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第3話 物恥
物恥
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学校裏の、八号用水路。黒狐さまと、二人で歩く。
『放課後、時間ありませんか? 何か僕が悪いことをしたのなら謝りたいんで』と、ド直球に伝えた所、許可が出た。まさかうまくいくとは、思わなかった。
歩くごとにふわりと舞う黒狐さまの黒髪は、透明な水に負けず劣らずの麗しさだった。髪の毛の隙間から見える白いうなじは、太陽の光を浴びて、きらきらと輝いている。気温が高いせいか、耳が真っ赤だ。
が、肝心の顔は、水路の方へ向き、一切うかがうことができない。覗き込もうとしても、巧く逸らされてしまう。
気持ちの悪い緊張のせいで、心臓の鼓動が早まる。頭に血が上り、くらくらしてきた。小説ならともかく、現実でこんなシチュはまっぴらごめんだ。
先に声を出したのは、意外にも黒狐さまだった。
「この間は怒りに任せて暴言を吐き、すまなかった。ああなる前に、自分から思いをお主に伝えるべきじゃった」
「気にしてません。非があったのはこちらですから」
声色からは心からの謝罪の意が伝わってきた。しかし、顔はそっぽを向いたままだった。
「ところで、わらわ、そんなに冷たく見えるか?」
「噂になってるようです。他のクラスである原田も知っていたんで、かなり広まってるかもしれません」
「そうか」
深いため息が聞こえてきた。
「平安時代の名残ですか?『恋は男から』って」
「わざわざ調べたのか」
「相手のことを知ろうとすることの大切さを教わったばかりなもので」
「心配をかけたな。じゃが、わらわはお主のことを嫌ったわけでも、試しているわけではない」
ツキは少し苛ついた調子で、言った。
「ならせめて、他の人と同じように接してくれませんか?」
「できるならそうしたい。でも、できないんじゃ」
「どうして?」
交差点に差し掛かり、用水路が途切れた。その隙に、回り込むようにして、黒狐さまの顔を覗き見た。
息を飲んでしまった。
真っ赤。額にはじんわり汗がにじんでいた。細い眉はハの字に曲がっている。長いまつ毛の奥では、漆黒の瞳が潤み、口元は堅く結ばれていた。肩が上がっており、両手は胸の前で交差している。
あまりの緊張ゆえか、黒い狐耳と尻尾も現れていた。両方ともピンと上に伸びている。
「すまん……」
消え入りそうな声だった。
「本当にすまん……」
予想外の返答に硬直。返事をしようとするが、言葉にならない。
周囲の人の様子からして、他人に耳やしっぽは見えていないようだ。が、今はそんなこと考えている場合じゃない。
張り詰めた空気に負け、ツキの方が顔を逸らしてしまった。互いにそっぽを向いた状態で、歩きはじめる。
「あの、こっ、こういうのは、慣れてるんじゃないんですか?」
黒狐さまは、堰を切ったように、まくしたててきた。
「馬鹿言うな。今の人生では、初なのじゃ! わらわは人の心を失わぬよう、人生を終えるごとに感覚をリセットしておる。膨大な記憶に反し、精神・肉体共に年相応。じゃからこうして、苦労しておるのじゃ。素直にふるまいたいのは山々じゃが、心も体も言うことを聞いてくれん。その点において、今のわらわはお主と大差ない」
「結局、創作のアドバイスをしてくれなかったのも?」
「お主のせいじゃ! お主があんなかはゆき……じゃない、恥ずかしいこと言いおったから! アドバイス云々以前に、まともに顔もみれんのじゃ~っ!」
「黒狐さま、声をもう少し小さく!」
「できるかぁ! この馬鹿者!」
黒狐さまは背後に回ると、こちらの背中をポコポコ叩いてきた。
「じゃあ、まずはチャットからにしましょう」
「嫌じゃ」
「電話は?」
「嫌じゃ」
「手紙」
「主の汚い字は解読できん!」
ツキは後ろを向くと、半ばキレ気味に言った。
「じゃあどうすればいいんですか!」
「ううっうっ……!」
黒狐さまは上目遣いでこちらを睨むと、叫んだ。
「明日の放課後、わらわの家に来い!」
「はぁ!? 正気ですか!」
「正気も、狂気もあるかぁ!」
黒狐さまは髪をたなびかせながら、走り去ってしまった。その時、涙をぬぐう仕草が見えた。
「今夜も小説書けそうにないな……」
ツキは、両手を顔に当てて、首を振った。
『放課後、時間ありませんか? 何か僕が悪いことをしたのなら謝りたいんで』と、ド直球に伝えた所、許可が出た。まさかうまくいくとは、思わなかった。
歩くごとにふわりと舞う黒狐さまの黒髪は、透明な水に負けず劣らずの麗しさだった。髪の毛の隙間から見える白いうなじは、太陽の光を浴びて、きらきらと輝いている。気温が高いせいか、耳が真っ赤だ。
が、肝心の顔は、水路の方へ向き、一切うかがうことができない。覗き込もうとしても、巧く逸らされてしまう。
気持ちの悪い緊張のせいで、心臓の鼓動が早まる。頭に血が上り、くらくらしてきた。小説ならともかく、現実でこんなシチュはまっぴらごめんだ。
先に声を出したのは、意外にも黒狐さまだった。
「この間は怒りに任せて暴言を吐き、すまなかった。ああなる前に、自分から思いをお主に伝えるべきじゃった」
「気にしてません。非があったのはこちらですから」
声色からは心からの謝罪の意が伝わってきた。しかし、顔はそっぽを向いたままだった。
「ところで、わらわ、そんなに冷たく見えるか?」
「噂になってるようです。他のクラスである原田も知っていたんで、かなり広まってるかもしれません」
「そうか」
深いため息が聞こえてきた。
「平安時代の名残ですか?『恋は男から』って」
「わざわざ調べたのか」
「相手のことを知ろうとすることの大切さを教わったばかりなもので」
「心配をかけたな。じゃが、わらわはお主のことを嫌ったわけでも、試しているわけではない」
ツキは少し苛ついた調子で、言った。
「ならせめて、他の人と同じように接してくれませんか?」
「できるならそうしたい。でも、できないんじゃ」
「どうして?」
交差点に差し掛かり、用水路が途切れた。その隙に、回り込むようにして、黒狐さまの顔を覗き見た。
息を飲んでしまった。
真っ赤。額にはじんわり汗がにじんでいた。細い眉はハの字に曲がっている。長いまつ毛の奥では、漆黒の瞳が潤み、口元は堅く結ばれていた。肩が上がっており、両手は胸の前で交差している。
あまりの緊張ゆえか、黒い狐耳と尻尾も現れていた。両方ともピンと上に伸びている。
「すまん……」
消え入りそうな声だった。
「本当にすまん……」
予想外の返答に硬直。返事をしようとするが、言葉にならない。
周囲の人の様子からして、他人に耳やしっぽは見えていないようだ。が、今はそんなこと考えている場合じゃない。
張り詰めた空気に負け、ツキの方が顔を逸らしてしまった。互いにそっぽを向いた状態で、歩きはじめる。
「あの、こっ、こういうのは、慣れてるんじゃないんですか?」
黒狐さまは、堰を切ったように、まくしたててきた。
「馬鹿言うな。今の人生では、初なのじゃ! わらわは人の心を失わぬよう、人生を終えるごとに感覚をリセットしておる。膨大な記憶に反し、精神・肉体共に年相応。じゃからこうして、苦労しておるのじゃ。素直にふるまいたいのは山々じゃが、心も体も言うことを聞いてくれん。その点において、今のわらわはお主と大差ない」
「結局、創作のアドバイスをしてくれなかったのも?」
「お主のせいじゃ! お主があんなかはゆき……じゃない、恥ずかしいこと言いおったから! アドバイス云々以前に、まともに顔もみれんのじゃ~っ!」
「黒狐さま、声をもう少し小さく!」
「できるかぁ! この馬鹿者!」
黒狐さまは背後に回ると、こちらの背中をポコポコ叩いてきた。
「じゃあ、まずはチャットからにしましょう」
「嫌じゃ」
「電話は?」
「嫌じゃ」
「手紙」
「主の汚い字は解読できん!」
ツキは後ろを向くと、半ばキレ気味に言った。
「じゃあどうすればいいんですか!」
「ううっうっ……!」
黒狐さまは上目遣いでこちらを睨むと、叫んだ。
「明日の放課後、わらわの家に来い!」
「はぁ!? 正気ですか!」
「正気も、狂気もあるかぁ!」
黒狐さまは髪をたなびかせながら、走り去ってしまった。その時、涙をぬぐう仕草が見えた。
「今夜も小説書けそうにないな……」
ツキは、両手を顔に当てて、首を振った。
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