記憶の行くえ

野兎

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逃げられない運命

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 ……そうでしたのね。お父様やお母様に気に入られている外見でさえ、造り物だったのね。この家に馴染むために自分で変えたのかしら。

 知らされた事実に、鏡に写る自分の姿を私は茫然と眺めた。

「姫様、染めましょう!」

 そんな私の感傷に気付かないキャシーが、鏡越しに私と目を合わせながら意気揚々と提案してきた。

「偽って参加しては駄目でしょう。それに、折角……お父様と同じ髪と目の色なのに。」

 つい悲しい顔をしてしまっていたのだろうか、キャシーが心配そうに私を振り返る。

「姫様……。私はあなた様がどんな髪色をしていても、どんなお顔をしていても、私の一番は姫様です。」
「そうです。私達もまた姫様の事が大好きです。あのご夫婦に負けないくらい、姫様を愛しているつもりですよ。」

 力強く私を見つめる彼女達の目は優しく、私はその言葉にゆっくりと頷いたのだった。

「ありがとう。……あ、ねえ、私ってどんな外見だったの? 今はお母様に似せてあるから、ゆるふわ系の美少女かもしれないけど、本当はすごおく怖い顔をしていたりして?」

 私は彼女達の気使いに答えようと、はにかみながら顔を上げる。

「天と地ほど違います!」

 キャシーはずいっと私に身を寄せてきた。

「そ……そう。」

 近すぎた彼女との距離に、思わず私は後ずさる。
 そんなに違うのかしら。私って……もしかして、実は悪の化身とかだったりする!?

「姫様は本当にお綺麗なんです。」
「え?」

 キャシーが頬を赤く染め、天を見上げた。

「もう、この世の者とは思えないぐらいキラキラ光っていて、温かくて、とても大きな力で私達を包み込んでいてくれてたんです……。」
「そうなの!?」

 余りにも悪とは程遠い表現に、私は考えが着いていかず思わず戸惑う。例えそうだとしても、過大評価され過ぎてるであろう彼女の言葉に、どこまでが本当なのか確認するためにチラリと隣に居たジョンに目を向けた。
 彼ならきっと、キャシーの暴走を止めてくれるだろう。
 だが彼もまた、ウンウンと大きく頷くだけで、彼女の言葉に反論を示そうとはしない。
 ……事実、なのかしら。

「そ、そうなんですね……。なんかごめんなさいね。」

 見た目は……今の方が十分綺麗だと思うから、きっと中見の事を言ってるのよね。
 私って、そんなに凄い人柄なのね。どうしよう、今では足元にも及ばないみたいだけど。
 そんな過去の私を慕ってた彼女達に、今の私のお世話をさせるってどうなのかしら……。

「姫様、謝らないで下さい。変わってしまわれたのは、きっと仕方がなかったのでしょうから。」
「そうですよお。でも、きっと記憶を取り戻せば全て元通りになるはずです。姫様、もう少しの辛抱ですからね!!」

 ジョンとキャシーが矢継ぎ早に声を掛け、励ますように声を掛けてきた。

「う、うん。ありがとう。」

 彼女達の説得に、私は思わず頷いてしまう。
 だが、本心はそうではなかった。余りのも別人すぎる過去の私に戻ったら、今の私が消えるのではないかと不安になったのだ。だからつい、抗うようなことを言ってしまう。

「でも、ほら、キャシーは私が王と会うのが嫌になったのではないの? さっきも殺気をたてていたし。」
「あれは、姫様を娶ろうだなんて考えている王に苛立ったのです。」
「そうなの? でも、ほら、会ったからと言って記憶が戻るとも分からないし……。」
「ですが、会ってみる価値はあると思います。」
「そ、そうね。でも……。」
「姫様……。」

 彼女と応酬していた私だが、キャシーの悲しそうな声にハッと顔をあげた。
 彼女は私が記憶を取り戻したくない事に気付いたようだ。

「キャシー……そんな顔しないで……。あなたとの記憶を思い出したいとは思っているの。それは本当よ。でも、今の生活が変わってしまうのが……怖いの……。本当にごめんなさい。」

 私はキャシーに自分の気持ちを分かってもらおうと、なんとか弁解する。

「キャシー。」

 ジョンがキャシーの肩を叩きながら、一歩後ろに下がらせた。

「私達は姫様の幸せを一番に願っている。姫様がそうされたいのであれば、私達はそれに従うのみ。それに反する事はたとえお前であっても許されない。分かっているな?」
「ですが、」

 反論しようと、キャシーは肩にのっていた彼の手を無理矢理払う。
 だが彼はそれを気にも止めず、それどころか彼女が喋るのを遮りながらなお言葉を続けた。

「それに姫様は、少しとはいえ記憶も力も戻られたばかり。慣れるまで今は何より休養が必要だ。いいな?」
「……はい。」

 低く威圧的なジョンの物言いに従わざる終えないと思ったのか、不服そうにキャシーがゆっくりと頷くのが分かった。

「申し訳ありませんでした。」

 振り返った彼女は、そういって私に頭を下げる。
 そんなキャシーに私は慌ててベッドから飛び起きる。

「キャシー! 悪いのは私なの。今回は無理だけど、機会があったら絶対に王に会うわ!」

 頭を上げるように促しながら、私は彼女に寄り添った。そして隣に居るジョンを見上げる。

「姫様……。」
「ジョン。私、王様に会ってみる。」

 このままではいけないのだと、私は強く決心した。

「無理をしておりませんか?」
「ええ、大丈夫よ。でも、正攻法で会わせてね。アナベラとして会いに行けば、私が誰か気付かれてもすぐには捕えられないと思うから。」

 ……でも、どんな理由を付けてお父様に頼もうかしら。
 そうと決めてしまえば考えは早い。私の頭は、すでに次の問題に向いていた。




「不味い事になった。」

 それから数日後、大きな仕事を一先ず終えたというお父様を迎え、久しぶりに家族三人揃っての夕食。席につくなり彼は大きく溜息をついた。

「どうしたの? あなた。」

 お母様が心配そうに彼を覗き込む。

「昨日の舞踏会が最悪だったんだ。王が登場するや否や、泣き出す者や卒倒する者が相次いでな。……まったく、姿絵を見て慣れておけば良いものを……。」

 お父様が不満げに愚痴を零す。

「どうして泣き出すのですか?」

 私はそんなお父様の言葉に、思わず口を挟んでしまっていた。
 ……だって、姿を現しただけで泣かれるなんて、王が可哀想じゃないの……。

「ああ、アナベラは王を見たことがなかったかな?」
「え? あ、姿絵は拝見したことがあります。」

 咄嗟についた嘘も、少しどもってしまう。
 まさか会ったことがあるなんて聞いたら、お父様達がどう思うか……。

「そうか。絵姿は見たことあるのか。それで、何か感じたか?」
「いえ。特に何も。」

 今度はしくじらない様にと、私は平然と首を小さく傾げる。
 だが、今度はそれが不味かったようだ。

「そんなところも、アンに似ているのだな。」

 お父様が悲しそうに眉を下げた。

「もしかしてあなた……。」

 お母様が身をのりだす。

「ああ、お前に白羽の矢が立ったんだ。アナベラ。」
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