記憶の行くえ

野兎

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再会

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「どうして? だってアナベラは……。」

 そう訴えるお母様の声が、私にはとても辛そうに聞こえた。

「ああ。養女であることは皆分かっている。だが、どこからかアナベラがアンに瓜二つである事が大臣どもにばれてしまったようだ。それで、実の娘では無くてもアンの血縁関係だろうと噂が立ち、一度顔を出すように言われたのだ。」

 お父様が苦々しそうに顔を歪める。
 そんな二人のやり取りに、事情が分からない私はただ話の行方を見守るしか出来なかった。

「でも、今の王はブロンドヘアの娘が好みなのでしょう? アナベラは違うわ!」

 勢いよく立ち上がったお母様が、振り返って私の元に駆け寄ってくる。

「お母様……。」
「アナベラ。」

 お母様が私の手をとり、ぎゅっと握りしめた。
 私の目を暫く見つめた後、彼女はお父様に向き直る。

「私が感じないからと言って、アナベラもそうだとは限らないわ。それに、その舞踏会に参加した者の中にも、気を保てれた者のは残って居たのでしょう?」
「ああ。勿論、卒倒しなかった娘は全て王と直に面会をさせた。だが王は、誰も歯牙にも掛けなかったのだ。きっとブロンドなどの条件は適当に言ったのだろう。だが、女性と会うことを自ら望んだのは事実。この期に、アンの血縁で年頃の娘がいるのなら会わせるべきだと、内々に開かれた会議で満場に一致してしまったのだ。」
「そんな……やっと、私たちの元に降りてきたのに……。」

 お母様の手から力が抜け落ちる。

「お母様、大丈夫ですか?」

 今にも泣き出しそうな彼女につられ、私の心も辛くなった。

「アナベラ……。ごめんなさい。私達の養女にしたばかりにこんな事になってしまって……。」
「アン。アナベラ。」

 そう声を掛けたお父様が私達の元に歩み寄る。私はお母様と一緒に彼に抱き込まれるのだった。

「まだ決まったわけではない。ただ……顔を会わせるだけだから。」

 お父様がゆっくりと言葉を紡ぐ。

 その後、ソファーに三人揃って腰をおろして私は説明を受けた。
 現王は冷酷非道でその佇まいが雰囲気にまで滲み出ている事。その威圧が余りにも強すぎるがためか、描き写された自画像にまでその影響が及ぶらしい。慣れないものは、画を見ただけで三日三晩寝込むそうだ。
 ……何かの呪いみたいね。
 そんな考えが私の頭をふっと過ぎる。
 だから王に寄り添える人材は貴重だそうだ。
 それは前王も然り。
 血筋なのか、運命なのかは分からない。
 だが前王にはその威圧が全く影響しない人物が傍に居た。それがアン、お母様だ。小さい頃にその才を見出されたお母様は、幼少のころから常に前王の傍に居た。お母様がいずれ王妃になるものだと周りの者も確信していた。お母様も、前王自身も。それが自然な流れだと、そろそろ婚約をしようとしていた矢先、ひびが入る出来事が起きる。お母様が恋をしてしまったのだ。相手は時の宰相、お父様。前王には全てを受け入れてくれる人物は、両親以外、お母様しかいなかった。だから彼はこれまで、彼女の願いは全て受け入れていた。そこは、あまり望みを持たないお母様の性格も関係しているかもしれないが、そうする事が彼なりの彼女への恩返しの様な物だったのかもしれない。
 だから、前王は彼女の恋も受け入れた。もし、宰相が彼女の気持ちを受け入れるのならば、彼女を解放しようと決めたのだ。

「私は、アンに一目惚れをしていた。」

 お父様が辛そうに顔を歪める。

「あなた……。」

 お母様が彼の手をしっかりと握り締めていた。

「でも、今の王様が居るって言うことは、前の王様も運命の相手を見つけたのよね?」

 私はお父様とお母様に疑問を投げかける。
 だが、二人は俯くだけで何も答えてはくれなかった。

「お父様?」
「……そこに愛がなくとも、子は成せるのだ。愛があっても子が成せないのとは反対に……。それが私達の償いだと思っていた。そして彼が亡くなり、アナベラが私達の元に現れ、そして現王の元に……。これもまた、運命なのかもしれない。」

 お父様がお母様と私の肩に腕を回し、力強く抱きしめるのだった。



 王との面会の日、私は王座の間でドレスの裾を広げて王の入室を待っていた。私の鼓動は速まっており、身体もまた緊張で包まれていた。
 ……王が“彼”だとは思うのだけれど……。
 彼と会ったら、私は忘れている記憶を全て思い出すのだろうか。そして、記憶をすべて取り戻した私は私ではなくなってしまうのだろうか。力が戻ったら、見目や形も戻ってしまうのだろうか。
 もう迷わないと決心していたにも関わらず、実際にその時が訪れるとなると様々な不安が私の中に後から後から湧き上がり出した。
 ……それに彼は、今の私を見て“私”だと気付くのかしら……。

 コツ コツ コツ

 石畳の床に重みのある足音が響き出す。

「顔を上げろ。」

 王が椅子に腰を下ろした気配がした後、低い声が部屋にこだました。

 ビクっ

 私は思わず肩を震わせる。王自ら声を掛けたらしく、それは私の真上から放たれていた。
 ……やっぱり彼だったのだわ!
 夢と同じく低くて甘い声に、私の心は驚きと喜びに満ち溢れる。久しぶりに聞いた声に、私の心は安らぐと同時に強く締め付けられた。
 どうしてこんなにも苦しいのかしら。
 私は無意識に溢れそうになった涙を、唇を噛んで必死に堪える。

「……怖いか?」
「え? いいえ!」

 顔を上げるよう言われていた事を思い出した私は、焦るように急いで顔を上げた。
 “私を怖がらせた”と、彼を傷付けてしまったかしら……。

「わあっ。」

 だが次の瞬間、私は思わず感嘆の溜息を漏らしていた。
 目が開いているわ!! 本当に今の彼って、常に目を開けているのね! あの時は凄く貴重だったのに。私が彼の目を見たのはどんな時があったかしら。……そうだわ。ふふ。あれは私が彼に初めて触れた時のことよね。凄く困ってたわ。
 その時の彼のうろたえた表情を思い出し、私は笑いが堪えられずつい少しだけ頬を緩めてしまう。だがそこは一国を従える王の能力だろうか。対峙する相手の表情の変化は一切見逃さないようだ。

「ほお。私を恐れないのか?」

 王が面白そうに低い声で私をいなした。
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