真実は胸に秘める

高羽志雨

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三話『一緒に撮った写真がない父』

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 大学入学とともに一人暮らしを始めて十年が経つ。幼いころの写真を自分の手元に置くためにデータ化しようと、雪が降り積もるなか実家に帰ってきた。

 高校生のころまで使っていたクローゼットの上部にある棚から段ボール箱を引きずり下ろして両腕で抱える。急にのしかかった重さにバランスを崩して倒れそうになった。

 箱の中に入っているのは数冊の分厚いアルバムだ。

 データ化するには量が膨大すぎるので、主だったものを抜粋しようと、『マコ 生誕から七歳まで』と書かれたアルバムからめくり始める。

 赤ちゃんのころのことなど全く覚えていないが、私を抱っこする母や、私を見つめる祖父母、親族の表情を見ると、懐かしさを感じて心が温かくなる。

 感慨深い思いでページをめくっていって違和感を持った。

 その理由がわからないまま、写真を見続けていくと、五歳のころの写真が並べられたページから二枚ほど抜き取られていた。そこにあったのは何の写真だったのか。このアルバムを見るのは今日が初めてではない。子どものころ母の思い出話とともに何回も見てきた。

 抜き取られたページの前後を何度も行き来して記憶を手繰り寄せる。

「あっ、お父さんが一緒に写っていたはず」

 そのことに気づいたとき、先に感じた違和感の正体も見えた。初めからアルバムを見直す。

「やっぱり。お父さんが一枚も写ってない」

 疑問を持ったまま、アルバムをめくりだす。父の写真が抜き取られたページから二年ほど経っているページに、父と母と私が小学校の入学式で撮った写真があった。

 でも、この父は五歳までのページにいなかった父ではない。
 実の父は五歳の時に亡くなった。

 その後、数年して父と母の大学時代からの友人である男性が新しい父となった。今の父は、私のことを実子と同じようにかわいがり、時には厳しく育ててくれた。

 実父の死は雪かき中の事故で、父が倒れているのを見つけたのは私だったらしい。

 それにしても、どうして実の父の写真がないのだろうか。

 階段を下り、リビングへ向かう。そこでソファに座り、テレビを見ている母に声をかけた。

「ねえ、死んだお父さんの写真が抜き取られてるんだけど、知らない?」

 母は後ろから声をかけた私を振り返って、不思議そうな顔を見せる。

「知らないわよ。だいたい、あの人の写真なんてあったかしら」

 私が首をかしげると、母は言葉をつづけた。

「あの人、写真を撮るのを嫌がってたからね。特にマコとは」

 聞き返そうとしたものの、母がそそくさとソファから立ち上がってどこかへ行ってしまい、疑問を投げかけられなかった。

 父を探して玄関から出て、庭のほうへと回る。父がスコップを持ち上げ、雪かきをしていた。

 声をかけようとして躊躇する。父に実の父の写真のことを聞いても大丈夫だろうか。なぜか心臓が破裂しそうなほど動き出す。意を決して、締まった喉から声を振り絞った。

「お父さん、死んだ父さんの写真が抜かれてるんだけど知らない?」

 父の目が少しだけ宙を舞い、焦点を求めるように私を見た。

「俺が抜いて捨てたよ。マコに見られたくなかったからね」

 なぜ、捨てたのだろう。声が出てこない。父は、スコップを担いで近づいてきた。

 五歳のあの日、雪かきをしている父を探して庭へ来た私に、父はスコップを振りかざしてきた。

「俺の子じゃないくせに寄ってくんな」

 私は殴られると思って強く目をつむった。でも、何の衝撃もなかった。恐る恐る目を開けると、父はスコップを下敷きにして頭から血を流し、仰向けに転がっていた。

 呆然とした私の肩に置かれた今の父の手を振り払って、自室へと走る。

 ある日、中学校から帰ると、今の父が私の部屋から出てきた。部屋に違和感を感じた私は、そこらじゅうをチェックして回り、ゴミ箱に破られた写真があるのを見つけたのだ。

 自室のクローゼットの奥に手を伸ばして、写真を隠した袋を取り出す。

 袋の中に入っていたのは、死んだ父と、母、自分、今の父を含めた両親の友人たちが映った、継ぎはぎだらけの写真だ。一枚は無表情で私を見る死んだ父が、もう一枚は憎悪の目で今の父を見る彼が写っている。

 当時の写真に写る今の父の顔は、今の私に瓜二つだった。
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