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ギルド『夢の国』の可憐な一日

44 うさ耳ネクロマンサーの餞別

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 夜空を染め上げる一面の黒。

 地上を埋め尽くす群体の個。

 けたたましい羽音と共に、ぞわぞわとした節足動物たちの行進がいつまでも侵入者の足を阻み続ける。

 それは己の命を無視した捨て身の特攻。例えどれだけ切り裂こうとも、どれだけ叩き潰されようとも終わることのない死の円舞曲。

 個人レベルでは有利に展開する一団も、一度その波にのまれてしまえば、容易に抜け出すことはできない。

 連携を阻害され、不毛な消耗戦へと身を投じては、徐々に選択なき後退を余儀なくされていく。

 それでもと偶然に偶然を積み重ね、あるいは己の力量のみで、圧倒的な物量の海を踏破する者も中には出てくる。

 しかしその先で男たちが目にすることになるのは、闇夜に佇む二つの巨体。

 変色した歪な輪郭を持つアラクネにつぎはぎだらけのキングアラゴスタは、水を得た魚のように躍動を開始する。

 重い体を引きずっては、地上を容赦なく平らにならす二匹の蜘蛛。

 その運動性能を無視して地上を蹂躙する様は、まるでそこだけ法則が違うかのようだ。

 足を止めれば背後へとすかさず伸びる追撃の手。

 逃げ延びたところで小手先ではどうにもならない質量の塊が、その人影を完膚なきまでにすりつぶす。

 周到な二段構え。

 お互いの状況も分からない内に、一団は自然と選択を迫られる。

 ――考えるまでもない。

 一団を指揮する男は、消耗が損害に変わる前に手を打つべきと、間隙を縫って懐へと手を入れる。

 そして取り出されると同時にその頭から火花を散らし始める一本の円筒。

 間髪入れず、男はそれを頭上へと力任せに放り投げる。

 回転する円筒。その上下を入れ替えながら、羽音の中心へと吸い込まれるようにして消えていく。

 一瞬の沈黙。男は身構えるように目を閉じる。

 直後にぼんやりと浮かぶ小さな光――。

 黒へと垂らされた一滴の白は、その存在を否定するように上から作られた闇を塗りつぶす。

「っ――!」

 瞼の上から視界を焼く、常識では考えられない明るさ。

 思わず攻撃も防御も忘れて、ただ両手でその目を押さえつける光の下の一団。

 それでも手を緩めることのない蜘蛛の集中砲火から全身をかばうように、咄嗟に武器をふりまわしては、無理やり瞼をこじ開ける。

 しかし一度では終わらない閃光。

 続くように至る所から上空へと投げられた円筒は、その下で苦しむ人影を余所に、二度三度と繰り返し辺り一帯を白一色へと染め上げる。

 その度に急激に上昇していく付近の温度。

 熱された大地が光の下で遂には水蒸気を上げ始める。

 正にうだるような暑さ。

 痙攣する筋肉を前に、紙一重で光の合間を縫いながら蜘蛛の猛攻をしのぎ続ける一団。

 そして状況の変化を告げるようにそれは頭上に降ってきた。

 ♦

 上空から降ってくる何か。

 咄嗟にその手に握った剣で振り払えば、パラパラと粉末のように霧散する。

 それがハチの死骸だと気が付いたのは、足元の蜘蛛たちが完全に動きを止めた後だった。

 チリチリと体毛が焦げ付いている。

 上空に空いた穴から零れ出るのは、久しく見ていなかった自然の灯りだ。

 そうして点々と、しかし徐々に浮き彫りになる地上の全容。

 視界に溢れる赤と黄色の警告色。

 無限に思えた蜘蛛の残骸の上でかろうじて原型を保っているのは、ハチだったそれの消し炭のような塊。

 ふと上空から差し込んだ灯りに照らし出されては、目の端に一瞬だけ映りこむ謎の違和感、丸い輪郭のそれ。

 目を凝らしては、数秒の静寂ののち訪れる二度目の"偶然"。

 そこには一目でわかる潜水服に、取ってつけたようなウサギの耳。

 噂通りの風貌に身を包んだ、『夢の国』のネクロマンサーがいた。

「術者だ!」

 咄嗟に蜘蛛の屍を踏みつけては、走り出しながら男は叫ぶ。

 同時にこれまでのうっ憤を晴らすようにして、ネクロマンサーへと向かう多数の人影。

 それを阻もうと横から猛烈な速度で滑り込んでくるアラクネとキングアラゴスタ。

 数人が道ずれにされるが、一瞬でその内容物をぶちまけては、無残な最期を晒すだけになる。

 当然のようにネクロマンサーへと肉薄する一団の中でも"選ばれた"数人。

 不意に本来あるはずの明るさがその周囲を照らしては、それぞれの手にした凶器がその殺意の高さを表すように艶めかしくギラリと光る。

 わずかに遅れて上空から降りてくるハチの大群。

 ネクロマンサーとの間を黒に染めては、一斉に襲い掛かってくる。

 しかし元々ただのハチでは相手にならない。

 飲み込んだ黒を一瞬で切り裂き、大した足止めにもならないままその先へと抜ける。

 そして現れる異様な光景。

 手を振る二人。ネクロマンサーと、あれは――。

「ミス・マウス……?」

 赤いリボンを最後に、気が付いた時には白ばかりが目に付く、見知らぬ広間に選ばれた数人はいた。
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