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ツンデレとか言ったら呪い殺してやるからな。
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それからというもの、少年はたびたび姿を現すようになった。特に食への関心と安全面にはうるさく、1日1カップ麺生活だったのが今では極たまに1日1コンビニ弁当にまで進化した。あまりにも視界に入るからか、今日も飯を食え! と怒りに現れた少年を見上げると、男は
「あんたは一体何なんだ」
初めて少年の文句に答えるでもなく喋りかけた。少年はようやく聞いたかと言わんばかりに腕を組むと、高らかに名乗った。
「實村徳久という。ここに住んでおる幽霊じゃ」
「じゃあトク。あんたもこの部屋で死んだ人間なのか?」
「トク⁉ 人の名前を勝手に……。おぬしには礼儀というものがないのか」
「だめなのか。じゃあ徳久」
「トクで良い。死んだのはこの部屋ではない。ワシはこの建物ができるからずっと前からおる」
「ずっと前から? えーっと……江戸時代とか」
「たわけ! 考えが安直すぎるわ! 大方ワシのこの格好をしておるからその時代しか出てこんかったんじゃろうが」
「よくわかったな」
「感心するな! ワシが死んだのは昭和じゃ。意外と最近じゃろ?」
「まぁ……思ったよりは」
「なんじゃその微妙な反応は。それよりもほれ、おぬしも名乗らんか」
「忘れていた。俺は神崎祐二という」
「祐二か。とりあえずおぬしがここに住む以上、しばらくの付き合いになるんじゃ。よろしくな」
空中から差し出された手を見つめて、祐二も応じるように手を握ろうとして宙を切った。憮然とした表情で徳久を見上げる。
「触れないぞ」
「あほか! 無理に決まっとるじゃろう。形だけでも友好的にしてやろうというのにおぬしというやつは」
「それもそうか……よろしく」
祐二は改めて手を握りなおす。疑問が解けて満足したのだろう。少し前に沸いていたお湯をカップ麺に注ぐ。
「おぬし、そろそろ飽きんのか? 毎日毎日カップ麺、しかも同じ味ばかり食べておるだろう」
「これが一番安いんだ。あんた、俺の母親か? 口うるさいところがそっくりだ」
「ふん。おぬしが抜け殻のような生活をしておるからじゃ」
「これでも毎日楽しく過ごしているが」
「幅の狭いやつだの」
徳久は、胡坐をかく祐二の正面に座ると膝を立てた。代り映えしない風景に退屈を隠さず様子を眺めていると、祐二は怪訝そうに顔をあげる。
「まだ何かあるのか?」
「おぬし、本当に死ぬ気はないのか?」
「今のところは」
「だったらその生活をなんとかせい」
「やっぱり母親じゃないか」
「うるさいわ! 死ぬなら突然死ね。突発的に死ね。衝動的に自殺しろ! なんかこいつ死にそうじゃなって思いながら過ごしているワシの身にもなれ!」
唐突に死ねと連呼された祐二はきょとんとしている。
「心配しているのか?」
「違う! ワシの精神衛生上の問題じゃ!」
「こういうのなんて言うんだったか……」
「ツンデレとか言ったら呪い殺してやるからな」
「そう。それだ。ツンデレ。あんた、昭和の人間なのに詳しいな。ツンデレなんて言葉、昔からあったのか?」
「あるわけなかろう。おぬしの前の住人がツンデレは良いと、一人語っておったのじゃ」
「一人暮らしで話してるのはやばい奴だろう」
「やばいやつじゃったからおらんくなったんじゃろうて」
「死んだのか。そりゃそうか。事故物件だったもんな」
「……もう何も言わん」
いくら事故物件を借りている神経鈍い相手とはいえ生々しい話など聞きたくはないだろう。余計なことを言ったと口を噤んだ徳久。だが、当の祐二は気にした様子もない。辺りを見回して、どこで自殺したんだろうと探している。
「なぁトク」
「聞くな」
「ヒントだけでいいから」
「教えん」
「じゃあいいや」
そこまで興味もなかったのだろう。粘っても無駄だとわかった途端寝ころんでしまう。目を閉じて眠ろうとした祐二を邪魔したのは、徳久ではなく一本の電話。あからさまに苦い顔をして寝ころんだ体勢のまま腕を伸ばす。
「おぬしなぁ、その芋虫みたいな動きどうにかならんのか」
「ならないな。よいっしょと……はい、神崎です」
しばらく黙ったまま携帯を耳に当てているが、段々眉間の皴が深くなっていく。勢いをつけて起き上がると、話を聞きながら一週間以上床に放置されていたスーツを物干し竿にかける。
「じゃあまた明日」
ぺこりと誰もいない空間に頭を下げたのは日本人の性か。電話を切った途端に大きく深いため息。携帯を投げ捨ててまた寝転がる。それを見て、一応気を使ったのか通話中は距離をとっていた徳久が戻ってきた。心なしわくわくとした表情に見える。
「いよいよ仕事か?」
「嬉しいのか?」
「そりゃあここに来てからまるで無職のような生活をしとったからな」
「俺は結構気に入ってたんだが」
「働かざる者食うべからずという言葉を知らんのか」
「だから食べてなかったのに、あんたが食べさせようとしてるんだろ」
淡々と帰ってくる言葉に、徳久の表情は見る間に引きつっていき、
「ほんっとうに、おぬしはああ言えばこう言う……」
「嘘は言ってない」
「もう知らん。わしは帰る! 今日は早く寝るんじゃぞ!」
「寝ようとしてるじゃないか」
「ちがーう! ちゃんと身支度してから寝ろと言っとるんじゃ。このどあほが!」
殴ろうとした手は体の中に吸い込まれ、むかつきを抑えられないまま天井へと消えていったのだった。
「あんたは一体何なんだ」
初めて少年の文句に答えるでもなく喋りかけた。少年はようやく聞いたかと言わんばかりに腕を組むと、高らかに名乗った。
「實村徳久という。ここに住んでおる幽霊じゃ」
「じゃあトク。あんたもこの部屋で死んだ人間なのか?」
「トク⁉ 人の名前を勝手に……。おぬしには礼儀というものがないのか」
「だめなのか。じゃあ徳久」
「トクで良い。死んだのはこの部屋ではない。ワシはこの建物ができるからずっと前からおる」
「ずっと前から? えーっと……江戸時代とか」
「たわけ! 考えが安直すぎるわ! 大方ワシのこの格好をしておるからその時代しか出てこんかったんじゃろうが」
「よくわかったな」
「感心するな! ワシが死んだのは昭和じゃ。意外と最近じゃろ?」
「まぁ……思ったよりは」
「なんじゃその微妙な反応は。それよりもほれ、おぬしも名乗らんか」
「忘れていた。俺は神崎祐二という」
「祐二か。とりあえずおぬしがここに住む以上、しばらくの付き合いになるんじゃ。よろしくな」
空中から差し出された手を見つめて、祐二も応じるように手を握ろうとして宙を切った。憮然とした表情で徳久を見上げる。
「触れないぞ」
「あほか! 無理に決まっとるじゃろう。形だけでも友好的にしてやろうというのにおぬしというやつは」
「それもそうか……よろしく」
祐二は改めて手を握りなおす。疑問が解けて満足したのだろう。少し前に沸いていたお湯をカップ麺に注ぐ。
「おぬし、そろそろ飽きんのか? 毎日毎日カップ麺、しかも同じ味ばかり食べておるだろう」
「これが一番安いんだ。あんた、俺の母親か? 口うるさいところがそっくりだ」
「ふん。おぬしが抜け殻のような生活をしておるからじゃ」
「これでも毎日楽しく過ごしているが」
「幅の狭いやつだの」
徳久は、胡坐をかく祐二の正面に座ると膝を立てた。代り映えしない風景に退屈を隠さず様子を眺めていると、祐二は怪訝そうに顔をあげる。
「まだ何かあるのか?」
「おぬし、本当に死ぬ気はないのか?」
「今のところは」
「だったらその生活をなんとかせい」
「やっぱり母親じゃないか」
「うるさいわ! 死ぬなら突然死ね。突発的に死ね。衝動的に自殺しろ! なんかこいつ死にそうじゃなって思いながら過ごしているワシの身にもなれ!」
唐突に死ねと連呼された祐二はきょとんとしている。
「心配しているのか?」
「違う! ワシの精神衛生上の問題じゃ!」
「こういうのなんて言うんだったか……」
「ツンデレとか言ったら呪い殺してやるからな」
「そう。それだ。ツンデレ。あんた、昭和の人間なのに詳しいな。ツンデレなんて言葉、昔からあったのか?」
「あるわけなかろう。おぬしの前の住人がツンデレは良いと、一人語っておったのじゃ」
「一人暮らしで話してるのはやばい奴だろう」
「やばいやつじゃったからおらんくなったんじゃろうて」
「死んだのか。そりゃそうか。事故物件だったもんな」
「……もう何も言わん」
いくら事故物件を借りている神経鈍い相手とはいえ生々しい話など聞きたくはないだろう。余計なことを言ったと口を噤んだ徳久。だが、当の祐二は気にした様子もない。辺りを見回して、どこで自殺したんだろうと探している。
「なぁトク」
「聞くな」
「ヒントだけでいいから」
「教えん」
「じゃあいいや」
そこまで興味もなかったのだろう。粘っても無駄だとわかった途端寝ころんでしまう。目を閉じて眠ろうとした祐二を邪魔したのは、徳久ではなく一本の電話。あからさまに苦い顔をして寝ころんだ体勢のまま腕を伸ばす。
「おぬしなぁ、その芋虫みたいな動きどうにかならんのか」
「ならないな。よいっしょと……はい、神崎です」
しばらく黙ったまま携帯を耳に当てているが、段々眉間の皴が深くなっていく。勢いをつけて起き上がると、話を聞きながら一週間以上床に放置されていたスーツを物干し竿にかける。
「じゃあまた明日」
ぺこりと誰もいない空間に頭を下げたのは日本人の性か。電話を切った途端に大きく深いため息。携帯を投げ捨ててまた寝転がる。それを見て、一応気を使ったのか通話中は距離をとっていた徳久が戻ってきた。心なしわくわくとした表情に見える。
「いよいよ仕事か?」
「嬉しいのか?」
「そりゃあここに来てからまるで無職のような生活をしとったからな」
「俺は結構気に入ってたんだが」
「働かざる者食うべからずという言葉を知らんのか」
「だから食べてなかったのに、あんたが食べさせようとしてるんだろ」
淡々と帰ってくる言葉に、徳久の表情は見る間に引きつっていき、
「ほんっとうに、おぬしはああ言えばこう言う……」
「嘘は言ってない」
「もう知らん。わしは帰る! 今日は早く寝るんじゃぞ!」
「寝ようとしてるじゃないか」
「ちがーう! ちゃんと身支度してから寝ろと言っとるんじゃ。このどあほが!」
殴ろうとした手は体の中に吸い込まれ、むかつきを抑えられないまま天井へと消えていったのだった。
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