「好き」があふれて止まらない!

梶ゆいな

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【19】桜路くんがピアノを弾かなくなった理由(わけ)

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桜路くんを勧誘することになったわたしは休み時間に早速、五組の教室を訪れたのだけれど、そこに彼の姿はなかった。

諦めて自分の教室に戻ろうとしたとき、廊下の先から歩いてくる桜路くんを見かけて咄嗟に声をかけたのが二分前のことだ。

「お、桜路くん」

わたしの呼びかけに足を止めてくれた桜路くん。

天使の輪っかができたサラサラの金髪に色素の薄い瞳。

まるで絵本に出てくる王子様のようなルックスをしている彼は去年よりも五センチ近く背が伸びていた。


「何?」

「わたし去年、同じクラスだった比高咲茉なんだけど、少しだけ時間をもらえるかな? 話があって」

「あんたMEBIUSのマネージャーでしょ。バンドの話ならもう断ったから」

そう言ってわたしの前から立ち去ろうとする桜路くん。

「あ、あの。待って! 実はわたしもMEBIUSからの勧誘を何度も断ったことがあって一度、MEBIUSの曲を聴きにこない? 曲を聴けば⋯⋯」

「聴かない。というか、俺は二度とピアノを弾かないって決めたんだ」


「ど、どうして?」

昨日、話を聞いたときからずっと気になっていた。

ピアノを“弾けない”じゃなくて“弾かない”と口にする桜路くんのことが。

「去年同じクラスだっただけの人にどうしてそんな話をしないといけないわけ?」

桜路くんは冷たい瞳でわたしを見下ろす。

「それは⋯⋯」

「もういい? ピアノ経験者なら他をあたって」

任せてくださいなんて言っておきながら、桜路くんを怒らせただけで何もできなかった。

ピアノ経験者なら他をあたって⋯⋯か。

桜路くんを説得するよりも全学年の人、ひとりひとりに声をかけて回ったほうが早いのかもしれない。

だけど、ピアノの話をしたときに一瞬だけ見せた寂しそうな目。

あんな目をされたら気になるよ。

桜路くんがピアノを二度と弾かないと決めた理由わけ


***


「え? 桜路くんがピアノの弾かなくなったきっかけ? そんなの知らないわ。わたしは奏人くんにしか興味がないもの」

移動教室に向かっている道中、交友関係の広そうな海音ちゃんに桜路くんのことを聞いてみたけれど、有力な情報は出てこなかった。

「そっかー。急にごめんね、ありがとう」

「ちょっと咲茉。わたしを誰だと思ってるの。MEBIUSのファンクラブ会長、持永海音よ! 学校内のことならファンクラブ会員に聞けばすぐにわかるわ! MEBIUSのファンが校内に一体、何人いると思ってるの」

海音ちゃんはそう言うとスマホを開いた。

「海音ちゃんここ廊下だよ」

「大丈夫。すぐに終わるから」

わたしたちの学校はスマホの持ち込みOK。

だけど、緊急時以外は使用禁止で昼休みの一度だけ確認しても良いことになっている。

それ以外の場面で使ってるのがバレたら一日没収されちゃうの。

わたしは海音ちゃんが先生に見つからないように体全体を使って彼女を隠した。

「返事がきたわよ」

「も、もう⁉」

まだ一分も経ってないよ?

MEBIUSのファンクラブの情報網には驚かされる。

「えーっと、桜路くんがピアノを弾かなくなった理由は過激なファンの暴走らしいわよ」

「過激なファンの暴走って?」

「桜路くん目当てで興味もないのに同じピアノ教室に通い始めたり、コンクールにうちわやボードを持ち込んで騒いだりしてたみたいね」

「そんなことがあったんだ⋯⋯」

「好きな人を困らせるなんて本当のファンじゃないわ」

海音ちゃんはスマホを見ながら口をとがらせる。

さすがファンクラブ会長。マナーには人一倍厳しい。

MEBIUSが活動しやすいのは海音ちゃんがファンをまとめてくれてるおかげだって奏人も言ってたし。

桜路くんにもそんなファンクラブがあれば違ったのかな⋯⋯。

「そうだっ!」

「何よ、急に大声なんかあげて。びっくりするじゃない」

「ごめん、海音ちゃん」

「別にいいけど」

「ねぇ、海音ちゃん。MEBIUSを守るのはわたしたちファンの役目だっていつも言ってるよね? それって過激なファンからも?」

「もちろんよ」

もし、桜路くんが環境のせいでピアノを弾かなくなってしまったのなら環境を用意すればいいんだ。

もう一度、ピアノを弾ける環境を。






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