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07.不可解

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 突然の出来事にびっくりしている間に、最奥に到着していた。ガラス扉からは、赤黒い光が漏れていた。とてつもなく、いやな予感がした。この光の感じが、あの工場で見たものに近かったからだ。
 扉の奥は、地獄だった。
 そこには、何千何万という正十二面体が、綺麗に積み上げられていた。枠は黒で、中は赤く輝く液体で満たされている。
 案内人が呪文を唱えると、二人は床のタイルごと浮き上がった。しばらく移動した後、下から数えて8番目の段にある十二面体の前で停止した。
 何かが浮かんでいる。液体が濁っているせいで、よく見えない。
「近づいてみてください」
 いびつなシルエットだったので、理解するのに時間がかかった。ぼやけながらも見えているもの。
「ありえない」
 それは四肢を切断された女性だった。切断面から幾本の管が伸びており、十二面体の壁に接続されている。ありがたいことに、細部は見えなかった。
「これは、私のおねえちゃんですね」
「えっ」
「おおよそ人が一生に働くのは十二万時間。それを、身体機能が大幅に低下する、八十五歳からの最低十二年間、電池として不眠不休で働くことで補うのです。エネルギーは脳から産まれ、貯蓄されます。まあ、働くと言っても、本人に意識はないんですけどね」
 好きなことをして一生を終えるなんていう、上手い話はないだろうとは思っていた。
「しかし、なぜ85歳なんだ? 君たちの技術があるなら、より長く生きられるだろうに」
「寿命は伸ばすものではありません。管理する物です」
 その一言でハッとした。そうだ、無秩序に寿命を延ばしたところで、人生が幸せになるとは限らない。むしろ、老いや病、退屈や離別で苦しんでいる人の方が多い。それは、エルフという種族が身をもって証明しているではないか。
「何よりも、長寿になるほど死への恐怖は増大します。死への恐怖は、人の精神を侵す、重篤な病魔です。そこで、命が尽きる瞬間をタワーで管理、『死んだらどうなるか』を科学的・視覚的に可視化することで、克服しているのです」
「最後の一息まで『今は、誰もが幸福』、か」
「そういうことです!」
 倫理的問題は腐るほどある。しかし、死ぬ間際に『若いころにもっと遊んでおけばよかった』と、後悔することはない。若いころは遊び、老後に働く。生理的に受け入れがたいものの、理にかなっている。
 仕事に忙殺され、自分がおなざりになることもない。与えられた仕事と自らの適性がかみ合わず
、絶望することもない。
 見た目さえ気にしなければ、案外いいかもしれない、と圭太は思った。
「私は病気や戦争、犯罪に苦しむこともありませんでした。不測の事故や、突然死の恐怖におびえることなく、人生計画も立てられました。好きな仕事だけをして、大きな家に住んで、趣味を楽しんで、恋をして、人を愛しました。こういっては失礼かもしれませんが、私達から見ると、あなたの方がずっと辛くて大変だと思います」
「そうかもしれないが……」
「働くとは、『はたを楽にすること』。電池になるということは、この国の皆を助けていると同義であり、とても喜ばしい事なんです。燃料として燃やされた遺体も、炭素原子一つ無駄にせず、社会に再利用されます。人は社会の一部として、永遠に生き続けるのです。少なくとも私はそう思っています。『誰もがみんなのために働く』、『いなくていい人などいない』、『今は、誰もが幸せ』! それこそが、ネオカルマポリスですから!」
 案内人は誇らしげに、姉を見つめている。
 ただ、なぜか、腑に落ちない。何か重要なことを見逃している気がする。何が引っかかっているのか考えようとした。けれども、疲労で頭が回らず、あきらめることにした。
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