春風のワンピース

第2節 「動揺とやさしさ」

　「えっ……沙耶さん？」

　僕の声は思ったよりも高く、女の子のように響いた。沙耶さんは一瞬きょとんとした顔をしたあと、僕の全身をじっと見つめた。パーカーの下から覗くスカート、薄く色づいた唇、そして普段よりも柔らかい雰囲気の僕。すべてを一瞬で理解したのだろう。沙耶さんの目が、ほんの少しだけ驚きに見開かれた。

　「……蒼真くん、だよね？」

　その声には、責めるような響きはなかった。それどころか、どこか優しさが混じっているように感じた。僕は思わずうつむき、頬が熱くなるのを感じた。

　「う、うん……」

　言葉が詰まる。心臓がバクバクして、手が震えているのが自分でもわかった。こんな姿を誰かに見られるなんて思ってもいなかった。しかも、それが沙耶さんだなんて。恥ずかしさと不安で、今すぐその場から逃げ出したい気持ちがこみ上げてくる。

　沙耶さんはしばらく僕を見つめたまま、何かを考えているようだった。けれど、やがてふっと表情を和らげて、僕の肩にそっと手を置いた。

　「ねえ、少し歩かない？」

　その言葉に救われた気がした。僕はうなずき、沙耶さんと並んで歩き出した。人通りの少ない裏通りを選んでくれるあたり、彼女のやさしさが伝わってくる。

　しばらく無言のまま歩いたあと、沙耶さんが口を開いた。

　「びっくりしたよ。でも、すごく似合ってる。可愛いじゃん」

　その言葉に、思わず顔を上げてしまった。沙耶さんはにこやかに微笑んでいる。僕は戸惑いながらも、少しだけ心が軽くなった気がした。

　「……ありがとう。でも、やっぱり恥ずかしいよ。誰かに見られたらどうしようって、ずっとドキドキしてて……」

　そう言うと、沙耶さんはうんうんと頷いた。

　「そりゃそうだよね。でも、勇気を出して外に出てみたんでしょ？それってすごいことだと思うよ」

　沙耶さんの言葉は、まるで魔法のように僕の心をほぐしていく。僕は少しずつ、自分の気持ちを話し始めた。

　「家ではよくメイクしてるんだ。ネットで見た女装の動画とか、参考にして……。でも、外に出るのは今日が初めてで」

　沙耶さんは興味深そうに僕の話を聞いてくれる。

　「そうなんだ。私、メイクとかファッション好きだから、よかったら今度一緒にやってみる？」

　その提案に、僕は思わず目を見開いた。まさか、こんなにあっさり受け入れてもらえるなんて思っていなかったからだ。

　「本当に……いいの？」

　「もちろん！せっかくだから、もっと可愛くなろうよ。私がプロデュースしてあげる！」

　沙耶さんの明るい声に、僕の胸は期待と不安でいっぱいになった。でも、ほんの少しだけ、世界が優しくなったような気がした。