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幕間 - 盤外戦術 -
24 それぞれの時間
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「帝国・皇国・共和国共に追撃は行わず撤収を開始したようです」
「元々消化試合もいいところだからな」
王国の中心。王都の心臓部である王城の一室。
窓辺の椅子に涼しい顔で腰を下ろすのは王国の第二王女、エヴァ・クラーリ。
報告する情報部の男を前にしても尚、王族としての威厳を示す気はさらさらないようでただ眼下に広がる王都の様子が気になるのか、その視線を落とし続けている。
「使徒の回収は聖骸布にてなされたようです」
「屍者の国か。善悪を語る前にその足元をすくわれなければいいがな」
エヴァは何故か批判的な物言いとは裏腹に、その言葉尻を僅かに弾ませる。
「何か気がかりでも?」
「ん? ああ」
王都を目で追うエヴァ。
「知り合いがきてる」
嬉しそうに笑みを浮かべるエヴァ。言葉の節々から溢れてくるその多幸感は、その場に居合わせただけの情報部の男に一時の夢を見させるほどだ。
――可憐だ。
男はそう思った。
「まっ、ここには相変わらず顔を出してはくれないんだろうけどな」
自嘲気味に、しかしそれでも知り合いの姿を王城の窓から見つけた嬉しさからはまだ抜けきっていない様子でエヴァは情報部の男へと振り返る。
「連合国はどうなった?」
「あ、え、ええと――」
思わず自分でも驚くほどに声が上ずる情報部の男。
すでに澄ました表情のエヴァからして男の反応は奇妙なものに映ったかもしれない。
若干の恥ずかしさを隠すように男は手元の資料へと視線を落とす。
「れ、連合国、連合国……はい。結果だけ申しますと、帝国が連合国に譲歩する形で亜人の解放を宣言。その規模と内容につきましては鋭意精査中であります」
「精査中か。情報はどの程度まで掴んでいる?」
「状況証拠のみの推論ですが――」
「解放に含まれるのは帝国南部の全域。帰化した北の亜人は含まれない。解放の手順は段階的。ゆえに連合国内部での混乱が予想される」
「……情報源につきましては――」
「聞いてくれるな」
「分かりました。ここ数日頭を悩ませていた情報部長の方にもそう報告しておきます」
「何だ。今日こなかったのはそれが原因か」
「どうでしょう。一因ではあるかと思いますが……」
「仕方のないやつだな。連合国の内情についてだけは補足しておくか」
「お待ちを」
そう言いながら胸元からペンを取り出す情報部の男。
エヴァはまた情報部の男から窓の外へと目を向けては、端的にその概要を語りだした。
♦
帝国の首都、ランカルジュ。
軍服に身を包んだ高官たちは煙の立ち込める室内にて、何人かを立たせる形で円卓を囲んでは、その顔を突き合わせていた。
「まさか連合国がこれほど柔軟な動きを見せるとは……」
「やはり越境を先延ばしにしたのが痛かったですかね」
「国境線を固めたのが不味かったのではないか? 何もいたずらに奴らの警戒心まで刺激することはなかった」
「越境が予想される中でだぞ?」
「しかしだな……」
まとまりにかける論争。各々が言いたいことをただ言い合っている。
そんな風に白髪交じりの初老の男の目には映ったのだろう。
「この場合重要視するべきはその速さでしょう」
眼鏡をかけた初老の男がその眉間に皺を寄せては、若干の呆れと共に指摘する。
「今回の一件において仮に優劣が決定づけられる要素があったとすればそれ以外にない」
初老の男はそう断言する。
しかし周囲の高官の反応は芳しくない。
初老の男はそんな現実にどこか苛立ちを募らせるようにして、今まで以上に声高に告げる。
「共和国ですよ。確実に奴らが手引きしている」
「まさか」
「開戦前にありえないだろ」
「だからこそですよ。奴らが何を考えているのかまでは推測の域を出ませんが、この件に王国が一枚噛んできた時点で連合国と王国の足並みを揃えた誰かが裏にいると考えるべきですよ」
「共和国は一枚岩ではないのか?」
「まさか、参戦を寸でのところで渋る気じゃないだろうな」
「共和国とは利害関係が一致している。それはない。むしろ余計な詮索は今ある関係性すら破綻させかねないぞ。確かに連合国の動きといい、王国の準備の良さといい共和国の関与を疑わざるを得ない状況ではある。しかし現実にカードを切らされたのは我々だ」
「つまりそうした我々が間抜けだとでも言いたいのですか?」
横やりを入れるのは軽薄な笑みを浮かべた若年の男。
「くだらん面子だな。そんなものは捨ててしまえ。今危惧すべきは王国がここまで不干渉を貫いてきていた連合国を相手に、か細くとも一筋の光明を通してしまったということだ」
「それは……しかし」
「何だ?」
実感の伴う男の強気な物言いに口を噤まざるを得ない若年の男。
「その辺にしておけ。彼はまだ若い」
「若さを言い訳に出来るほどこの場に集まっている者の責任は軽いのか? そう思っているのなら晩節を汚す前に今すぐ退席することを勧めるがね」
「若造が――」
「やめないか」
一触即発の雰囲気を前に、一声で冷静さを取り戻させる威厳のある声。
円卓の上座に腰を下ろす老人はどこか退屈そうにあくびを一つ、その場の注目を一身に集めては、要するにとどこまでも面倒くさそうに言葉を続ける。
「連合国はらしくない。王国は生き残るのに必死。共和国は何を考えてるのか分からん。ただ一つだけ言えるのは、今回貧乏くじを引いたのは帝国だった。これを故意に引かされたと考えるか、否か」
老人の声は落ち着いている。
どこか気が抜けたようでいて心地よさすら感じさせるその老人の語り口。気が付くと誰もが口を閉ざしたまま、ただその声に聞き入っていた。
「連合国は得をした。王国も得をした。帝国は損をした。共和国は果たして得をしたか、否か」
老人はおもむろに顎へと手をやり、やがてやれやれと面倒くさそうにしながらその頬をかく。
「これは確かめてみる必要があるな。イオニアスを呼べ。王国のマスコットについていくつか聞きたいことがある」
「元々消化試合もいいところだからな」
王国の中心。王都の心臓部である王城の一室。
窓辺の椅子に涼しい顔で腰を下ろすのは王国の第二王女、エヴァ・クラーリ。
報告する情報部の男を前にしても尚、王族としての威厳を示す気はさらさらないようでただ眼下に広がる王都の様子が気になるのか、その視線を落とし続けている。
「使徒の回収は聖骸布にてなされたようです」
「屍者の国か。善悪を語る前にその足元をすくわれなければいいがな」
エヴァは何故か批判的な物言いとは裏腹に、その言葉尻を僅かに弾ませる。
「何か気がかりでも?」
「ん? ああ」
王都を目で追うエヴァ。
「知り合いがきてる」
嬉しそうに笑みを浮かべるエヴァ。言葉の節々から溢れてくるその多幸感は、その場に居合わせただけの情報部の男に一時の夢を見させるほどだ。
――可憐だ。
男はそう思った。
「まっ、ここには相変わらず顔を出してはくれないんだろうけどな」
自嘲気味に、しかしそれでも知り合いの姿を王城の窓から見つけた嬉しさからはまだ抜けきっていない様子でエヴァは情報部の男へと振り返る。
「連合国はどうなった?」
「あ、え、ええと――」
思わず自分でも驚くほどに声が上ずる情報部の男。
すでに澄ました表情のエヴァからして男の反応は奇妙なものに映ったかもしれない。
若干の恥ずかしさを隠すように男は手元の資料へと視線を落とす。
「れ、連合国、連合国……はい。結果だけ申しますと、帝国が連合国に譲歩する形で亜人の解放を宣言。その規模と内容につきましては鋭意精査中であります」
「精査中か。情報はどの程度まで掴んでいる?」
「状況証拠のみの推論ですが――」
「解放に含まれるのは帝国南部の全域。帰化した北の亜人は含まれない。解放の手順は段階的。ゆえに連合国内部での混乱が予想される」
「……情報源につきましては――」
「聞いてくれるな」
「分かりました。ここ数日頭を悩ませていた情報部長の方にもそう報告しておきます」
「何だ。今日こなかったのはそれが原因か」
「どうでしょう。一因ではあるかと思いますが……」
「仕方のないやつだな。連合国の内情についてだけは補足しておくか」
「お待ちを」
そう言いながら胸元からペンを取り出す情報部の男。
エヴァはまた情報部の男から窓の外へと目を向けては、端的にその概要を語りだした。
♦
帝国の首都、ランカルジュ。
軍服に身を包んだ高官たちは煙の立ち込める室内にて、何人かを立たせる形で円卓を囲んでは、その顔を突き合わせていた。
「まさか連合国がこれほど柔軟な動きを見せるとは……」
「やはり越境を先延ばしにしたのが痛かったですかね」
「国境線を固めたのが不味かったのではないか? 何もいたずらに奴らの警戒心まで刺激することはなかった」
「越境が予想される中でだぞ?」
「しかしだな……」
まとまりにかける論争。各々が言いたいことをただ言い合っている。
そんな風に白髪交じりの初老の男の目には映ったのだろう。
「この場合重要視するべきはその速さでしょう」
眼鏡をかけた初老の男がその眉間に皺を寄せては、若干の呆れと共に指摘する。
「今回の一件において仮に優劣が決定づけられる要素があったとすればそれ以外にない」
初老の男はそう断言する。
しかし周囲の高官の反応は芳しくない。
初老の男はそんな現実にどこか苛立ちを募らせるようにして、今まで以上に声高に告げる。
「共和国ですよ。確実に奴らが手引きしている」
「まさか」
「開戦前にありえないだろ」
「だからこそですよ。奴らが何を考えているのかまでは推測の域を出ませんが、この件に王国が一枚噛んできた時点で連合国と王国の足並みを揃えた誰かが裏にいると考えるべきですよ」
「共和国は一枚岩ではないのか?」
「まさか、参戦を寸でのところで渋る気じゃないだろうな」
「共和国とは利害関係が一致している。それはない。むしろ余計な詮索は今ある関係性すら破綻させかねないぞ。確かに連合国の動きといい、王国の準備の良さといい共和国の関与を疑わざるを得ない状況ではある。しかし現実にカードを切らされたのは我々だ」
「つまりそうした我々が間抜けだとでも言いたいのですか?」
横やりを入れるのは軽薄な笑みを浮かべた若年の男。
「くだらん面子だな。そんなものは捨ててしまえ。今危惧すべきは王国がここまで不干渉を貫いてきていた連合国を相手に、か細くとも一筋の光明を通してしまったということだ」
「それは……しかし」
「何だ?」
実感の伴う男の強気な物言いに口を噤まざるを得ない若年の男。
「その辺にしておけ。彼はまだ若い」
「若さを言い訳に出来るほどこの場に集まっている者の責任は軽いのか? そう思っているのなら晩節を汚す前に今すぐ退席することを勧めるがね」
「若造が――」
「やめないか」
一触即発の雰囲気を前に、一声で冷静さを取り戻させる威厳のある声。
円卓の上座に腰を下ろす老人はどこか退屈そうにあくびを一つ、その場の注目を一身に集めては、要するにとどこまでも面倒くさそうに言葉を続ける。
「連合国はらしくない。王国は生き残るのに必死。共和国は何を考えてるのか分からん。ただ一つだけ言えるのは、今回貧乏くじを引いたのは帝国だった。これを故意に引かされたと考えるか、否か」
老人の声は落ち着いている。
どこか気が抜けたようでいて心地よさすら感じさせるその老人の語り口。気が付くと誰もが口を閉ざしたまま、ただその声に聞き入っていた。
「連合国は得をした。王国も得をした。帝国は損をした。共和国は果たして得をしたか、否か」
老人はおもむろに顎へと手をやり、やがてやれやれと面倒くさそうにしながらその頬をかく。
「これは確かめてみる必要があるな。イオニアスを呼べ。王国のマスコットについていくつか聞きたいことがある」
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