黒狐さまと創作狂の高校生

フゥル

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第1話 黒狐さまと狐憑き

その高校生、創作狂

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 賽銭箱が置かれている、小さなお社。奥の石垣の上には、堂々たる赤い鳥居。斜面に建てられているために、鳥居の右柱だけ、少し長い。鳥居の奥は、樹木が生い茂っていおり、落ち葉の上には枯れ枝が転がっている。風に吹かれて倒れたであろう木も、伐採されずそのままになっていた。荒れている、というよりは手を付けられていない、という印象を受ける。
 とりあえず、景観をジョッターメモに殴り書きする。この景観を拝むため、せっかく特別参拝料まで払ってきたのだ。
「撮影、禁止なんだよなぁ」
 空気は異様に澄んでおり、春にしては肌寒い。都会の雑踏はどこへやら、木々のざわめきしか聞こえない。
 祈りにはニ種類あるという。自分のための願いと、みんなのための願いだ。当然、自分勝手な願いを叶えるほど、稲荷神は暇ではないはずだ。
 心して祈る。努力しようと決意した日から、できる限りのことはしてきたつもりだが、今日まで成果はない。
「面白い小説が、書けますように!」
 小説を書いている。
 一通りの書き方本を読んだ。技巧を凝らしている。テレビもゲームも絶ち、その分読書と執筆に時間を充てている。
 でも、ネットに投稿した小説は、一向に読まれる気配がない。
「好きな小説が、書けますように!」
 祈る。己のために、読者のために、ただひたすら祈る。頭をぶんぶん振って、力の限り祈る。
 その時だった。
 目の前にもやがかかり、鳥居の奥がじわじわと白くなっていく。霧だ。目をこすってみたが、どうやら霧は本物の様で、消えることはなかった。
 霧の中から、足が出てきた。白く、滑らかで、陶器を思わせる。赤漆色の袴に、白い衣。異様に膨らんだ胸部には、黒髪がかかっていた。髪の長さは優に40㎝を超えている。一切の乱れもなく垂れる様は、機織り機に広がる絹の様だ。
 彼女の背後で何かがうごめいた。大きく揺れたそれは、獣の尻尾に似ていた。黒毛だが、先端だけ白い。
「わざわざ本殿までやってきて、小説のためにメモを取るとは」
 恐らく、自分と同じくらいの年頃だろう。睫の長いつり目、高い鼻梁、潤んだ唇、細い顎、どこをとっても非の打ち所がない顔。瞳が桃色で、耳が四つあることを除けば。
 頭部に黒い三角耳があるのだ。コスプレにしては自然すぎる。そもそも作り物の狐耳は、表情筋の動きに合わせて、微動したりしたない。
 心を落ち着けるため、大きく深呼吸した。
「スクールカウンセラー、予約しようかな」
「待て、わらわは幻覚の類ではない」
 いつの間にか、霧は消失していた。お陰で、彼女の黒いしっぽをまじまじ観察することができた。毛の一本一本の反射までよく見える。
「ふふふ。ARもビックリな幻覚に、幻聴まで聞こえてきた。これで僕も、病んだ文豪の仲間入り……」
 狐巫女は慌てた様子で、両手のひらをぶんぶん振った。
「ちょっと待てい! 頼むから、わらわの話を聞くのじゃ!」
 彼女の髪の、芸術的ともいえる煌めきに免じて、話すことにした。
「わかった。現実を受け入れて、心置きなく精神科に行くためにも、話を聞こう」
「うむ、よい心がけじゃ」
 こほんと咳払いして、少女は名乗った。
「わらわはくろこ──黒狐じゃ。わざわざ特別参拝料500円を支払い本殿へ参り、さらに道行く社の全部に5円玉を投げ、よくぞ境内最奥であるこの社にまで足を運んでくれた」
「ここ、本殿じゃないんですか? 黒狐さま」
「本殿はさっきデカいのがあったじゃろうが! こっちは山を祭る社! 遥拝所!」
 はぁ、とため息をついた。
「ともかく、おぬしの真摯さに、わらわは心を打たれた。正直、必死すぎて少し退いたわ。そこでじゃ」
 大きく溜めて、得意げな笑みを浮かべて、黒狐さまは言った。
「その願い、かなえよう!」
「お断りします!」
「んん?」
 黒狐さまは二つの狐耳を前に向けると、もう一度言った。
「かなえてあげようぞ!」
「お・こ・と・わ・り・し・ま・す」
 たっぷり息を吸い込んだ後、黒狐さまは叫んだ。
「のじゃぁ、なんでなのじゃぁ!?」
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