ルーズベルト亡き世

エトーのねこ(略称:えねこ)

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日独防共協定1936/11/25

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 1936年11月3日。アメリカ合衆国の大統領は共和党のアルフレッド・モスマン・ランドンに決定した。その結果……。
「11/4のニュースの時間がやって参りました。前大統領であるフランクリン・ルーズベルト氏が自宅で遺体として発見されたそうです。では、次のニュースです……」
 ルーズベルトが自宅で遺体として見つかったのは、翌朝未明のことであった。胸を押さえて目を見開き、検死の結果高血圧による急性心不全であることが判明した。それは見る人が見れば憤死だと解るだろうが、元々高血圧な上に小児麻痺で有名な人物であり、特に見るべき所見もなく自然病死であるとして処理された。それは三面記事にもならず、1940年の東京オリンピックが行われる頃には既に「忘れ去られた人物」ですらあった……。
 そして、そんなニュースなど吹き飛ばすが如き電撃的ニュースがその月には舞い込むのだった。自然、ルーズベルトとかいう景気回復に失敗した無能などの存在など、誰も顧みることなどなかった。
 そして間の悪いことに、アルフレッド・ランドンが事実上世界恐慌から経済状況を立て直したのだから、ルーズベルトなどという存在は唾棄すべき無能として処理されることになった。結果論から言って、当然ではあるのだが、今でも世界愚者列伝としてすら語られぬ程の存在なのだ。ネタ性すらないそれは、最早タダの「大統領に落選したからって憤死した無能(バカ)が死んだだけ」という有様であった。
 一方で、後の世に「最も偉大な合衆国大統領」として讃えられるランドンもまた、緊張感が漂っていた。彼は後に世界経済の立て直しには成功したものの、未来予知などという超能力があるはずもなく、彼は一挙一動を注目されていた。前任者が無能であるから余計そうではあったのだが、後に語るに「私が落選していたら、世界は戦争でもしていたかもしれませんな」というのは有名なジョークとして語り継がれている。

 そう、その「電撃的ニュース」とは。…………言うまでもあるまい、日独防共協定である。
 1936年11月、日独が防共協定を組んだというニュースはいとも容易くルーズベルトが憤死したというしょうも無いニュースを吹き飛ばした。以後、過去の人として語り継がれることすら無いルーズベルトだが、後にソ連崩壊の立役者となったヒトラーと本来イギリスとの同盟を模索しているはずの大日本帝国が同盟を組んだという事実は、世界を震撼させるに充分すぎた。なぜ、世界は世界の果ての島国が死にかけの東欧と同盟を組んだ事実をそこまで警戒し、同時に恐怖したのか。それは言うまでもなく、ドイツの科学力と日本の軍事力が融合したら、手がつけられなくなるからだ。無論、それだけではない。大日本帝国と大英帝国の外交的実績は有名であったが、本来はそのイギリスの敵であるドイツが日本と手を組んだことは、外交常識を作り替える驚天動地の出来事であった。後に、防共協定である旨が発表された際に一旦沈静化し、同盟関係に発展しなかったことからそこまでの衝撃を世界に与えることは無かったのだが、当時の一面を見ると如何にしてヒトラーが大日本帝国との協定を結んだかの詳細が書かれていることから、日本とドイツの同盟というものが当時どれだけあり得ない出来事であったのかが見て取れる。
 だが、この協定は所詮は防共協定である、諸国は同盟関係になることを警戒したが、最後まで大日本帝国とドイツ第三帝国の同盟関係が構築されることは、無かった。そもそも、大日本帝国が模索する人種平等条約とそれを基とした大東亜宣言はヒトラーの思想とは相容れないものである。故に、地政学的に条件が整ったとしてもむしろそれで防共協定まで行ったことの方が異例ですらあった。
 だが、事態はさらに斜め上に行くことになる……。
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