白水緑【掌握・短編集】

白水緑

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桜の咲く頃に

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 木枯らしが吹き雪が舞う12月に出会った女の子は手に絵葉書を持っていた。煤けて継ぎ接ぎだらけのその子が見せてくれた絵葉書には、このA町の街並みが白黒で綺麗に模写されていた。普段見ている風景が、こんなに綺麗にかけるだろうか。

「お兄さん、買ってくれない?」
「いいよ。君はどこの子?」
「あっちに住んでるの」

 指し示したのは橋。路上生活者がいることで有名だった。僕はカバンから財布と、それから高校を卒業してから使っていた色鉛筆を取り出した。画家を目指していたが僕にはもう必要ない。

「これあげる。良かったら使って」
「いいの⁉」
「うん。絵を描くの好きでしょ?」
「ありがとう!」

 女の子はぎゅっと抱きしめて一礼すると、橋の方へと走っていった。僕は買った絵葉書を手に、病院へと戻る。敷地内の散歩は許されていたものの外に出てしまったのがバレて怒られてしまったが、僕はそんなことお構い無しだった。その後サイドテーブルに絵葉書を飾り、毎日を過ごした。起きて検査して寝て、また起きたら検査する日々。見舞いに来る人もなく、親兄弟もいない。そんな怠惰ともいえる生活を無意味に繰り返していた。

 ある日、お医者さんとの面談を終えて病室に戻ろうと廊下を歩いていると、受付に立てかけられた小さな1枚の絵が目に入ってきた。葉書サイズのカラフルなイラスト。描かれているのは、僕が持っている絵葉書の場所から少し離れたところにある橋と、その脇に咲いたタンポポ。大人なら飛び越えられるような川幅にかかった小さな橋が、しっかりと頼りがいのある橋のように描かれていた。僕は咄嗟に受付の看護師さんに訊ねてみた。これは、誰が描いたのですか、と。すると看護師さんは、照れた表情で道端の少女から買ったと教えてくれた。

「なんてことない風景なんですけど、こうやって描かれるとまた違った一面が見えてくるんですよねぇ」
「僕も、その子から買った絵葉書を持っていますよ」
「あら先生のお知り合いですか?」
「いえ、偶然に出会って……。もし、今度会うことがあったら僕の病室から見える景色を描いて欲しいって伝えてください。それから、僕の画材を差し上げます、と」
「え……先生の商売道具を? もう描かれないんですか?」
「ええ治療を辞めることにしましたから。だから、よろしくお願いしますね」

 言葉を失ってしまった看護師さんを残して、僕は病室へと戻った。これでもう思い残すことは無い。治療をやめてあと数日の命の僕が、彼女に会うことはもうないだろう。彼女はどんな風にこの光景を描いてくれるだろうか。そして願わくば世界へと飛び立ってくれますよう。
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