アイデンティティ崩壊フェアリーズ 妖精たちが人間の中学校に留学したら、たいへんなことになりました。

柳なつき

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第二章 サイケデリック革命ラバーズ

妖精の羽

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 秋葉原の夕暮れは、妖精界よりずっと雑多なようでいて、森だの湖だの大自然溢れる妖精界と同じくらいに紅色の光が淡く優しくて、なんなら、オレにとっては秋葉原の夕暮れ時のほうがずっとずっと親しいから、いつも困惑を覚える。


 人間には決して見えないように透過している羽が、ひらひらと、風を感じる。そりゃときにはちょっとよくない感じの風も感じる、ひねくれたり拗ねていたり。けれどもはっとするほど邪悪な風に秋葉原で遭遇するのは、むしろ激レアだ。一年に何回あるのかってレベルで。だから、オレは、人間というのもゲームで描かれているほどにはワルくないんじゃんって思ってた。あるいは、このごろゲームの悪役も悪くなりきってないし、このごろの人間というのはこれでなかなか改心でもしたのかと、そんなことを。……いまにして思えば完全に妖精の目線で。

 最近のゲームやアニメは、全てではなくとも、悪くなりきれない悪役も多い気がする。倒すべき悪役はいても、話してみるとあんがいびびりで、つまりは邪悪などと呼ぶのにはふさわしくなくただ単に小ずるいだけだったり、同情を誘う過去があったり、……実は、そいつにとっての大切な誰かの為だったり。なんだか憎み切れない悪役ばっかりで。……世紀末あたりのゲームだと悪役はまじで邪悪な場合が多かったような気がするんだけど、ここ数年のゲームの悪役ってそういった、巨悪ではない悪キャラも多い気がして。

 オレはとんちんかんだった。世紀末を経て、人間は優しくなったのかもしれないだなんて、ほんとのんきな思考だ。

 秋葉原の空気と、ゲームの悪役。……そんなものは人間界の本質でなかった。オレが、知っているつもりになっていただけだった。

 人間界の教室の、本物の教室の空気なんて、知らなかった。妖精界の教室というのは未成年妖精がごった煮だから人間界の幼稚園にちょっと毛が生えたみたいなもんだし、高学年向けの授業は全てローザと机を並べ、先生と三人でああだこうだと喋りながら受けていたから。ゲームではそりゃ人間界の教室というものは知っていたが、あんなのはボタンを押してステータスを上げる時間だと思っていた。放課後パートというのは仲間キャラたちとのイベントがあって、そういうわいわいと楽しい時間が、人間界の学校の現実なのだと思っていた。ステータス上げもイベントも終われば、バトルに繰り出した。制服で戦うキャラたちを沢山見てきたから、制服というのはイコール戦闘服なのだと、オレは長らくそんな勘違いもしていた。

 だから、オレは、なにも知らなかったのだ。……人間界の中学生というのは、一日の大半を、退屈な授業とどうでもいいのにどうしようもない人間関係とを、ただ、やり過ごす為に使っているのだと――ゲームの世界とはまるで違うのだと、そんなことさえも、知らなかったのだ。……オレは、わかった気でいて。でもまあそれは、気、なだけなのであった。


 オレは、大きな交差点で立ち止まった。ここはもう駅でいえば、秋葉原というよりは末広町だ。この先には上野や神田があるというが、オレは行ったことがない。おっちゃんはなぜか、秋葉原から出てはいけないといつも言う。なんで? と訊くと、つぶらな瞳はそのまま、なんでもだよ、と言う。末広町のこのあたりから大通りをぐーんと抜けて万世橋、そのあたりまでが秋葉原なのだと、オレは随分と幼いころにおっちゃんにそう教わった。

 ここまで来ると、道行くひとは随分と減っている。アキバエリアはとっくに抜けた。点在するフィギュアショップやイラストレーターショップがついになくなると、ここは、これといった特徴もないただの交差点なのである。車がびゅうびゅう行き交っているだけで、ここまで来てしまうともう、アキバらしさというのはほとんどなくなる。車の音はよく響くのだが、どことなくがらんどうなのはなぜだろうといつも思う。

 人間文化研究所でも、人間の新しいカルチャーの街として注目されているこの街。だが、秋葉原という名前を聞いてぱっと思い浮かぶあのカラフルでごちゃごちゃごみごみした奇妙にも楽しい街、といったイメージのエリアは、歩いてみればわかるが、オレの足であれば十分もかからずに端まで来ることができてしまうのだ。それだったら妖精界の大自然のほうが百倍、広いだろう。妖精ではない他種族のエリアも含めるのであれば、もっと。オレたちのわずか百分の一未満のコンパクトな土地でも、トランプだの積み木だのが最高の娯楽と信じ切っている妖精族よりもはるかに複雑で巨大で、あるいは高尚な精神文化を築けるのが――人間という、種族。

 人間に見つかってしまうと面倒なことになる。それは、遊びに来ていただけのあのころだっておんなじことなのだ。ゲートの番人のおっちゃんもよく言っていた。いつもいつも万札という潤沢なおこづかいをくれる寡黙にも穏やかなおっちゃんは、見つかっちゃだめなんだよと、おっちゃんのくせにどこか茶目っ気をはらんだ目で言うものだった。……レオンが見つかっただけで揺らぐほど、妖精界はヤワにできていないけど、処理するのはえらいかたがたなんだから、って。実際そうだ。


 オレはふるりと羽をふるわせた。
 ……帰らなくちゃ。


 別に、買いたいものもないのだし。オレがアキバで買いたいものがないだなんて、まあそれはすごいことなのだけれども。
 この街では、ローザへの手みやげすら満足に手に入らないだろう。どんぐりだのつるつるしたガラスだのきらきら光る石だの、そういうもので本気で喜ぶその趣味は、オレからすればくだらない。オレは妖精界の文化を馬鹿にしていたし、オレがいくらなにを布教しようと啓蒙しようと、ゲームよりつまらん勉強に熱中するローザの、そういうところだけは、実はちょっとだけ気に入らなかったのだ。

 でもきっと……それはそれで、満ち足りてはいたのだろう。どうして、いま、秋葉原の端っこの交差点、末広町駅の地下鉄の看板の下で、こんなことを思うのかっていうのはなんだか自分でもさっぱりよくわからないわけだけど。


 オレは、ふっと踵を返した。
 JRの秋葉原駅までは一本道で、まっすぐ帰ろうと思っていた。



 ……そしてけっきょく、ゲーセンに寄って、それなりの時間を過ごした。遊んでいたわけではない。ローザの為に、どうしてもという目的が見つかってしまったのだ。三十分ほどでことは片づいた。四月の空は既にぼんやりと薄暗い。オレは秋葉原から地下鉄で十五分程度という好立地のアパートに帰るべく、既に帰宅ラッシュですし詰めの電車に、リーマンのおっちゃんに迷惑そうな顔をされたところで戦利品だけは大事に抱きかかえて、乗り込んだ。
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