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第二章 サイケデリック革命ラバーズ
人間を、助けてあげたいって思うでしょう
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大丈夫大丈夫、大丈夫ダヨーとふたりして恩田をどうにかこうにかなだめすかして、オレはなぜかカタコトになってしまって、ローザとレオンってほんとに外国人なのね! すてき! などと恩田がうっとりしはじめたところで、攻めた、ほら、今ここで恩田とオレらが一緒に教室に戻ったら怪しいだろ? な? ってどうにかこうにか説得して、ローザとふたりきりになって、裏庭で、そして今である。
後五分で午後の授業が始まるっぽくて、みなさん時間に余裕を持って教室に入りましょうというハキハキしたアナウンスの後、校内には音質の悪いクラシック曲が流れている。牧歌的なメロディは、却って不安を煽ってくる。
オレとローザは笑顔で春子を見送った立ち位置のまま、その背中が消えた途端にくるりと向き合った。
「――で? どうすんだよおまえ……安請け合いしやがって……!」
「レオンだって止めてくれなかったじゃないっ!」
「何だよそれ超理論だろ! 引き受けたのはおまえだろうが!」
ローザの赤い瞳に、じわっと透明な涙が滲む。……あー。あー、もう。
「だって、だって……か、かわいそうだと思ったから……だってずっと幼馴染が好きだったとか……いうから。ねえ、レオンはそういうのわかんないの?」
オレはくしゃりと頭に手をやった。
「……でもまあ。だから、かもしんねえよな」
「何の話?」
「オレたちの留学先がこんな学校な理由だよ」
オレは、灰色のコンクリートの校舎を見上げる。
「……理由がないわけ、ないだろ。長老さまたちが決めたことだ。……ここで、なんか学んで来いってことなんだろ。なんかオレら、人間に意味があるとかなんとか、大事なこと決めなきゃいけないようだし」
するとローザは、くすりとおかしそうに笑った。
「なんだよ、その面白い顔」
「面白い顔ってなによ! 面白そうな顔って言ってよ、意味が違ってきちゃうじゃない!」
「いや。面白い顔、で合ってる」
「何よ、それ……まあそれは今はいいわ。ううん、あのね、レオンもなんだかんだで妖精なんだなって思って。あっちじゃ全然妖精らしくなかったけど、やっぱり、人間界に来ると違うものなのね。だって妖精は善良を本質とする」
「そんなんじゃねえよ。オレは、おまえみたいな大したタマじゃない。オレはしばらくは自然に還りたくないだけだ。積みゲーを崩す時間と未来の積みゲーを崩していくまでの時間が稼げなきゃってだけ」
ローザはもう一回、くすっと笑った。
「……それでもいいんじゃない? とにかく、あの子。どうにかしましょ」
「見捨てていいんじゃねえのかアイツ。っていうかアイツやべえだろ。下手に首突っ込むと、おまえだって危険になるかもしんねえぞ? ……わかんだろ。アイツ、纏ってるオーラが半端じゃねえよ」
「レオンは妖精なのに、見捨てるとか、そんなことができるわけ?」
その言葉に、咎めるような様子は全くなく。ただ、ローザはにこにこにこにこと笑っているだけ、――何がそんなに嬉しいんだか。
ローザはいつもそうだ。市場のおばちゃんが湖のほとりで酒の樽が重すぎてぎっくり腰になってたときも、子どもがロッドを海に落としてしまったときも、おじいちゃんの魔法のキレが悪くなって森で迷子になっていても。いつも、この笑顔で他人を助け続ける。嫌な顔ひとつせず。お礼も見返りも求めていない。きっと、本気だ。
善良を本質とするなんていうのは、オレは、妖精一般ではなくローザそのひとのことを言っているのだと、幼い頃はそう思い込んでいた。
たぶん今も、心のどこかではそう信じているのだろう。全く馬鹿馬鹿しいことに。
「……私は春子と知り合えてよかったもん。春子はちょっと変なところもあるけど、やっぱり彼女も根は善良なのよ。……あの教室がおかしいのはたぶんなにかがおかしいんだわ。レオンだって、あの風。――紫色の風を感じるでしょう?」
「ああ。――めちゃくちゃ感じるよ」
「助けてあげたいって……思うでしょ?」
オレはいつもの居心地の悪さを感じる。
思わない。……オレは別に、そう思わないのだ。
後五分で午後の授業が始まるっぽくて、みなさん時間に余裕を持って教室に入りましょうというハキハキしたアナウンスの後、校内には音質の悪いクラシック曲が流れている。牧歌的なメロディは、却って不安を煽ってくる。
オレとローザは笑顔で春子を見送った立ち位置のまま、その背中が消えた途端にくるりと向き合った。
「――で? どうすんだよおまえ……安請け合いしやがって……!」
「レオンだって止めてくれなかったじゃないっ!」
「何だよそれ超理論だろ! 引き受けたのはおまえだろうが!」
ローザの赤い瞳に、じわっと透明な涙が滲む。……あー。あー、もう。
「だって、だって……か、かわいそうだと思ったから……だってずっと幼馴染が好きだったとか……いうから。ねえ、レオンはそういうのわかんないの?」
オレはくしゃりと頭に手をやった。
「……でもまあ。だから、かもしんねえよな」
「何の話?」
「オレたちの留学先がこんな学校な理由だよ」
オレは、灰色のコンクリートの校舎を見上げる。
「……理由がないわけ、ないだろ。長老さまたちが決めたことだ。……ここで、なんか学んで来いってことなんだろ。なんかオレら、人間に意味があるとかなんとか、大事なこと決めなきゃいけないようだし」
するとローザは、くすりとおかしそうに笑った。
「なんだよ、その面白い顔」
「面白い顔ってなによ! 面白そうな顔って言ってよ、意味が違ってきちゃうじゃない!」
「いや。面白い顔、で合ってる」
「何よ、それ……まあそれは今はいいわ。ううん、あのね、レオンもなんだかんだで妖精なんだなって思って。あっちじゃ全然妖精らしくなかったけど、やっぱり、人間界に来ると違うものなのね。だって妖精は善良を本質とする」
「そんなんじゃねえよ。オレは、おまえみたいな大したタマじゃない。オレはしばらくは自然に還りたくないだけだ。積みゲーを崩す時間と未来の積みゲーを崩していくまでの時間が稼げなきゃってだけ」
ローザはもう一回、くすっと笑った。
「……それでもいいんじゃない? とにかく、あの子。どうにかしましょ」
「見捨てていいんじゃねえのかアイツ。っていうかアイツやべえだろ。下手に首突っ込むと、おまえだって危険になるかもしんねえぞ? ……わかんだろ。アイツ、纏ってるオーラが半端じゃねえよ」
「レオンは妖精なのに、見捨てるとか、そんなことができるわけ?」
その言葉に、咎めるような様子は全くなく。ただ、ローザはにこにこにこにこと笑っているだけ、――何がそんなに嬉しいんだか。
ローザはいつもそうだ。市場のおばちゃんが湖のほとりで酒の樽が重すぎてぎっくり腰になってたときも、子どもがロッドを海に落としてしまったときも、おじいちゃんの魔法のキレが悪くなって森で迷子になっていても。いつも、この笑顔で他人を助け続ける。嫌な顔ひとつせず。お礼も見返りも求めていない。きっと、本気だ。
善良を本質とするなんていうのは、オレは、妖精一般ではなくローザそのひとのことを言っているのだと、幼い頃はそう思い込んでいた。
たぶん今も、心のどこかではそう信じているのだろう。全く馬鹿馬鹿しいことに。
「……私は春子と知り合えてよかったもん。春子はちょっと変なところもあるけど、やっぱり彼女も根は善良なのよ。……あの教室がおかしいのはたぶんなにかがおかしいんだわ。レオンだって、あの風。――紫色の風を感じるでしょう?」
「ああ。――めちゃくちゃ感じるよ」
「助けてあげたいって……思うでしょ?」
オレはいつもの居心地の悪さを感じる。
思わない。……オレは別に、そう思わないのだ。
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