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第二章 サイケデリック革命ラバーズ
感性女児が、ふたり
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「そ、それですから、ぐすっ、そゆ、わけなのですっ、ぐすぐすっ」
副委員長の恩田さん――もとい、恩田春子は裏庭のまだ座れそうな段差の上に座って、ぐずぐずぐずぐずさっきから泣いている。その隣に座って、恩田の話にいつのまにかのめり込んで共感も同調もしまくったらしいローザも、ぐすぐすぐすぐすと涙をともにしている。オレはここでわかりやすく頭痛でも起きりゃいいのにと思って腕を組んで立っている。
感性女児が二倍になったという仮説をオレは否定したいもんだが、残念ながらこいつら見てると否定材料がなにひとつとして見つからねえ。
「は、春子……それは、さぞかしつらかったんでしょうね……ううっ……ぐすぐす……」
こいつら泣きかたがいっしょなんだよな。こわい。
まあ……恩田がだらだらぐずぐずと話したことというのは、こういうことだ。
最初は明るく話していたのだ。明るくというか、興奮状態だったなありゃ。早口すぎてオレはドン引きながら聴いてたんだが。
「恩田春子と神井元樹はディスティニー的な幼なじみ。春子は、ずっとモトちゃんに恋い焦がれていた。だって幼稚園のお砂場で婚約もした。モトちゃんはとっても優秀。小学校のときから中学生のいままで、みんなの人気者のモトちゃんは万年学級委員長。春子は、モトちゃんの隣に寄り添ってずっと副委員長をつとめてきたの。影となり日向となり、ね? モトちゃんの言うことはぜーんぶ正しいの。無視することも、暴力をふるわせることも、恥ずかしい写真を撮ることも。だってぜんぶ、みんなのためにやってるんだよ? 委員長だもん。春子、もっともっとモトちゃんのこと好きになっちゃうな。こういうのって、内助の功っていうんでしょ、なーんて! きゃーっ! でも春子はモトちゃんのお嫁さんになるんだもんね、実質妻だもんね!」
……実質、妻、ですか。はい。いやいやなにも突っ込まないよ、どうぞ続きを話してくれたまえ、うん……と。話を促すと、ここらへんからぐずぐずと泣きはじめて。
「モトちゃん、中学に入ったら春子に厳しくなっちゃったの。でもモトちゃんは春子の教育っていうから、春子、がんばって耐えたのよ。だってモトちゃんが間違ってるわけないものね? おまえはぜったいに垢抜けるなよっていうのもわかるわよ。モトちゃん、春子がほかのオトコに取られないか心配なんでしょ? わかってるわよー。でも……。春子の大好きな黒魔術とか超心理学とか春子だけの神さまとか、そういうのはやめなさいって言われちゃったの。春子、それだけはだめだったの。春子は、春子の神さまから、離れちゃうわけはいかないの。だって春子をここまで導いてきてくれて、モトちゃんとディスティニー的な運命にしてくれたのも、春子の神さまなんだよそう言ったんだけどモトちゃんは聴いてくれなかった。……春子を、ゴミを見るような目で見たの。春子なのに、だよ? 春子、とっても……悲しかった」
このあたりからローザが鼻をすすりはじめた。……この話のどこに泣く要素があるんだよとオレは思った。ただのサイケ女じゃねーかよこいつ。地味で野暮でサイケとか、テンプレまんまのようでいてなんかこいつよくわからん。感性がなにかと女児なところが妙にローザと似てるんだよ。語り口調とか女児向け漫画じゃねえかよ、すでに。
「でも、わかったんだぁ。春子、モトちゃんのこと信じてたもん。だって春子はモトちゃんのお嫁さんになる女のコなんだよ。モトちゃんはね! 邪神に、惑わされてるだけなのですっ。かわいそうなモトちゃん。春子、ぜーったいにモトちゃんのこと助けてあげるんだから! ……革命しなきゃ。革命を。早く。一日も一刻も一分も早くよ恩田春子! 教室を革命することによって邪神の居場所をなくすの。だいじなのはスペースなのよ。できる、春子、あなたならできるから……」
……やべえんじゃねえか、こいつ。いや、断言していいか。やばいな。
ローザはもうすっかり感動しているようだった。……あれー。オレの幼なじみも、やばいのかなー。やばいのは知ってたけどオレの想像以上だぞーっ。
「つまり春子。あなたは、だいじなだいじな幼なじみを、その身を挺して助けようとしているのね?」
「そうなのですロザラインさんっ。わかってくださいますかっ」
「わかる、わかるわ、幼なじみってだいじだものっ。あなたいい人間ね。けなげで善良だわ。まるで妖精みたい! 私のことはローザと呼んでかまわないわよ」
「ローザっ!」
「春子っ!」
ひしっと抱き合うふたりの女児……ふたりともいちおう、思春期の少女。
……えぇー。なにこの茶番。燃え尽きた灰のごとく、オレだけコメディ界に取り残されてるーっ。
ローザは春子の両手をしっかり握り、きゅっと唇を結んだ。そして厳かともいえる優等生な口調で言う。
「春子。あなたの敵というのは、いったいだれなの?」
「――女狐よ」
声が、一気に低くなる。いままでのキンキンとうるさかった声もやばいが、まあ、これもだいぶキテる感ある。
いっぽうでローザはきょとんとしている。
「……きつね? きつねなんて、かわいいもんじゃない。賢いし、長く生きれば大自然と妖精とともに生きてくれるわ。きつねだったら妖精である私は話せるけど……?」
「ローザ。違う。そういうことじゃないと思う」
思わず真顔で、真面目に突っ込んじまったよ。
「ほんとっ?」
恩田はぱあっと顔を輝かせた。……おいおいおいおい。
「ええ、ほんとよ。優等生の私に任せなさい! なにせ私たちは人間を助けるために存在しているのだからね」
「ありがとう、ローザ! ローザって、とっても頼もしいのね! 春子、あなたを利用しようとしていたなんて、自分がほんとに恥ずかしい……これからも友だちでいてね、ローザ!」
「……あー。はいはい。春子さん? そういうのいいから。なにをどうすりゃいいんですかね。……おまえもあんま安請け合いすんなよな」
「だって困っているひとがいたら見過ごせるわけないじゃない? ねえ春子――」
ローザの言葉が、止まった。
それほどまでに憎悪に燃えた顔をしていた。めらめらと。……漫画的表現にでもしなければあまりの感情の強さに、オレだって怯んでしまいそうになるくらい。
恩田は地底から響いてくるかのような声で言う。
「ころ、して、ください」
なぜか――オレを、睨み上げた。ぎらぎらと血走っていて、でも――違う。それだけじゃ、ない、それだけに留まらない。
オレは背筋が寒くなる。――妖精としてのオレの本能だ。オレだっていちおうは妖精、人間を助けることを存在意義とし、善良をその本質とする妖精族のひとり――その本能が、なにかがやばいと告げている。……こいつはただの変な女ってだけじゃない、と。
「かみさま、かみさま。……女狐を。篠町紫《しのまちゆかり》を、殺してください」
篠町紫。
その名前は、わかる……あいつか。クラスにいる、あの、きらっきらしたモンが大好きな女。かばんにも首にも腕にも唇にも頬にもとにかくキラキラしたもんをつけている。それなのに笑顔はキラキラしてなくて、気だるげにひとを馬鹿にしたように笑うのが得意な女だ。――たしかによく神井のそばにいるなあいつ。ときどき、ボディータッチなんかしちゃってたなあ……。
スッ、と。
恩田はこちらの世界に戻ってきたっぽかった。
「……ねえ、魔法使いなんでしょう? 春子は、あなたたちに、お願い、できるでしょう? ……魔法使いはかみさまの仲間なんだもの」
答えたのはローザのほうだった。
「わかったわ、きつねよね。私たちに任せといて! 動物と話すのは得意よ」
「ローザ。おまえ、なにも感じないのか?」
んーっ? とこちらを振り向いたその笑顔は――ああ、だいじょうぶだ、たしかに強張っている。作り笑顔だ。やり過ごすための、仮面としての笑顔だ。
――善良をそもそもの本質とする妖精族のオレたちは感じないわけがないのだ。
善良でないものも多分に本質とする、人間の、その深淵の気配というものを。
副委員長の恩田さん――もとい、恩田春子は裏庭のまだ座れそうな段差の上に座って、ぐずぐずぐずぐずさっきから泣いている。その隣に座って、恩田の話にいつのまにかのめり込んで共感も同調もしまくったらしいローザも、ぐすぐすぐすぐすと涙をともにしている。オレはここでわかりやすく頭痛でも起きりゃいいのにと思って腕を組んで立っている。
感性女児が二倍になったという仮説をオレは否定したいもんだが、残念ながらこいつら見てると否定材料がなにひとつとして見つからねえ。
「は、春子……それは、さぞかしつらかったんでしょうね……ううっ……ぐすぐす……」
こいつら泣きかたがいっしょなんだよな。こわい。
まあ……恩田がだらだらぐずぐずと話したことというのは、こういうことだ。
最初は明るく話していたのだ。明るくというか、興奮状態だったなありゃ。早口すぎてオレはドン引きながら聴いてたんだが。
「恩田春子と神井元樹はディスティニー的な幼なじみ。春子は、ずっとモトちゃんに恋い焦がれていた。だって幼稚園のお砂場で婚約もした。モトちゃんはとっても優秀。小学校のときから中学生のいままで、みんなの人気者のモトちゃんは万年学級委員長。春子は、モトちゃんの隣に寄り添ってずっと副委員長をつとめてきたの。影となり日向となり、ね? モトちゃんの言うことはぜーんぶ正しいの。無視することも、暴力をふるわせることも、恥ずかしい写真を撮ることも。だってぜんぶ、みんなのためにやってるんだよ? 委員長だもん。春子、もっともっとモトちゃんのこと好きになっちゃうな。こういうのって、内助の功っていうんでしょ、なーんて! きゃーっ! でも春子はモトちゃんのお嫁さんになるんだもんね、実質妻だもんね!」
……実質、妻、ですか。はい。いやいやなにも突っ込まないよ、どうぞ続きを話してくれたまえ、うん……と。話を促すと、ここらへんからぐずぐずと泣きはじめて。
「モトちゃん、中学に入ったら春子に厳しくなっちゃったの。でもモトちゃんは春子の教育っていうから、春子、がんばって耐えたのよ。だってモトちゃんが間違ってるわけないものね? おまえはぜったいに垢抜けるなよっていうのもわかるわよ。モトちゃん、春子がほかのオトコに取られないか心配なんでしょ? わかってるわよー。でも……。春子の大好きな黒魔術とか超心理学とか春子だけの神さまとか、そういうのはやめなさいって言われちゃったの。春子、それだけはだめだったの。春子は、春子の神さまから、離れちゃうわけはいかないの。だって春子をここまで導いてきてくれて、モトちゃんとディスティニー的な運命にしてくれたのも、春子の神さまなんだよそう言ったんだけどモトちゃんは聴いてくれなかった。……春子を、ゴミを見るような目で見たの。春子なのに、だよ? 春子、とっても……悲しかった」
このあたりからローザが鼻をすすりはじめた。……この話のどこに泣く要素があるんだよとオレは思った。ただのサイケ女じゃねーかよこいつ。地味で野暮でサイケとか、テンプレまんまのようでいてなんかこいつよくわからん。感性がなにかと女児なところが妙にローザと似てるんだよ。語り口調とか女児向け漫画じゃねえかよ、すでに。
「でも、わかったんだぁ。春子、モトちゃんのこと信じてたもん。だって春子はモトちゃんのお嫁さんになる女のコなんだよ。モトちゃんはね! 邪神に、惑わされてるだけなのですっ。かわいそうなモトちゃん。春子、ぜーったいにモトちゃんのこと助けてあげるんだから! ……革命しなきゃ。革命を。早く。一日も一刻も一分も早くよ恩田春子! 教室を革命することによって邪神の居場所をなくすの。だいじなのはスペースなのよ。できる、春子、あなたならできるから……」
……やべえんじゃねえか、こいつ。いや、断言していいか。やばいな。
ローザはもうすっかり感動しているようだった。……あれー。オレの幼なじみも、やばいのかなー。やばいのは知ってたけどオレの想像以上だぞーっ。
「つまり春子。あなたは、だいじなだいじな幼なじみを、その身を挺して助けようとしているのね?」
「そうなのですロザラインさんっ。わかってくださいますかっ」
「わかる、わかるわ、幼なじみってだいじだものっ。あなたいい人間ね。けなげで善良だわ。まるで妖精みたい! 私のことはローザと呼んでかまわないわよ」
「ローザっ!」
「春子っ!」
ひしっと抱き合うふたりの女児……ふたりともいちおう、思春期の少女。
……えぇー。なにこの茶番。燃え尽きた灰のごとく、オレだけコメディ界に取り残されてるーっ。
ローザは春子の両手をしっかり握り、きゅっと唇を結んだ。そして厳かともいえる優等生な口調で言う。
「春子。あなたの敵というのは、いったいだれなの?」
「――女狐よ」
声が、一気に低くなる。いままでのキンキンとうるさかった声もやばいが、まあ、これもだいぶキテる感ある。
いっぽうでローザはきょとんとしている。
「……きつね? きつねなんて、かわいいもんじゃない。賢いし、長く生きれば大自然と妖精とともに生きてくれるわ。きつねだったら妖精である私は話せるけど……?」
「ローザ。違う。そういうことじゃないと思う」
思わず真顔で、真面目に突っ込んじまったよ。
「ほんとっ?」
恩田はぱあっと顔を輝かせた。……おいおいおいおい。
「ええ、ほんとよ。優等生の私に任せなさい! なにせ私たちは人間を助けるために存在しているのだからね」
「ありがとう、ローザ! ローザって、とっても頼もしいのね! 春子、あなたを利用しようとしていたなんて、自分がほんとに恥ずかしい……これからも友だちでいてね、ローザ!」
「……あー。はいはい。春子さん? そういうのいいから。なにをどうすりゃいいんですかね。……おまえもあんま安請け合いすんなよな」
「だって困っているひとがいたら見過ごせるわけないじゃない? ねえ春子――」
ローザの言葉が、止まった。
それほどまでに憎悪に燃えた顔をしていた。めらめらと。……漫画的表現にでもしなければあまりの感情の強さに、オレだって怯んでしまいそうになるくらい。
恩田は地底から響いてくるかのような声で言う。
「ころ、して、ください」
なぜか――オレを、睨み上げた。ぎらぎらと血走っていて、でも――違う。それだけじゃ、ない、それだけに留まらない。
オレは背筋が寒くなる。――妖精としてのオレの本能だ。オレだっていちおうは妖精、人間を助けることを存在意義とし、善良をその本質とする妖精族のひとり――その本能が、なにかがやばいと告げている。……こいつはただの変な女ってだけじゃない、と。
「かみさま、かみさま。……女狐を。篠町紫《しのまちゆかり》を、殺してください」
篠町紫。
その名前は、わかる……あいつか。クラスにいる、あの、きらっきらしたモンが大好きな女。かばんにも首にも腕にも唇にも頬にもとにかくキラキラしたもんをつけている。それなのに笑顔はキラキラしてなくて、気だるげにひとを馬鹿にしたように笑うのが得意な女だ。――たしかによく神井のそばにいるなあいつ。ときどき、ボディータッチなんかしちゃってたなあ……。
スッ、と。
恩田はこちらの世界に戻ってきたっぽかった。
「……ねえ、魔法使いなんでしょう? 春子は、あなたたちに、お願い、できるでしょう? ……魔法使いはかみさまの仲間なんだもの」
答えたのはローザのほうだった。
「わかったわ、きつねよね。私たちに任せといて! 動物と話すのは得意よ」
「ローザ。おまえ、なにも感じないのか?」
んーっ? とこちらを振り向いたその笑顔は――ああ、だいじょうぶだ、たしかに強張っている。作り笑顔だ。やり過ごすための、仮面としての笑顔だ。
――善良をそもそもの本質とする妖精族のオレたちは感じないわけがないのだ。
善良でないものも多分に本質とする、人間の、その深淵の気配というものを。
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