くことなくバテてしまうことだろう。
 タワーの外観を一言でいうなら、複雑に機械を組み合わせ積み上げた、赤い円柱。表面の至るところから、赤い光が漏れており、周囲の雲を赤く染めている。その周りを衛生のようにゴーレムが巡回していた。途方もない高さで、ここから見上げても上端が見えない。
「ゴーレムは何のために?」
「悪意のある者はいなくとも、意図しない事故はあり得えますから」
 近くに行くと、もはや左右の端すら視野におさめることができない。ワイバーンですらミニチュアに見える。上を見上げても、てっぺんが見えない。
 タワーに接近すると、正面のガラス扉が自動で開いた。
 ガラスの扉の奥には、長い廊下が続いている。天井には、星がきらめく夜空が描かれていおり、とてもきれいだ。
「星座に見えるのは、全部センサーです。変なことしちゃだめですよ!」
 言いながら、案内人が抱きついてきた。
「ひゃい!?」
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