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宇宙戦争1938/10/30
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「まさかガチで叱られるなんて……」
~H・G・ウェルズ、「宇宙戦争事件」の原作者として反省文を書きながら呟いた言葉より
1938年10月30日、東京日日新聞社にプラネタリウムが開かれ、何故か現代風のマネキンが置かれた頃のことである。アメリカ合衆国にてSFドラマ「火星人襲来」が放送される際に、臨時ニュースとして「火星人が攻めてきた」という一報を流したところ、本物のニュースと勘違いした莫迦が発生、最終的には十数万人にも上ったが、それでも我々の世界よりも遙かに少なかったのはルーズベルトが死んでいたから戦争なんて起きないだろうという空気独特のものであるとされている。無論、一時的な集団ヒステリーに過ぎなかったのだが、デマを流した記者は即刻馘首、刑事罰こそ言い渡されなかったものの、その波及は原作者にまで届いてしまったのだから恐ろしいことであった。通称、「実写の獄」である。これにより、唯一得をした人間が存在した。ウォルト・ディズニーである。彼はここぞとばかりに「実写よりも害のないアニメ」という宣伝を画策。時期が時期だけに大顰蹙を買って一時期反ミッキー運動すら起きたものの、その種は思わぬところで芽吹き出す……。
遡って1938年8月12日。突如として、小学館に解散命令が言い渡された。相賀武夫の葬儀の最中であり、何事かと訊ねたら、一言で言うならば「仏法による国民の洗脳容疑」であった。無論、相賀武夫が日蓮宗に帰依していたから受けた容疑なのだが、小学館にとっては何もかもの時期が悪かった。結果、昭和時代に於いて唯一の「出版停止命令」を下されることになる。平成になって、漸く大赦により出版停止命令が撤回されるも、以後成績は低迷し、最終的には出版事業撤退に追い込まれることとなる。だが、幸いにして小学館という大規模な出版社が見せしめ兼生け贄となったことにより、以後国家による出版停止命令は一切行われなくなる。先述した言論弾圧の過ちに政府が漸く気づいたためである。何せ、石原莞爾がその命令撤回を要請した際に「同じ日蓮宗信者だからかばい合っているのだろう」とすら囁かれたそれは、当時仏法を下地にした新興宗教がタケノコのように生えていたことも原因とされている。だが、間の悪いことに長男が獄につながれている最中に死去、平成になって漸く復活した小学館には一橋グループの一の字も無かったという。
悲劇とは続くもので、1938年9月6日。突如として、富山県下にて何らかの原因で火事が発生したのだが、瞬く間に氷見、次いで高岡などが炎上し、当時加賀百万石の影響によりそこまで少なくなかったはずの人口が万を下回るという大惨事が起きた。何せ、越中国府と称された山から北を一望したら、何も無かった、本当に何もかも無くなってしまったほどなのだ、どれだけの大火災かは察するに余りある。
だが、皮肉なことにこの大火災により災害救助体制並びに火事に対する備えの研究は飛躍的に向上、特に今までの家の形である木造・障子体制の家屋を一新する程の研究が進んだという。鉄筋コンクリートこそまだ存在し得なかったものの、以後新築の建物には可燃性の材料、即ち木造を禁じるとされる時限立法が組まれることとなる。
大火災の原因は最早定かではないが、人口に直しておよそ十万単位の人数が失われたこの前人未曾有の大火災は、戦争無き大日本帝国の貴重な「戦訓」として生かされることとなる……。
~H・G・ウェルズ、「宇宙戦争事件」の原作者として反省文を書きながら呟いた言葉より
1938年10月30日、東京日日新聞社にプラネタリウムが開かれ、何故か現代風のマネキンが置かれた頃のことである。アメリカ合衆国にてSFドラマ「火星人襲来」が放送される際に、臨時ニュースとして「火星人が攻めてきた」という一報を流したところ、本物のニュースと勘違いした莫迦が発生、最終的には十数万人にも上ったが、それでも我々の世界よりも遙かに少なかったのはルーズベルトが死んでいたから戦争なんて起きないだろうという空気独特のものであるとされている。無論、一時的な集団ヒステリーに過ぎなかったのだが、デマを流した記者は即刻馘首、刑事罰こそ言い渡されなかったものの、その波及は原作者にまで届いてしまったのだから恐ろしいことであった。通称、「実写の獄」である。これにより、唯一得をした人間が存在した。ウォルト・ディズニーである。彼はここぞとばかりに「実写よりも害のないアニメ」という宣伝を画策。時期が時期だけに大顰蹙を買って一時期反ミッキー運動すら起きたものの、その種は思わぬところで芽吹き出す……。
遡って1938年8月12日。突如として、小学館に解散命令が言い渡された。相賀武夫の葬儀の最中であり、何事かと訊ねたら、一言で言うならば「仏法による国民の洗脳容疑」であった。無論、相賀武夫が日蓮宗に帰依していたから受けた容疑なのだが、小学館にとっては何もかもの時期が悪かった。結果、昭和時代に於いて唯一の「出版停止命令」を下されることになる。平成になって、漸く大赦により出版停止命令が撤回されるも、以後成績は低迷し、最終的には出版事業撤退に追い込まれることとなる。だが、幸いにして小学館という大規模な出版社が見せしめ兼生け贄となったことにより、以後国家による出版停止命令は一切行われなくなる。先述した言論弾圧の過ちに政府が漸く気づいたためである。何せ、石原莞爾がその命令撤回を要請した際に「同じ日蓮宗信者だからかばい合っているのだろう」とすら囁かれたそれは、当時仏法を下地にした新興宗教がタケノコのように生えていたことも原因とされている。だが、間の悪いことに長男が獄につながれている最中に死去、平成になって漸く復活した小学館には一橋グループの一の字も無かったという。
悲劇とは続くもので、1938年9月6日。突如として、富山県下にて何らかの原因で火事が発生したのだが、瞬く間に氷見、次いで高岡などが炎上し、当時加賀百万石の影響によりそこまで少なくなかったはずの人口が万を下回るという大惨事が起きた。何せ、越中国府と称された山から北を一望したら、何も無かった、本当に何もかも無くなってしまったほどなのだ、どれだけの大火災かは察するに余りある。
だが、皮肉なことにこの大火災により災害救助体制並びに火事に対する備えの研究は飛躍的に向上、特に今までの家の形である木造・障子体制の家屋を一新する程の研究が進んだという。鉄筋コンクリートこそまだ存在し得なかったものの、以後新築の建物には可燃性の材料、即ち木造を禁じるとされる時限立法が組まれることとなる。
大火災の原因は最早定かではないが、人口に直しておよそ十万単位の人数が失われたこの前人未曾有の大火災は、戦争無き大日本帝国の貴重な「戦訓」として生かされることとなる……。
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