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幕間 - 盤外戦術 -

23 皇国の使徒

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「個なる群衆。成熟した赤子。まがい物の真実。祖国の四肢たる我らが使徒。その所以をこの場に示せ――第一の足跡。目には目を」

『目には目を!』

 皇国の北方。魔族戦線、中央戦域――。

 その最奥たる魔族連合軍総司令部に響く凄惨たる叫び。

 頭上から降り注ぐ赤黒い雨にその肌を晒しては、平然と振り下ろされる悪鬼の所業。

 純白の外套を深紅に染め上げるその液体は、自ら流すことを宿命づけられた者の"罪"に他ならない。

「アガァッ――」

 その身を切り裂かれ、あるいは散り散りとなった己の肉体を前に大地へと伏していく魔族の一団。

 ある者は途切れた線を自力で繋げ、ある者は四散した先から瞬時にその姿形を取り戻す。

「第二の足跡――」

 外套の内側から引き抜かれるただ貫くことだけを考慮した無骨な短剣。使用者の信念を問うように釣り針のごとく返しのついた刃は、考案者の施した必死の末の"業"に他ならない。

「歯には歯を」

『歯には歯を!』

 澄んだ瞳孔。静かな血しぶき。湖のほとりに流れるかのような穏やかな時間の中で、突き立てられたそれはゆっくりと、しかし確かな意思の下に動き出す。

 正気じゃない――。

 使徒を前にした魔族は口をそろえてそう零す。

 痙攣する使徒の体。熱を帯びた蒼白な顔色。意識を手放そうと懸命にもがくすべてをかみ殺しては、胸元から飛び出す生命の奔流。鼓動の正体――。

 その日、魔族連合軍総司令部を電撃的に襲撃した皇国の使徒は、両者共に生存者なしという戦果だけを残し、指揮官を失った魔族連合の撤退という形で魔族戦線を終結させた。
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