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望みのままに
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夢を見た。
『 人を消す力をあげよう』
その声の主は分からなかったけど、人を消すことの出来る能力はとても魅力的で、僕は一も二もなく頷いた。
「ほら、朝よ!起きなさい勇大」
「もうちょっとだけ……」
「だめ!遅刻するわよ」
気持ちよく寝ていたのを無理やり起こされて僕は渋々制服に着替える。ふと、鏡を見た時にぼんやりとした夢での出来事を思い出した。使い方は、強く念じればいいんだったかな。
『 お母さん、消えてしまえばいいのに』
ほんの一瞬だけ強く念じたものの、何かが変わったようには感じない。カバンを持って1階に降りる。バタートーストのいい匂いが広がっていて、先に出たお父さんが飲んでいたのであろうコーヒーの残り香も混じっている。
「お母さん、夜ご飯はハンバーグ食べたい」
パンを食べながら夜ご飯のリクエストもいつものこと。だが、しばらく待っても返事がない。いつもは壁越しに聞こえる、はーい、という声が聞こえない。不審に思って洗い場に行ってみたが、やっぱりいない。
「お母さん……?」
まさか本当にいなくなってしまったのだろうか。いや、きっと何か足りないものがあって買い物にでも出かけてる。そう半ば無理やり自分を納得させて学校へ向かった。
「おはよう」
「おっはー」
教室に入るとそこかしこでそんな挨拶が交わされていて、僕もその輪の中に溶け込む。なんてことないただの日常。
「おっす。早いなお前ら」
この子は苦手だ。僕とは住んでいる世界が違う。直ぐに大声を出すし、手も出る。自分の言動が周りを威圧するとわかっていてやるから尚更タチが悪い。いなくなればいいのに。
「……えっ?」
ほんの少しいなくなれば、と願っただけなのに瞬きをした瞬間、姿が消えた。最初からいなかったかのよう。慌てて一緒にいた友達を見るが、何も気づいた様子はない。むしろ、どうした?と僕を訝しむ視線。僕は必死に何事もなかったフリをした。
授業中、これからどうしたらいいのかずっと考えていた。目の前で消えたのだ。もはや確信するしかない。2人もの人を僕は消してしまった。願うだけ、ほんの少しいなくなれと願うだけで願いが叶う。罪悪感と、いなくなっても周りは気付いていないという事実に、ならば最初からいなかったものと同じであるという極論。いないのなら、いなくなったところで問題ではない。僕は、この便利な力を得て酔いしれていた。嫌いな人間なんて、存在する価値がない。大切にしてくれる友達だけで十分だ。そう思えば思うほど、周りのクラスメイトも不要に思えてくる。自分に選ばれない人間は、そいつが悪いのだとそう錯覚するほど。
「いらない。こいつもいらない。あの子も僕のことをふったんだ、いらないよ……」
そう思うとどんどん人が消えていく。クラスメイトが半分くらいになったところでようやく人を消すのを辞めた。それでも残った友達は、誰もクラスメイトが減ったことに気付いていないようだ。放課後も嫌な先輩を消し、先生を消した。僕の学校生活は快適になった。
家に帰るとやっぱりお母さんがいなくてお腹がすいたけど、お父さんが帰ってくると何事も無かったかのように夕飯を作ってくれた。
「あれ?お母さんは?」
「何言ってるんだ。もう母さんはいないんだぞ」
「そう、だよね」
もういない。そう思うと不思議と物悲しい気持ちになった。他の人では感じなかった感情。やっぱり母親という存在は特別なのかもしれない。そう思いながらも、今更どうしようもない。僕はただこの生活を上手く楽しむだけだ。
それからの僕の生活は順風満帆だった。嫌な相手、ライバルそういった人たちをどんどん消していった。大学には推薦で入り、学年でも1位になった。その過程でクラスメイトや同級生たちは半分以下に減ったけど、それはそれで仕方がない。僕が1番になりたかったから。就活もスムーズに大企業に決まり、仕事もすぐに軌道に乗った。嫌な上司を消してもなんの問題もなく仕事は回った。満員電車に乗る人も、邪魔だからと消した。次々人を消していく度に、全能感とすっきりとした感覚になり、いつの間にかお父さんも従兄弟やおじさんおばさんまでもがいなくなっていた。
やがて20代後半になりさて、そろそろ結婚を、と思った時に気づいて愕然とした。もう自分以外の誰も居ないと。この世界には自分一人っきりで、なんの問題もなく生活出来ていたのは自分しかいないから。人がしていたことはいつの間にか機械に置き換わって、滞りなく見せ掛けていたに過ぎない。
どうしてこんなことに。今更思ったところで後の祭り。原因はわかっている。僕がいなくなって欲しいと願わなければこうはならなかぬた。今まで居なくなった人たちは戻せない。どうして楽しくやってこられたのだろう。こんな世界、生きていても楽しくない。
『僕なんていなくなればいいのに』
研究者はようやくカメラから顔を離した。患者の思考を読み取る機械。患者が今世界をどうみているのかを知ることができる。人権やプライバシーの観点からこの実験は一般の人間には禁止されていたが、自殺未遂の者への使用は認められていた。しかし、この研究をしている者の自殺未遂も後を絶たない。この患者も、かつては彼の上司だったのだから……。
『 人を消す力をあげよう』
その声の主は分からなかったけど、人を消すことの出来る能力はとても魅力的で、僕は一も二もなく頷いた。
「ほら、朝よ!起きなさい勇大」
「もうちょっとだけ……」
「だめ!遅刻するわよ」
気持ちよく寝ていたのを無理やり起こされて僕は渋々制服に着替える。ふと、鏡を見た時にぼんやりとした夢での出来事を思い出した。使い方は、強く念じればいいんだったかな。
『 お母さん、消えてしまえばいいのに』
ほんの一瞬だけ強く念じたものの、何かが変わったようには感じない。カバンを持って1階に降りる。バタートーストのいい匂いが広がっていて、先に出たお父さんが飲んでいたのであろうコーヒーの残り香も混じっている。
「お母さん、夜ご飯はハンバーグ食べたい」
パンを食べながら夜ご飯のリクエストもいつものこと。だが、しばらく待っても返事がない。いつもは壁越しに聞こえる、はーい、という声が聞こえない。不審に思って洗い場に行ってみたが、やっぱりいない。
「お母さん……?」
まさか本当にいなくなってしまったのだろうか。いや、きっと何か足りないものがあって買い物にでも出かけてる。そう半ば無理やり自分を納得させて学校へ向かった。
「おはよう」
「おっはー」
教室に入るとそこかしこでそんな挨拶が交わされていて、僕もその輪の中に溶け込む。なんてことないただの日常。
「おっす。早いなお前ら」
この子は苦手だ。僕とは住んでいる世界が違う。直ぐに大声を出すし、手も出る。自分の言動が周りを威圧するとわかっていてやるから尚更タチが悪い。いなくなればいいのに。
「……えっ?」
ほんの少しいなくなれば、と願っただけなのに瞬きをした瞬間、姿が消えた。最初からいなかったかのよう。慌てて一緒にいた友達を見るが、何も気づいた様子はない。むしろ、どうした?と僕を訝しむ視線。僕は必死に何事もなかったフリをした。
授業中、これからどうしたらいいのかずっと考えていた。目の前で消えたのだ。もはや確信するしかない。2人もの人を僕は消してしまった。願うだけ、ほんの少しいなくなれと願うだけで願いが叶う。罪悪感と、いなくなっても周りは気付いていないという事実に、ならば最初からいなかったものと同じであるという極論。いないのなら、いなくなったところで問題ではない。僕は、この便利な力を得て酔いしれていた。嫌いな人間なんて、存在する価値がない。大切にしてくれる友達だけで十分だ。そう思えば思うほど、周りのクラスメイトも不要に思えてくる。自分に選ばれない人間は、そいつが悪いのだとそう錯覚するほど。
「いらない。こいつもいらない。あの子も僕のことをふったんだ、いらないよ……」
そう思うとどんどん人が消えていく。クラスメイトが半分くらいになったところでようやく人を消すのを辞めた。それでも残った友達は、誰もクラスメイトが減ったことに気付いていないようだ。放課後も嫌な先輩を消し、先生を消した。僕の学校生活は快適になった。
家に帰るとやっぱりお母さんがいなくてお腹がすいたけど、お父さんが帰ってくると何事も無かったかのように夕飯を作ってくれた。
「あれ?お母さんは?」
「何言ってるんだ。もう母さんはいないんだぞ」
「そう、だよね」
もういない。そう思うと不思議と物悲しい気持ちになった。他の人では感じなかった感情。やっぱり母親という存在は特別なのかもしれない。そう思いながらも、今更どうしようもない。僕はただこの生活を上手く楽しむだけだ。
それからの僕の生活は順風満帆だった。嫌な相手、ライバルそういった人たちをどんどん消していった。大学には推薦で入り、学年でも1位になった。その過程でクラスメイトや同級生たちは半分以下に減ったけど、それはそれで仕方がない。僕が1番になりたかったから。就活もスムーズに大企業に決まり、仕事もすぐに軌道に乗った。嫌な上司を消してもなんの問題もなく仕事は回った。満員電車に乗る人も、邪魔だからと消した。次々人を消していく度に、全能感とすっきりとした感覚になり、いつの間にかお父さんも従兄弟やおじさんおばさんまでもがいなくなっていた。
やがて20代後半になりさて、そろそろ結婚を、と思った時に気づいて愕然とした。もう自分以外の誰も居ないと。この世界には自分一人っきりで、なんの問題もなく生活出来ていたのは自分しかいないから。人がしていたことはいつの間にか機械に置き換わって、滞りなく見せ掛けていたに過ぎない。
どうしてこんなことに。今更思ったところで後の祭り。原因はわかっている。僕がいなくなって欲しいと願わなければこうはならなかぬた。今まで居なくなった人たちは戻せない。どうして楽しくやってこられたのだろう。こんな世界、生きていても楽しくない。
『僕なんていなくなればいいのに』
研究者はようやくカメラから顔を離した。患者の思考を読み取る機械。患者が今世界をどうみているのかを知ることができる。人権やプライバシーの観点からこの実験は一般の人間には禁止されていたが、自殺未遂の者への使用は認められていた。しかし、この研究をしている者の自殺未遂も後を絶たない。この患者も、かつては彼の上司だったのだから……。
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