白水緑【掌握・短編集】

白水緑

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簡単なお仕事です。

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「そこのお前、バイトしないか?」

 脇道からそう声をかけられたのは暗い塾の帰り道。午後9時を過ぎた頃だった。声はイケメン、顔もまぁ悪くない。ただ、服装が残念極まりなくて。

「お金には困ってませんから」
「そういうなよ。一生できない体験をさせてやるぜ?」
「いくら出せば応じる?」
「だからしませんって」

 いつから着ているのかわからないほど、ボロボロの擦り切れた服。ギラギラとした目はまるで野獣のようで、少し気圧される。無視して帰ろうと歩きだすと、後ろをついてくる。

「ついてこないでください!」
「お前真面目だろ?絶対に楽しくなるからさ」
「意味わからないんですけど」
「いいから話くらい聞けよ」
「どうせ援交でしょ?それとも犯罪の片棒でも担がせるつもり?」

 仕方なく足を止めて、回り込んできた男を睨みつける。とはいえ、私よりも30cmも背の高い男には何の効果もなさそうだ。男は肩をすくめて私を見下ろす。

「これだからお子様は。いいか、今からお前は俺より先にあの店に入って、買い物をする。それから、俺に捕まる。これで10万やろう」
「じゅっ……」
「不満か?」
「そ、そういうもんだいじゃなくて」

 男が指し示したのは、まだまだ閉店が程遠いファーストフード店。買い物をするのはまだいい。問題は、捕まるという点だ。

「何をするつもりなの?」
「立てこもる」
「は?」
「聞こえなかったか?あの店に立てこもるって言ったんだ。お前に危害は加えないから、立てこもってる間、大人しく俺のそばにいろ」
「……」

 妙な人だとは思っていたが、完全にヤバい人だ。だけど、面白そう。

「要求は?」
「いや、やってみたかっただけだ。適当に抵抗してある程度のところで投降する。それまでの間面倒だから、抵抗しない人質が欲しい。おーけー?」

 おーけー?ではないと思うが、ここまで素直に喋っているせいか嫌な気はしない。

「いいよ。その代わりお金はちゃんと貰うからね」
「それはもちろん」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 それからの出来事はあっという間で、気がつけば私は人質として店内に2人きりだった。電話越しに警察と喋る男を横目に、一応受験生である私は教科書を広げていた。

「そこ、間違えてるぞ」
「え?」
「計算式をやりなおせ」

 時折覗きに来ては、私のノートにコメントをつけていく。あまりの的確さに首を傾げながら、言われるがままに直す。

「そろそろあいつら踏み込んでくるぞ。その辺のもん片付けてこっち来い」
「うん。窓から覗いてもいい?」
「ちょっと待て」

 捕まってる風を装うため、猿轡と後ろ手に縛られる。とはいえ緩い。腕を引っ張られて半ば無理矢理に窓の前まで連れていかれる。カーテンを少し上げてもらうと、ズラっと並んだパトカーとたくさんの警察官。その光景を上から見られるのだからわくわくする。警察も私が見ていることに気づいたのか、指さす人が多い。

「終わりだ」

 また腕を引っ張られ、私は窓から姿を消す。警察からは人質の無事がわかって少し安心というところだろうか。外してくれと、後ろ手に縛られた手をアピールするが、男はまだダメだと首を振る。

「そろそろ踏み込んでくるからな。自由にしておけばお前まで疑われるぞ」

 それは確かに。大人しく言葉に従って、拘束されたままその場に座る。警察の声は聞こえないものの、男は頻繁にやり取りをしているようで、思い通りにならないのか大きなため息が漏れる。こうしてすることもなく退屈に時間を過ごしていると、危機感のない自分が呑気なものだと思ってしまう。曲がりなりにも人質だと言うのに、言われるがまま。

「飲むか?」

 拘束を解かれペットボトルの水を飲む。また猿轡と腕を括られる。夜遅いこともあり、動き回る男を見ているうちに段々と眠くなり、気がつけば眠っていた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「大丈夫かい?しっかりして!」
「ぅ……」

 周りが煙い。火事の後のような臭いと、ざらざらとした床の感触。体を揺さぶられて瞬きを繰り返す。なんでこんな所に……。そう思ってから思い出す。立てこもりの人質となって、それから。

「あの人……犯人は……?」
「自殺したわ。さ、はやく病院に」

 そうなんだ。あの人の目的はなんだったんだろう。そう思いながら再び意識を失った。気づいた時には病院で、警察に話を聞かれて捕らわれていた間の話をした。疑われることはなくすぐに日常に戻れて、結局お金は貰えなかったなぁと思ったくらい。それでもまぁ非日常を知れたのは確かに興味深くて、ニュースで男の人物像を考察されているのを見ていたが、途中であまりにもかけ離れすぎていてやめた。もう少し、ゆっくり話したかったなぁ。

 私の中で、事件が風化してきた頃、あの時持っていた辞書をぱらぱらと引いていると間にお札が挟まっていた。数を数えるとちょうど10万円分と一通の手紙。随分と律儀らしい。そういえば貸したことがあったっけ。これはありがたく貰っておくことにしよう。手紙は約束だということにして保管しておくことにした。

『また会おう』

 次に会えるまでさようなら。
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