名医の回復魔術

ogirito

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第一章

ハルウィ族の集落

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大森林にぽつんと在地する人里離れた村は監獄そのものであった。
周囲には柵が二重に張りめぐらされ、出入り口はたったひとつ。
唯一の出入り口である村の北端には、柵が途切れた箇所がある。
門のようなものはないが、出入り口の両端には物見やぐらがそびえ立っている。
物見やぐらの足元にも人が配置され、彼らは村でも実力と信頼を買われた者達だ。
賄賂や暴力では到底太刀打ちはできないだろう。
隙をみて逃げ出せないかと、僕は一時ひっそりと観察する機会があったが、まったく隙がない。
さらに村人から聞いた話では、二重のうち外側の柵には特殊な魔法がかけられており、触れれば瞬時に電流が体を奔流する仕組みになっているらしい。
内側の柵の突破は容易であろうが、外側はそうはいかないというわけだ。

一度入ったならば抜け出せない。
まるでアリ地獄のようだと僕は思った。


朝になれば狩りの時間が始まる。
このときが唯一の脱走の可能性だろう。
しかし不幸なことに、狩りは二人一組で行う。
脱走は発覚した時点で死刑確定の重罪だ。
おまけに村には《監視役》というものが存在し、脱走を言い出そうにもリスクが高すぎるので誰も言いださずにいる。

《監視役》と厳格な規律。

この二つによって、村は秩序を保っているわけだ。

「ぶち壊してやる……」

「ん?なんか言ったか?」

狩りの途中で改めて意思を固めていると、狩のパートナーであるバンズが反応した。
聞かれていたらまずい台詞であったので、ひやりとする。


「いや、早く捕まえなきゃなって」

「だな。なるべくでかい獲物がみつかればいいんだがな」

あぶないあぶない。
もっと慎重にならなければ。

バンズは俺よりも年上であり、逞しい肉体を持っていて狩りの知識も経験も豊富なうえ、イケメンである。
本人に聞いたことはないが、歳はだいたい二十代後輩といったところだろうか。
赤茶の髪はバンズの硬派な顔立ちとよく合っている。
バンズと僕は一月くらいの付き合いだが、かなり仲がいい。
一緒に風呂にはいったこともあるくらいだ。
だからこそ僕は知っている。
彼が今、身にまとっている革の鎧や布地の下には、大きな傷跡があることを。
風呂では彼の狩りの話や、そこから得た知恵などを色々聞かされ、その仰々しい傷跡にも納得がいった。
ゆえに僕は狩りにおいてバンズを信用していて、獲物を探す際には必ずバンズの背後をひっそりついていくようにしている。彼の合図にいつでも反応できる状態にするためだ。

茂みのなかを、バンズの後ろからついていく。
警戒して進むバンズは熟練の狩人そのものだが、彼の背中はここからだとガラ空きのように思えた。
おもむろに上げられたバンズの左手が視界に移り、僕はぴたりと止まる。
こっそりバンズの背後から先を見ると、一匹の魔物がいた。
やった、と僕は思った。
僕は手にしていた弓を地面へそっと置き、懐から取り出したナイフに持ち変える。

「十年くらい前の話だけどな。」

バンズが視線を魔物へと向けたまま、口を開いた。
心臓がびくっと跳ね上がる。
こんなタイミングで話しかけられると思わなかった僕は、困惑し混乱して、心身ともに完全な意味で停止する。

「ある日、狩りに出た一組のパーティーがいたんだ。珍しい男女ペアで、そいつらはカップルだった。お互いに愛し合い、村からも許可を得ていて、婚約も済んでいた。」

「……この村では村長によって結婚相手が選ばれると聞きましたが、そんなカップルもいたのですか。珍しいですね」

「ああ。」

バンズは短く答えた。
彼は弓を硬く握りしめたままだ。

「だけど、あるとき女は、その男に襲い掛かったんだとさ。狩りの真っ最中に」

バンズの言葉にごくりと喉が鳴る。
ナイフを持つ手はじっとりと濡れ、獲物がいることも忘れバンズの台詞へと注意は向けられる。
バンズは落ち着いたようすで、じっと獲物を見つめていた。

「そいつは母親を村の男たちに強姦されたあげくに殺されて、村から逃げ出したくなったのさ。別に不思議じゃない。村への復讐を考えるやつもいるが、村の恐ろしさをわかってるやつはそれよりも逃げ出そうとするのさ。その女もそのうちの一人だった。」

「……男のほうは?」

そう、声を絞り出すので精一杯だった。
僕の精一杯はきだした声は、わずかに震えていた。

「重傷を負ったけど、生き延びたよ。近くに仲間がいたんだ。幸いにもこの村が作る薬の質はいいからね。本来なら致死の傷も、重傷で済んだんだよ。だけど、その女はそうじゃなかった」

バンズは相変わらず獲物を見つめていたが、そのとき僕には彼が獲物よりもさらに遠くを見つめているようにも見えていた。

「女は逃げ続けた。彼女の使役魔獣であるウォーウルフも一緒だったからかなりのスピードだったはずだ。だけど……捕まった」

そこで若干、バンズの語調に力が籠もった。
一瞬の出来事であったが、歯ぎしりすら聞こえてきそうだった。

「それはいったいどうやって……」

「簡単さ。村長たちの使役魔獣のほうが何倍も早いんだよ。村長は噂では森の長とも呼ばれるフォレストウルフを使役しているって話らしいし、逃げ切るのは不可能だったんだよ。そうして捕まった後、彼女は火炙りの刑になった。もがき苦しんでいる彼女の姿は、村にさらなる恐怖心を植え付け、さらなる束縛を与える結果となったわけだよ。笑える結末だよな……」

そこでやっとバンズは獲物から視線を切り、僕へと向けた。
彼の視線が僕をまっすぐ射抜く。
力強い視線だが、どこか寂寥を帯びていた。

「彼女が最愛の人を傷つける選択をしたように、誰にでも自身の意思に従って行動する権利があると俺は思う。だけど、その先どうなるのか。そこはしっかりと考えたほうがいい」

バンズは再び獲物へと向き直ると、すばやく矢をつがえ、放った。
矢は一直線に飛んでいく。
魔力を帯びた矢は、あっさり魔物の皮膚をつきやぶり、命を屠った。

「……さぁ、早く村に戻ろう。」

バンズは獲物を担ぐと、村のほうへと向かった。
その背後を僕はのそのそとついて行く。
手に持っていた小型のナイフはずっしりと重く、結局一度も魔物を狩ったことのない僕は、いつもどおり彼の背中を始終視界に映したまま、その日の狩りを終えた。
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