黒狐さまと創作狂の高校生

フゥル

文字の大きさ
39 / 45
第8話 臨海公園

うたたね

しおりを挟む
 水槽の前に半円形に円座が並べられている。ツキは左側の座席を指さした。
「12:00からスポットガイド――スタッフさんによるクロマグロの解説があるそうです。早めに座って、休憩しませんか?」
「そうじゃな」
 十時前には入館していたから、二時間近く水族園にいたことになる。あっという間だった。黒狐さまと水槽、二つを同時に観覧しているから、いくら時間があっても足りない。
「それにしても、壮観ですね」
「一メートル超えの大魚が60以上。凄まじいのぉ」
 クロマグロはメタリックな紡錘形ボディだった。1メートルから1.5メートル以上の個体まで、様々だ。上側はやや黒く、下側は銀。見上げれば太陽光と腹の銀が混じり、上から見れば深海の黒と背中の黒が混じる。。いいあんばいの体色だった。
 背びれから尾びれにかけて、黄色いとげとげがついている。
「平安時代はマグロってどうでした?」
「鮮度の問題で不味かった」
「マグロが……不味い……」
「旨くなったのは、漬けマグロが登場する江戸時代からじゃな。当時、トロは脂っこくて不人気じゃった。平気で捨てておったぞ。ただ同然で食えるから、庶民には人気じゃった」
「罪深すぎますね」
 大きな個体になるにつれて、口元やほっぺに傷がある個体が増える。顎が外れているのか、大きく口を開いたままの個体もいる。よく見ると、方向転換するときに、腹びれを展開していた。
 大水槽に数十匹のクロマグロが泳ぐ様は圧巻だった。泳ぐ速度はそこそこ速く、カメラのピントが合わない。
 少々窮屈そうに泳いでいる。右へ行き、左へ曲がり、左へ行き、右に曲がり、また右へ行き……。
「見応えがありますね」
 つぶやいたが、返事がない。
 ふと横を見ると、黒狐さまはクロマグロをぼんやり眺めていた。
「黒狐さま?」
「へ? あっ、すまん。どうしたんじゃ?」
「少し、疲れましたね」
「そうじゃな」
 黒狐さまは、大きくのけぞった。口を隠すと、小さくあくびをした。
「少し休んでいいか?」
「かまいませんよ。僕を気にせず、ゆっくりとお休みください」
「ツキ、ありがとうなのじゃ」
 クロマグロたちは、相変わらず、のんびりと水槽を往復している。あと二十分くらいしたら、スタッフさんによるマグロの解説がある。
 二の腕に柔らかいものが当たった。同時に香る、透き通った匂い。
「ん!?」
 隣を見ると、黒狐さまがよりかかっていた。スースーと、愛らしい寝息を立てている。
 どうしよう。クロマグロどころではなくなってしまった。ドクドクと全身が震えんばかりに心臓が騒ぐ。全身がガッチガチに硬直。黒狐さまとは逆に、呼吸が荒くなった。
「いくら『気にせず』っていっても、限度があるでしょう」
「んー」
 どんどん、二の腕にかかる圧が強くなってきた。
 肩に黒狐さまの首が、乗っかった。警戒感がなさすぎだろう。
「ちょっと!」
 とはいえ、起こすわけにもいかない。ツキは、一番大きなクロマグロを探すことで、気を紛らわすことにした。あれは小さい。あれは惜しい。あっちの方がでかい。そういえば、あの個体、顎がひしゃげている上に口が開きっぱなししだな……。
 黒狐さまは、上半身全体で寄りかかってきた。腕に黒髪がかかって、くすぐったい。さらには、頬を肩に擦りつけてきた。
 やられてばっかりでは、しゃくだった。
 ツキは意を決して、黒狐さまの手に、自分の手を重ねた。
「えっと、こうだっけか?」
 手は敏感な部位だ。最初は、手のひら全体を使い、なでる。接地面を広くすることで、くすぐったさを軽減する。次に四本指に腹で、黒狐さまの指を一本ずつ丹念に、さする。
「んん……」
 気持ちよさそうに、声を漏らした。ツキはさらに、黒狐さまの手の下に指を滑り込ませた。黒狐さまの手のひらを、細かく何度も刺激する。
 ぴくっ、とかすかに体が震え、呼吸が乱れた。
 ゆっくりと黒狐さまの上半身が持ち上がり、潤んだ黒い瞳で、こちらを見てきた。
「上手になったのぉ、おぬし」
「あなたのご指導のおかげです」
「そうかぁ、わらわのおかげかぁ~」
 黒狐さまはうれしそうにぼやくと、また目を閉じた。
 不意に黒狐さまの手が動き、ツキの手指が絡め取られた。
「んぅ……!」
 ふわっふわの指だ。触れるか触れないかの絶妙な距離感で、掻いたり、こすったりしてくる。背中にゾクゾクしたものを感じて、思わず身じろぎしてしまった。
 このままでは、まずい。
 黒狐さまの手に、指を絡ませる。そして、親指で、黒狐さまの人差し指の側面をもむ。
「そうくるか。だったら」
 黒狐さまは、人差し指以外の四本で、ツキの指を挟み、さすりはじめた。
 一進一退の攻防が続く。
 ツキの体が熱くなり、頭に血が上る。黒狐さまも、だんだんと余裕がなくなってきた。
 後ろから聞こえてきた子供の笑い声で、現実に戻った。変な目で見られてないか、周囲を見渡す。何組かに、目をそらされた。
「やっちまったのじゃ」
「すいません、僕のせいで」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

**俺、東大院生の実験対象にされてた。**同居している美人家庭教師のやばい秘密

まさき
青春
 俺は今、東大院生の実験対象になっている。  ある雨の夜、アパートの前にずぶ濡れの美女が立っていた。  「家庭教師です。住まわせてください」  突然すぎる申し出に困惑しながらも、なぜか断れなかった。  桐島咲楽、東大大学院生。成績は天才、料理は壊滅的、距離感はおかしい。毎日転ぶ、焦がす、なぜか距離が近い。そのくせ授業は鬼のように丁寧で、俺のことを誰よりもよく見ていた。  偏差値42だった俺の成績は、気づけば上がっていた。でも、それより気になることがある。  咲楽さんが、研究ノートに何かを書いている。「被験者」という文字が、見えた気がした。  距離が近いのは、データのためか。褒めてくれるのは、実験のためか。でも、あの顔は。あの声は。  「データじゃなくて、私がそう思っています」  嘘をついているような顔じゃなかった。  偏差値42の俺に、東大院生の美女が押しかけてきた。ドタバタな毎日の中で、俺の心臓が休まる暇がない。これはドキドキなのか、心配なのか。それとも、もう恋なのか。  不器用な天才と、鈍感な高校生の、やばい同居生活。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい

沢尻夏芽
恋愛
 自他共に認める陰キャ・真城健康(まき・けんこう)は、高校入学前に宝くじで10億円を当てた。  それを知る、陽キャ幼馴染の白駒綾菜(しらこま・あやな)はどうも最近……。 『様子がおかしい』 ※誤字脱字、設定上のミス等があれば、ぜひ教えてください。  現時点で1話に繋がる話は全て書き切っています。  他サイトでも掲載中。

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※特別編4が完結しました!(2026.2.22)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

処理中です...