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第二章 サイケデリック革命ラバーズ
教室の王
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神井の愛想笑いはあまりにも近くて、教室の様子を耳以外で伺うことさえもできない。ワンツースリーと数を数え続けるこの教室はどう考えても、異様だし、きっと異常だ。
「……こういうこと、だよ?」
神井が――喋った。あくまでもいつもの落ち着きをもってして。いつもと違うのは、息がかかるほどの距離であるということだけで。
神井の吐く息はあごのあたりにかかったが、熱くも冷たくもなかった。体臭というものもなかった、よい匂いであれ悪い臭いであれ、皆無だ。神井はとてつもなく気持ち悪いヤツだと思うのに――体感的には、神井は気持ち悪くもないのが不思議だった。
と、いうか……色がない。コイツは、無色透明。
それなのに本来強い青色であるオレの色に一切の影響を受けず、にこにこにこにこと、怒るでもなく諭すでもなく語りかけてくるのだ。
「ねえ。東風レオンハルトくん。あなたは優秀なひとだと思うよ。……あなたの幼馴染と違ってね?」
オレのことはいくらでも言うがいい。
だが――ローザのことだけは、駄目だ。
「――ん、だとおまえ、ローザのことなんも知らねえくせに、」
「それを言ったらあなただって僕たちのことを知らないだけ。きっとあなただって僕たちのことをめちゃくちゃ決めつけているわけでしょう? ねえ、みんな。僕たちの大事な仲間のひとりである恩田春子さんは、休み時間、レオンハルトくんとロザラインさんの思い込みを、じっくりと聴いてきてくれたそうなのだよ? ねえ、そうなんだよね……春子?」
「……モ、モトちゃ……あ、ううん、違うの違いますの、そうなのですよみなさま、えへへぇ、神井、くんの言う通りですよ? ……えへへ」
「――おい恩田てめえもしかしてオレたちのこと頼るふりして、」
「……ねえ。それだからレオンハルトくん? 僕はあなたひとりに向けていま、語りかけるのですけれど。無知っていうのは怖いんです。でも罪とまで僕は言いませんよ? いま気づけばそれでいい。改心すれば、それでいい。……この教室のみんなだって、そうやって心を改めて、僕の仲間となってきたんです」
「なんだよそれ……まるでどっかのえらい王サマみたいに、」
「王ですよ?」
神井は、言い切った。……王、というより失敗作の仏像みたいなのっぺりとした笑顔で。
「僕は、この教室の帝王です」
オレは、反応が遅れた。
「――なに言ってんだおまえ、気持ち悪ぃ……」
神井は怯むこともない。
「改めて、僕たち三年一組を紹介しましょうか。三年一組の担任は丸子聖那先生。ひとクラスだけしかない僕たちの学年ですが、三年一組は、時間をかけて友情を育んできたとっても仲のよいクラスです。団結力も協調性も、全てが、素晴らしい」
「……んだよそれ、この期に及んできれいごと言いやがってよ!」
「きれいごと、ですか。……でも、今どき、きれいごとを言えるということの価値が。東風レオンハルトくん、この教室に来たばかりのあなたにわかりますか?」
「……なんだよ、だから、そういうの」
「誰がなんと言ったって、この教室は、きれいごとを言える数少ない場所なんです」
神井はずっとずっと穏やかなままで。
「……その為の王さま、帝王さま、神さまが、僕」
神井は、右腕を伸ばして指し示す。
「監視員が、恩田春子」
オレがそちらを見ると、春子は――バツが悪そうに目を逸らし俯いた。
「――恩田やっぱてめっ、チクったのかっ」
「……春子を責めないでやってくれるかな。あなたが立ち向かいたいのは、僕なのだろう?」
「――ああ。ああ、そうだよ、オレがぶっ倒したいのはアンタだよ。気味の悪ぃ教室作りやがって」
神井は目を細めた。
「作りやがって、か、ははっ、僕こそがこの教室の空気をクリエイトしたと気づいてもらえたということかな? それは光栄だね」
「ちげぇよてめえ、どこまでおめでたい頭してるんだよ」
「……僕の話は、まだ途中なわけだけど。それで、篠町紫というのがいるだろう――彼女がこの教室の、そうだねなんと言えばあなたにも伝わるのか、つまり彼女は――占い師、というわけだ。社会的役割としての占い師、というわけだね」
「占い師?」
「……あなたは、この教室の空気がわかるんだろう? 春子から聞いたよ、……視えるんだってね、そういうの。だったら気づかなかったかな? 篠町紫、彼女のことを」
この教室で、モブみたいに固まらないで今この状況において名前を持つのは、オレと、ローザと、神井と、春子だけかと思っていた。
しかし、言われてみて感覚の感度を研ぎ澄ませてみれば確かに――もうひとり、いた。三十七人のなかの、ひとり……いや、違う。目を凝らせばそれはこの場でモブたちのなかに紛れながらもスポットライトが確かに当たっているふたり、とでも言えばいいのか。
「……こういうこと、だよ?」
神井が――喋った。あくまでもいつもの落ち着きをもってして。いつもと違うのは、息がかかるほどの距離であるということだけで。
神井の吐く息はあごのあたりにかかったが、熱くも冷たくもなかった。体臭というものもなかった、よい匂いであれ悪い臭いであれ、皆無だ。神井はとてつもなく気持ち悪いヤツだと思うのに――体感的には、神井は気持ち悪くもないのが不思議だった。
と、いうか……色がない。コイツは、無色透明。
それなのに本来強い青色であるオレの色に一切の影響を受けず、にこにこにこにこと、怒るでもなく諭すでもなく語りかけてくるのだ。
「ねえ。東風レオンハルトくん。あなたは優秀なひとだと思うよ。……あなたの幼馴染と違ってね?」
オレのことはいくらでも言うがいい。
だが――ローザのことだけは、駄目だ。
「――ん、だとおまえ、ローザのことなんも知らねえくせに、」
「それを言ったらあなただって僕たちのことを知らないだけ。きっとあなただって僕たちのことをめちゃくちゃ決めつけているわけでしょう? ねえ、みんな。僕たちの大事な仲間のひとりである恩田春子さんは、休み時間、レオンハルトくんとロザラインさんの思い込みを、じっくりと聴いてきてくれたそうなのだよ? ねえ、そうなんだよね……春子?」
「……モ、モトちゃ……あ、ううん、違うの違いますの、そうなのですよみなさま、えへへぇ、神井、くんの言う通りですよ? ……えへへ」
「――おい恩田てめえもしかしてオレたちのこと頼るふりして、」
「……ねえ。それだからレオンハルトくん? 僕はあなたひとりに向けていま、語りかけるのですけれど。無知っていうのは怖いんです。でも罪とまで僕は言いませんよ? いま気づけばそれでいい。改心すれば、それでいい。……この教室のみんなだって、そうやって心を改めて、僕の仲間となってきたんです」
「なんだよそれ……まるでどっかのえらい王サマみたいに、」
「王ですよ?」
神井は、言い切った。……王、というより失敗作の仏像みたいなのっぺりとした笑顔で。
「僕は、この教室の帝王です」
オレは、反応が遅れた。
「――なに言ってんだおまえ、気持ち悪ぃ……」
神井は怯むこともない。
「改めて、僕たち三年一組を紹介しましょうか。三年一組の担任は丸子聖那先生。ひとクラスだけしかない僕たちの学年ですが、三年一組は、時間をかけて友情を育んできたとっても仲のよいクラスです。団結力も協調性も、全てが、素晴らしい」
「……んだよそれ、この期に及んできれいごと言いやがってよ!」
「きれいごと、ですか。……でも、今どき、きれいごとを言えるということの価値が。東風レオンハルトくん、この教室に来たばかりのあなたにわかりますか?」
「……なんだよ、だから、そういうの」
「誰がなんと言ったって、この教室は、きれいごとを言える数少ない場所なんです」
神井はずっとずっと穏やかなままで。
「……その為の王さま、帝王さま、神さまが、僕」
神井は、右腕を伸ばして指し示す。
「監視員が、恩田春子」
オレがそちらを見ると、春子は――バツが悪そうに目を逸らし俯いた。
「――恩田やっぱてめっ、チクったのかっ」
「……春子を責めないでやってくれるかな。あなたが立ち向かいたいのは、僕なのだろう?」
「――ああ。ああ、そうだよ、オレがぶっ倒したいのはアンタだよ。気味の悪ぃ教室作りやがって」
神井は目を細めた。
「作りやがって、か、ははっ、僕こそがこの教室の空気をクリエイトしたと気づいてもらえたということかな? それは光栄だね」
「ちげぇよてめえ、どこまでおめでたい頭してるんだよ」
「……僕の話は、まだ途中なわけだけど。それで、篠町紫というのがいるだろう――彼女がこの教室の、そうだねなんと言えばあなたにも伝わるのか、つまり彼女は――占い師、というわけだ。社会的役割としての占い師、というわけだね」
「占い師?」
「……あなたは、この教室の空気がわかるんだろう? 春子から聞いたよ、……視えるんだってね、そういうの。だったら気づかなかったかな? 篠町紫、彼女のことを」
この教室で、モブみたいに固まらないで今この状況において名前を持つのは、オレと、ローザと、神井と、春子だけかと思っていた。
しかし、言われてみて感覚の感度を研ぎ澄ませてみれば確かに――もうひとり、いた。三十七人のなかの、ひとり……いや、違う。目を凝らせばそれはこの場でモブたちのなかに紛れながらもスポットライトが確かに当たっているふたり、とでも言えばいいのか。
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