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マレフィード家の大元は、ガーライア王国に征服された少数民族である、ムメ人きっての武の名家だ。アール朝の動乱期に狂王エンリの唯一の功績とされたものが、このムメ人の征服だった。自らの主君が討たれた後、民の安全と控えにガーライアの軍門に下ったこの雄々しい名家は、その由緒と気骨から貴族趣味の強かった狂王に丁重に迎え入れられ、ベンジャラマルの戦いで大きな戦果を上げ名をはせた。そのような経緯から、自分たちを征服したアール朝が、狂王エンリをもって断絶したことについて綴られたマレフィード家の回顧録の節の結句は、「審判はくだれり。ざまあミソラシド」でしめられていた。
この本来の母を失ったトラウマ的歴史を経て、ガーライアにとっては異母弟となったマレフィード家は、この国にある異質な遺伝子をもたらすこととなった。
それは、王への忠誠のみならず、先の通り、民のための剣、を第一のモットーとしてきたマレフィード家が有していた、貴族階級の子女に対してだけではなく、広く民衆全体に向けられてきた、巨大な博愛の精神だ。
現当主である夫、アンヌ・ド・マレフィード辺境伯も、自らが貴族でありながら、貴族であることを振りかざす連中を毛嫌いしていた。いつだったか、晩餐に招待した一人が冗談まじりに平民を小馬鹿にしたとき、彼が「確かに、目が見えなくては、どの人間も同じに思えてしまいますね。我々は、帽子をあまり目深に被りすぎないよう気をつけないといけませんよ。でないと、鼻にもかかってしまいますから。」と、全然婉曲的ではない物言いをして相手を戦慄させた、という話をお義母様から聞いて、私はゲラゲラと笑ってしまった。
隣国と接するが故に通商都市としても機能しているこの土地で、他国の貴族や商人相手に、「実際、私どもの敵はガーライアに他なりませんよ。」と冗談とも本気ともとれないことを言うのもしばしばだ。
こう聞くと、彼にもマレフィードの遺伝子が脈々と受け継がれていると思うだろうか?確かにそう見えなくもないだろう。
でも実際は、ーーもちろん、先祖代々の精神もそこにはあるけど、彼の場合は、外交的な配慮や思慮深さ、先祖の歴史からくるものでもなんでもなくて、大半の貴族が自国優越的で、平民を見下している中で、一歩差別化を図るためにそうしているだけに過ぎなかった。実に単純。私たちの婚礼の祭りの折にも、踊る平民の輪の中に飛び入りで参加すると、下手くそな踊りを披露して笑いと喝采を誘っていたものの、そこに民草たちの文化を習おうという姿勢は皆無だったし、ある意味で、誰よりも平民を見下しているからこそ、その圧倒的な距離がかえって表では彼と民を近づけていた。
10代の青年の頃からそうした話に事欠かず、民にも優しい彼の姿に、多くの令嬢が迷ったそうだ。私には、彼が女性たちの前で、さも平然と「我々も民も、同じ人間ですよ」などと笑顔で言いながら、内心これっぽっちもそんなこと思っていないのだと想像すると笑えて仕方がなかった。
要するに、彼は他の貴族とは違う自分が何よりも好きなのだ。庇う相手が惨めなほど、彼のその自己愛は肥った。
別に私はそこに愚かさも賢明さも見出しはしない。私が見出すのは、男どものよく分からないプライドは、その明解さと単純さ故にかわいいと思うことだけだ。
私には彼のそうした態度が、好物を差し出されても、いらないと首を振ることで大人ぶってみせる、子供のようにみえた。
私は、彼のそうした性分が嬉しかった。彼が夜はさて置いて、その他の面で私を真に大切に扱ってくれているのも、こうした流れの一環なのかもしれないとすら考えた。つまり、疑問視された私たちの結婚を押し通した上に、さらにあえて子を作らぬことで、子を産めぬ妻であっても大事にする善良な伯爵様、という彼のストーリーのために。考えすぎか。でもそれはそれで、私は面白いし嬉しいけど。
お義母様も私に対して、「こんな綺麗な娘ができてこれほど嬉しいことはありません。家族になったのだからあなたは私の大事な娘、万事焦ることなく、気を楽に仲良くやりましょうね。」と言ってくれた。
この家族が、善良であることは、間違いはないだろう。
この本来の母を失ったトラウマ的歴史を経て、ガーライアにとっては異母弟となったマレフィード家は、この国にある異質な遺伝子をもたらすこととなった。
それは、王への忠誠のみならず、先の通り、民のための剣、を第一のモットーとしてきたマレフィード家が有していた、貴族階級の子女に対してだけではなく、広く民衆全体に向けられてきた、巨大な博愛の精神だ。
現当主である夫、アンヌ・ド・マレフィード辺境伯も、自らが貴族でありながら、貴族であることを振りかざす連中を毛嫌いしていた。いつだったか、晩餐に招待した一人が冗談まじりに平民を小馬鹿にしたとき、彼が「確かに、目が見えなくては、どの人間も同じに思えてしまいますね。我々は、帽子をあまり目深に被りすぎないよう気をつけないといけませんよ。でないと、鼻にもかかってしまいますから。」と、全然婉曲的ではない物言いをして相手を戦慄させた、という話をお義母様から聞いて、私はゲラゲラと笑ってしまった。
隣国と接するが故に通商都市としても機能しているこの土地で、他国の貴族や商人相手に、「実際、私どもの敵はガーライアに他なりませんよ。」と冗談とも本気ともとれないことを言うのもしばしばだ。
こう聞くと、彼にもマレフィードの遺伝子が脈々と受け継がれていると思うだろうか?確かにそう見えなくもないだろう。
でも実際は、ーーもちろん、先祖代々の精神もそこにはあるけど、彼の場合は、外交的な配慮や思慮深さ、先祖の歴史からくるものでもなんでもなくて、大半の貴族が自国優越的で、平民を見下している中で、一歩差別化を図るためにそうしているだけに過ぎなかった。実に単純。私たちの婚礼の祭りの折にも、踊る平民の輪の中に飛び入りで参加すると、下手くそな踊りを披露して笑いと喝采を誘っていたものの、そこに民草たちの文化を習おうという姿勢は皆無だったし、ある意味で、誰よりも平民を見下しているからこそ、その圧倒的な距離がかえって表では彼と民を近づけていた。
10代の青年の頃からそうした話に事欠かず、民にも優しい彼の姿に、多くの令嬢が迷ったそうだ。私には、彼が女性たちの前で、さも平然と「我々も民も、同じ人間ですよ」などと笑顔で言いながら、内心これっぽっちもそんなこと思っていないのだと想像すると笑えて仕方がなかった。
要するに、彼は他の貴族とは違う自分が何よりも好きなのだ。庇う相手が惨めなほど、彼のその自己愛は肥った。
別に私はそこに愚かさも賢明さも見出しはしない。私が見出すのは、男どものよく分からないプライドは、その明解さと単純さ故にかわいいと思うことだけだ。
私には彼のそうした態度が、好物を差し出されても、いらないと首を振ることで大人ぶってみせる、子供のようにみえた。
私は、彼のそうした性分が嬉しかった。彼が夜はさて置いて、その他の面で私を真に大切に扱ってくれているのも、こうした流れの一環なのかもしれないとすら考えた。つまり、疑問視された私たちの結婚を押し通した上に、さらにあえて子を作らぬことで、子を産めぬ妻であっても大事にする善良な伯爵様、という彼のストーリーのために。考えすぎか。でもそれはそれで、私は面白いし嬉しいけど。
お義母様も私に対して、「こんな綺麗な娘ができてこれほど嬉しいことはありません。家族になったのだからあなたは私の大事な娘、万事焦ることなく、気を楽に仲良くやりましょうね。」と言ってくれた。
この家族が、善良であることは、間違いはないだろう。
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