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06.180度の見当違い
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息が、できない。布団の海に、溺れてしまう!
「ぐぅぉほ! ごほっ! ごほぉっ……」
「お父様! 大丈夫ですか」
「だ、だ……がぉららら……じょう゛ぶ……ごっふぉ! がふぉ!」
さしだされた盆に、のどのつまりをはき出した。呼吸するたび、気管が笛のようにヒューヒュー鳴る。
悪夢のくるしみは、目覚めれば終わる。しかし、病は悪夢とちがって、のがれるすべがない。
今部屋をおおっている夜闇のように。
「ぜぇ……ひゅー、ぜぇ……ひゅー。俺はあとたった一ヶ月の命だ。たった一ヶ月。何をしようが、一ヶ月後には死んでしまう。あっという間だ。何かをはじめるにしても、何もかも遅すぎた。穀倉にはろくな創作物がないし、今から稲を育てる時間もない」
レーベンが持ってきてくれたタオルで、汗をぬぐう。彼女の献身がありがたかった。
「お父様がここで絶望してしまえば、絵の価値は、一日何時間描くということになってしまいます。極めて短い創作期間にもかかわらず、優れた功績を残した人がいる事実を無視することになります。それどころか、全ての病人や弱者の生きる資格や権利を全否定することになります。長く働けること、長く創作に従事することは、価値の一尺度としてはあっていますが、決して人生に意味を与える、唯一絶対の可能性ではないはずです」
「ち……ちがう尺度があると?」
タダノはさしだされた白い手をにぎりながら、首をかしげる。
真横にひざまずいたレーベンは、耳元でささやいた。
「そうです。有名な作劇家の言葉を引用しましょう『それが可能なら運命を変える。それが不可能なら進んで運命を引き受ける。そのどちらかなのです』。どちらの場合でも、わたしたちは、精神的に成長できます。ですが、逃避してしまっては、成長の機会を逃してしまいます。最後まで成長しつづける人生と、最後まで困難から逃げつづける人生。お父様が最後に息をはくとき、どちらが結果的に幸福かは言うまでもないでしょう」
駄作を燃やすだけに、数十年ついやしてきた。一度たりとも自分が満足する作品はつくれていないし、社会から認められる作品もない。やるべき努力もした。それでもダメだった。
「いや、でもたった一ヶ月の人生に、何が期待できる!」
「お父様は、人生に意味を問う立場ではありません。そのような自己中心的な人生観は、最初にわたしが申した、快感や権力を求める人生観と同じです。『生きる意味は何か』という根本的な答えには、永遠にたどり着けません」
「じゃあ、どうすればいいんだ! このボロッボロのスカッスカの人生に、どういう意味を見いだせば――」
言い終える前に、レーベンがだきついてきた。
「お父様、わたしの敬愛するお父様。お父様が一生懸命に創作に打ち込んだことは、わたしたちが一番よく知っています」
「一生懸命やった結果がこれなんだよ! ほめられてもうれしくない。頑張ろうが一生懸命やろうが、生産性皆無の、貴重な社会資源を浪費している、ただの寄生虫に代わりねぇんだ! 俺の今まで人生には、何の意味もなかった。これからの人生にも期待できない。俺はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないんだ!」
「逆です。まったくの180度の見当違いです。お父様は人生に問いを与えられているのです。人生はお父様にたいして、瞬間瞬間に問いを出し、お父様はその問いに、正しい行動によって答える義務があります。お父様が生きていくというのは、答えること他なりません。人生によって与えられた『機会』を用いて、『果たすべきこと』『果たすべき意味』を答えること。それが、人生に責任を持つことなのです」
「まるでわけがわからない」
レーベンをだきしめ返す。
目尻から、熱い何かがしみ出てきた。彼女の言葉すら理解できない自分がもう、無様でしかたがなかった。
少し間をおいて、レーベンが提案してきた。
「目が覚めてしまったでしょう。せっかくですし、気分転換に外へ行きませんか?」
「あ……あぁ、このまま眠ったら悪夢を観そうだ」
「ぐぅぉほ! ごほっ! ごほぉっ……」
「お父様! 大丈夫ですか」
「だ、だ……がぉららら……じょう゛ぶ……ごっふぉ! がふぉ!」
さしだされた盆に、のどのつまりをはき出した。呼吸するたび、気管が笛のようにヒューヒュー鳴る。
悪夢のくるしみは、目覚めれば終わる。しかし、病は悪夢とちがって、のがれるすべがない。
今部屋をおおっている夜闇のように。
「ぜぇ……ひゅー、ぜぇ……ひゅー。俺はあとたった一ヶ月の命だ。たった一ヶ月。何をしようが、一ヶ月後には死んでしまう。あっという間だ。何かをはじめるにしても、何もかも遅すぎた。穀倉にはろくな創作物がないし、今から稲を育てる時間もない」
レーベンが持ってきてくれたタオルで、汗をぬぐう。彼女の献身がありがたかった。
「お父様がここで絶望してしまえば、絵の価値は、一日何時間描くということになってしまいます。極めて短い創作期間にもかかわらず、優れた功績を残した人がいる事実を無視することになります。それどころか、全ての病人や弱者の生きる資格や権利を全否定することになります。長く働けること、長く創作に従事することは、価値の一尺度としてはあっていますが、決して人生に意味を与える、唯一絶対の可能性ではないはずです」
「ち……ちがう尺度があると?」
タダノはさしだされた白い手をにぎりながら、首をかしげる。
真横にひざまずいたレーベンは、耳元でささやいた。
「そうです。有名な作劇家の言葉を引用しましょう『それが可能なら運命を変える。それが不可能なら進んで運命を引き受ける。そのどちらかなのです』。どちらの場合でも、わたしたちは、精神的に成長できます。ですが、逃避してしまっては、成長の機会を逃してしまいます。最後まで成長しつづける人生と、最後まで困難から逃げつづける人生。お父様が最後に息をはくとき、どちらが結果的に幸福かは言うまでもないでしょう」
駄作を燃やすだけに、数十年ついやしてきた。一度たりとも自分が満足する作品はつくれていないし、社会から認められる作品もない。やるべき努力もした。それでもダメだった。
「いや、でもたった一ヶ月の人生に、何が期待できる!」
「お父様は、人生に意味を問う立場ではありません。そのような自己中心的な人生観は、最初にわたしが申した、快感や権力を求める人生観と同じです。『生きる意味は何か』という根本的な答えには、永遠にたどり着けません」
「じゃあ、どうすればいいんだ! このボロッボロのスカッスカの人生に、どういう意味を見いだせば――」
言い終える前に、レーベンがだきついてきた。
「お父様、わたしの敬愛するお父様。お父様が一生懸命に創作に打ち込んだことは、わたしたちが一番よく知っています」
「一生懸命やった結果がこれなんだよ! ほめられてもうれしくない。頑張ろうが一生懸命やろうが、生産性皆無の、貴重な社会資源を浪費している、ただの寄生虫に代わりねぇんだ! 俺の今まで人生には、何の意味もなかった。これからの人生にも期待できない。俺はもはや人生から期待すべき何ものも持っていないんだ!」
「逆です。まったくの180度の見当違いです。お父様は人生に問いを与えられているのです。人生はお父様にたいして、瞬間瞬間に問いを出し、お父様はその問いに、正しい行動によって答える義務があります。お父様が生きていくというのは、答えること他なりません。人生によって与えられた『機会』を用いて、『果たすべきこと』『果たすべき意味』を答えること。それが、人生に責任を持つことなのです」
「まるでわけがわからない」
レーベンをだきしめ返す。
目尻から、熱い何かがしみ出てきた。彼女の言葉すら理解できない自分がもう、無様でしかたがなかった。
少し間をおいて、レーベンが提案してきた。
「目が覚めてしまったでしょう。せっかくですし、気分転換に外へ行きませんか?」
「あ……あぁ、このまま眠ったら悪夢を観そうだ」
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