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09.被造物の愛
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彼女は、自分しか生み出すことができない。
もはや、レーベンの話を信じないわけにはいかなくなった。
「ですから、お父様は『問い』を正しく聴き取り、正しく答える――お父様であれば創作する――ことに、持てる力の全てを出し切らねばなりません。そうなれば、人生の意味について思い悩む暇すらなくなってしまいます。毎日の生活の中で、お父様に送りつけられてくる『なすべき事』に、その都度全力で取り組む。その覚悟を決めたときはじめて『人生に意味を問う必要などなかった』と、実感できるはずです。『時間も忘れて創作に没頭する』という、とてもわかりやすい形で」
「そうか、成すべきことを成しているときは、問題は山積みだろうと、悩んでいる暇はない」
「ええ。いかなる人のいかなる人生であれ、実現すべき意味がなくなることは決してありません。お父様が人生に絶望しても、人生はお父様に絶望していません。人生がお父様を求めなくなること、人生がお父様に期待しなくなることなど、ありません。お父様を待っている誰かや何かがあるかぎり、お父様は生き延びることができるし、自己実現できるのです。お父様が息を引き取る、その一瞬まで」
九割九分の人生を、無意にしてしまった。でも、まだ生きている。生きている以上、出来ることがあるはずだ。
「では、過去を後悔したり、未来への悲観に、限りある時間や精神を、使うわけにはいかないな。俺はまだ生きている。限りある命を、無意味にするわけにはいかない。最後の一瞬まで、生き抜かなければ。人生から、何を生み出すことを期待されているのか、全力で答えなければ!」
「逆に、ひとたび実現さえすれば、わたしたちは可能性は過去となり、救われるんです。一時的で、はかない可能性であるわたしたちを、実現できるかどうかは、お父様の行動にかかっているのです」
「まったく……なんて恐ろしく、素晴らしい責任なんだ!」
胸元でにっこりするレーベンに、タダノは笑みを返した。ついでに藍色の髪の毛をなでてやると、レーベンもなで返してきた。
「そうです。創作とは、わたしたちからの声に答えるということ。すなわち、自分自身の作品に責任を持つことなんです。人生それ自体になにかあるのではなく、人生はなにかをする機会です。創作者であれば、人生は創作をする機会そのものなんです」
「でも、俺はただの売れない作家だ。だれにも見向きもされない駄作しかつくれない」
自分が期待されているのはわかった。そうなると今度は、本当に期待に応えられるかが、心配になってきた。
つくづくなやみの多い男だな、とタダノは自分をあざ笑った。
「お父様、どんな作品を生み出すかはどうでもいいんです。むしろ重要なことは、お父様の持ち場、つまり創作において、どれだけ最善を尽くしているかだけです。影響力の大きさは大切ではありません。自分にできることを、どれだけまっとうされたかだけが重要なんです」
レーベンはタダノに体をもたれたまま、胸やお腹、背中にまで手をはわせてきた。よほど、タダノの方からふれられたのがうれしいらしかった。
なでられるたび、うずくようなよろこびが、タダノの体をかけめぐる。
「最善を尽くしても、駄作しか作れなかったら?」
「まず、お父様が最善を尽くし、わたしを実現せねば、わたしが良作か駄作かを判断することすらできません。そして、駄作かどうかを決めるのは、わたしを認知した個人個人です。お父様も大勢いる個人のうち一人でしかありません。何より、駄作した描けなかった絶望よりも、駄作すら描けなかった絶望の方が、恐ろしいのではないでしょうか」
「そうか……そうだな。責任に答えられなかったという苦しみよりも、責任から逃げてしまったという罪悪感のほうが、つらいに決まっている」
レーベンは、手の甲でタダノの頬をなでおろしてきた。思わせぶりな瞳。
さすがにこれ以上はまずい。タダノは手をのけようとした。が、逆効果だった。レーベンは体を震わせながら、肩をつかみ、大きな胸を、おしつけてきた。
「やめ――」
「逆にもし! お父様が生み出してさえくれれば、実現された作品は、実現されたまま、過去という美術館で、永久かつ確実に保存されつづけるのです。その意味は、決して失われることは、ありません。たとえ、わたしたちを知る人がみんな死んでしまったとしても、わたしたちの影響は、この世界に残りつづけるんです!」
「わかった、わかったから! せめて家で――」
あ、やってしまった。
レーベンは言葉をきいた瞬間、バッと、立ち上がると、手をさしのべた。
「何でそんなに俺にふれたがるんだ」
タダノは、胸のそわそわをどうにか押さえつつ、手をとった。
「愛されたいからです。お父様がわたしを愛すことができれば、お父様の心はより輝きを増すはずですから」
「愛している人は強い、と?」
「人は、この世にもはやなにも残されていなくても、心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、ほんのいっときにせよ至福の境地になれます。思いつくかぎりもっとも悲惨な状況であっても、人は内に秘めた愛する人のまなざしや愛する人の面影を精神力で呼び出すことにより、みたされることが出来るのです」
「人の内に!」と、レーベンは強調した。
たとえ自身が消えてしまっても、タダノの力になりたい。だから『タダノから愛される人』としてタダノの心で永遠に、タダノを支えていたいのだ。
そして、こういった無償の献身を通して、タダノの自己重要感も高めようとしている。『ここまで自分のことを大切にしてくれる人がいるのなら、自分の人生にも意味があるにちがいない』と。
「愛もまた、他の人では代替不能、唯一であり一回きりです。愛する人を、あるがまま、世界にたった一人の、無比でかけがえのない存在として接する。すなわち愛することで、自分もまた唯一無比でかけがえのない存在であると、実感できるのです。愛し、愛されるとき、人はどんなにつらいことがあっても、かぎりなく幸せになれるのです」
「本当に、愛し愛されれば幸せになれるのか?」
レーベンは言葉ではなく、ほうようで答えた。
もはや、レーベンの話を信じないわけにはいかなくなった。
「ですから、お父様は『問い』を正しく聴き取り、正しく答える――お父様であれば創作する――ことに、持てる力の全てを出し切らねばなりません。そうなれば、人生の意味について思い悩む暇すらなくなってしまいます。毎日の生活の中で、お父様に送りつけられてくる『なすべき事』に、その都度全力で取り組む。その覚悟を決めたときはじめて『人生に意味を問う必要などなかった』と、実感できるはずです。『時間も忘れて創作に没頭する』という、とてもわかりやすい形で」
「そうか、成すべきことを成しているときは、問題は山積みだろうと、悩んでいる暇はない」
「ええ。いかなる人のいかなる人生であれ、実現すべき意味がなくなることは決してありません。お父様が人生に絶望しても、人生はお父様に絶望していません。人生がお父様を求めなくなること、人生がお父様に期待しなくなることなど、ありません。お父様を待っている誰かや何かがあるかぎり、お父様は生き延びることができるし、自己実現できるのです。お父様が息を引き取る、その一瞬まで」
九割九分の人生を、無意にしてしまった。でも、まだ生きている。生きている以上、出来ることがあるはずだ。
「では、過去を後悔したり、未来への悲観に、限りある時間や精神を、使うわけにはいかないな。俺はまだ生きている。限りある命を、無意味にするわけにはいかない。最後の一瞬まで、生き抜かなければ。人生から、何を生み出すことを期待されているのか、全力で答えなければ!」
「逆に、ひとたび実現さえすれば、わたしたちは可能性は過去となり、救われるんです。一時的で、はかない可能性であるわたしたちを、実現できるかどうかは、お父様の行動にかかっているのです」
「まったく……なんて恐ろしく、素晴らしい責任なんだ!」
胸元でにっこりするレーベンに、タダノは笑みを返した。ついでに藍色の髪の毛をなでてやると、レーベンもなで返してきた。
「そうです。創作とは、わたしたちからの声に答えるということ。すなわち、自分自身の作品に責任を持つことなんです。人生それ自体になにかあるのではなく、人生はなにかをする機会です。創作者であれば、人生は創作をする機会そのものなんです」
「でも、俺はただの売れない作家だ。だれにも見向きもされない駄作しかつくれない」
自分が期待されているのはわかった。そうなると今度は、本当に期待に応えられるかが、心配になってきた。
つくづくなやみの多い男だな、とタダノは自分をあざ笑った。
「お父様、どんな作品を生み出すかはどうでもいいんです。むしろ重要なことは、お父様の持ち場、つまり創作において、どれだけ最善を尽くしているかだけです。影響力の大きさは大切ではありません。自分にできることを、どれだけまっとうされたかだけが重要なんです」
レーベンはタダノに体をもたれたまま、胸やお腹、背中にまで手をはわせてきた。よほど、タダノの方からふれられたのがうれしいらしかった。
なでられるたび、うずくようなよろこびが、タダノの体をかけめぐる。
「最善を尽くしても、駄作しか作れなかったら?」
「まず、お父様が最善を尽くし、わたしを実現せねば、わたしが良作か駄作かを判断することすらできません。そして、駄作かどうかを決めるのは、わたしを認知した個人個人です。お父様も大勢いる個人のうち一人でしかありません。何より、駄作した描けなかった絶望よりも、駄作すら描けなかった絶望の方が、恐ろしいのではないでしょうか」
「そうか……そうだな。責任に答えられなかったという苦しみよりも、責任から逃げてしまったという罪悪感のほうが、つらいに決まっている」
レーベンは、手の甲でタダノの頬をなでおろしてきた。思わせぶりな瞳。
さすがにこれ以上はまずい。タダノは手をのけようとした。が、逆効果だった。レーベンは体を震わせながら、肩をつかみ、大きな胸を、おしつけてきた。
「やめ――」
「逆にもし! お父様が生み出してさえくれれば、実現された作品は、実現されたまま、過去という美術館で、永久かつ確実に保存されつづけるのです。その意味は、決して失われることは、ありません。たとえ、わたしたちを知る人がみんな死んでしまったとしても、わたしたちの影響は、この世界に残りつづけるんです!」
「わかった、わかったから! せめて家で――」
あ、やってしまった。
レーベンは言葉をきいた瞬間、バッと、立ち上がると、手をさしのべた。
「何でそんなに俺にふれたがるんだ」
タダノは、胸のそわそわをどうにか押さえつつ、手をとった。
「愛されたいからです。お父様がわたしを愛すことができれば、お父様の心はより輝きを増すはずですから」
「愛している人は強い、と?」
「人は、この世にもはやなにも残されていなくても、心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、ほんのいっときにせよ至福の境地になれます。思いつくかぎりもっとも悲惨な状況であっても、人は内に秘めた愛する人のまなざしや愛する人の面影を精神力で呼び出すことにより、みたされることが出来るのです」
「人の内に!」と、レーベンは強調した。
たとえ自身が消えてしまっても、タダノの力になりたい。だから『タダノから愛される人』としてタダノの心で永遠に、タダノを支えていたいのだ。
そして、こういった無償の献身を通して、タダノの自己重要感も高めようとしている。『ここまで自分のことを大切にしてくれる人がいるのなら、自分の人生にも意味があるにちがいない』と。
「愛もまた、他の人では代替不能、唯一であり一回きりです。愛する人を、あるがまま、世界にたった一人の、無比でかけがえのない存在として接する。すなわち愛することで、自分もまた唯一無比でかけがえのない存在であると、実感できるのです。愛し、愛されるとき、人はどんなにつらいことがあっても、かぎりなく幸せになれるのです」
「本当に、愛し愛されれば幸せになれるのか?」
レーベンは言葉ではなく、ほうようで答えた。
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