記憶の行くえ

野兎

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王妃の条件

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「勿論そのつもりだ。でも、安心してくれアナベラ。今度の舞踏会だが、変な条件が付いていて、どちらにしろお前は行かないで済むのだから。」

 振り返ったお父様が、にこりと笑う。

「変な条件?」
「ああ。もう、城はその話題でもちきりだ。あの王が自ら言いだしたのだそうだ。“ブロンドヘアにブルーアイ”の淑女限定と。しかも、“目の下に泣きぼくろがあれば身分は問わない”らしい。まあ、身分を伴わなかったら側室候補になるが、それでも誰か一人でも娶ってくれれば安心なんだがな。まあ、今まで全く女性を寄せ付けないでいたからどうなることかと思っていたから、それだけでも大きな進歩だ。」

 感慨深そうに頷くお父様の向こうで、キャシーから強力な殺気が漏れ出始めるのを私は感じた。

 ……キャシー!?

 だが、私が席を立つより先に、彼女の傍に居た料理長が動くのが見える。

 ドンっ

 次の瞬間、キャシーが床に倒れていた。

「何事だっ!」

 お父様が椅子から立ち上がる。

「申し訳ありません。どうやら貧血で倒れてしまったようで……。」

 料理長が申し訳なさそうに膝をついて、彼女を抱き抱えあげた。

「あれは……アナベラの……。よく倒れるのか?」
「ええ、お父様。私付きのメイドでございます。食事に気を付けるようには言っていたのですが……。」

 私は咄嗟にその場を繕う。

「そうか。だが、改善しないようであれば、」
「大丈夫ですわ、お父様。私の方からもう一度念を押しますし、そうだわ! 今日にでも血液に良さそうな食材を仕入れましょう!!」

 貧血で二度倒れたからと言って、メイドを解雇するようなことはないだろう。だが、変に医者を呼ばれたりするのは不味いかもしれない。

「キャシーはお薬もお医者様も苦手らしいので……。」

 と言葉を続けておく。

「アナベラ……、お前はなんて優しいのだ。だが、そんな事に気を裂かなくても良いのだぞ? 家の事など気にせず、私達の傍でのびのびと暮らしてくれていれば。」
「はい。ありがとうございます。でも、私もお父様とお母様の役に少しでも立ちたいのです。」

 そう縋るようにねだれば、両親は嬉しそうにほほ笑んで“私の頑張りを見守る”と言ってくれた。つきんと胸が痛くなったが、私は気付かないふりをしてその場をやり過ごすのだった。




「忙しい時にごめんなさい。それで、あなたやキャシーみたいなのはこの家にどれくらいいるの?」

 自室に戻った私は、料理長を呼び出していた。
 白髪で白髭を大ぶりにたくわえた彼は背格好は大きいものの、俊敏さを備えてるとは言い難い丸い身体をしていた。

「なんの事でしょうか、お嬢様?」
「……そうね。今朝の事だもの、知らないわよね。それにキャシーが話していたとしても、信じて貰えるてるかも分からないし。」

 私はブツブツと独り言を言う。
 キャシーと会った時は、古い親友に会ったような感覚があったけど、この料理長とは接しても何の感情も生まれない。
 個々で何か違うのだろうか。
 でも、キャシーより戦闘能力が高いのは確かだ。殺気に満ち溢れ、能力のあがった彼女を一瞬で落としたのだから。
 ところで、私の能力は彼に及ぶのだろうか……。
 思えば、キャシーが私の味方だとしても、彼が私の味方だとは限らない。さっきもキャシーの暴走を防いだだけで、キャシー自体を庇った訳ではないとしたら……。

「……呼び出して悪かったわ。仕事に戻ってちょうだい。」

 私は焦りを悟られないように平静さを装いながら、彼を下がらせようとした。
 そっぽを向いてひらひらと手を振る。

「……お嬢様……。」

 だが彼からは動く気配が感じられず、ポツリと呟くのが分かっただけ。

「なに?」
「何か思い出しでも、しましたか?」

 低くゆっくり喋る老人の声に、私は身が震えるのを抑えられなかった。

 バンっ

「姫様あ。ご無事ですかあああ。」

 そんな時部屋に響いたのは、不作法に強く開かれた扉が壁にあたる音と、キャシーの涙声。

「キャシ……。」
「こら馬鹿もんが! 何を言っている!!」

 勢いよく私に飛びつこうとしたキャシーが、料理長に羽交い締めにされていた。

「く、苦し……。」

 彼女は息も絶え絶えに悶える。
 ……さっき落ちたばかりなのに大丈夫かしら。
 私はその様子をつぶさに観察し、もしもの時は助けに入らなくてはと頃合いを見計っていた。

「失礼しました、お嬢様。では下がらせて頂きます。」
「え?」

 彼の声に顔を上げると、料理長が必死の形相でなんとかこの場をやり過ごそうとしているのが分かった。
 ……なんだか彼女を抑え込む彼のほうが哀れに見えるのは気のせいかしら。

「あ、大丈夫ですよ。そんなに……。」

 “そんなに抑え込まなくて”と、私は言おうとしたのだ。
 きっと料理長は、私が姫様と呼ばれ、キャシーにざっくばらんに接っせられている事に焦ったのだろう。だから私は“そんなことはそこまで緊急事態ではないですよ”と伝えたかったのだ。
 万が一にも、“手を離して大丈夫ですよ”と言いたかった訳ではない。
 だから、「あ、そうですか?」と料理長が手を離し、それに合わせてキャシーが私のお腹に頭突きをかましてきた責任はすべて、彼にあるのだと言いたい。
 ああ、うらめしや。



「大丈夫ですか、姫様?」
「姫様ああ、ごめんなさいいい。」

 と、自分のベッドに腹を抱えて寝込む私を覗きこむのは、諸悪の根源の二人。
 私が気を失っている間、彼はキャシーからの説明で私が記憶を取り戻した事を知ったらしい。ちなみに彼ももまた、私の守護を務めると言う。
 ……食事の前に伝えてて欲しかったわ、キャシー。一言二言ぐらい、喋る時間はあったでしょうに。私の緊張を返して……。

「……姫様、医者を呼びましょうか?」

 料理長(ジョン)が手をこまねきながら私に相談してきた。

「怪我の原因が言えないわ。それに……呼んでいいの?」

 私の身体を人間に調べさせていいの? と、案に私は聞き返したのだった。

「いやあ、それは分かりませんが、辞めといた方がいいような気がします。」
「じゃあ提案しないで。」

 ……くう、聞くんじゃなかった。私も人間じゃない事決定じゃないの!!
 私は涙を堪えた。

「姫様ああ、大丈夫ですかあああ。」

 キャシーが涙をたぷたぷに浮かべながら、ベッドの脇に顔を付け叫ぶ。

「キャシー……。そういえばあなた、治癒は出来ないの?」
「出来ません。」
「あ、そう。」

 即答過ぎてぬか喜びに浸る暇もなかった。

「私達は体が頑丈なのが取り柄なのです。傷とかもすぐに治っちゃうし。姫様は外見と同時に中見も人間仕様になってしまったみたいですね。」

「外見……。もしかして、以前の私って……。」
「はい。ブロンドヘアにブルーアイ。泣きぼくろもあります!!」
「……。」

 そうなんだ。知らなかった。
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