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ギルド『夢の国』の可憐な一日

45 帝国審問官エーベルハルト・フォクトの予断

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 ざわつく広間。

 誰よりも早く会議室を飛び出したレギーナ・スタルチュコフの後を追う一同は、広間の上から遅れてその光景を目にすることとなった。

「クロナ……」

 それは広間の下から見上げる形で呟かれた男の第一声、思わぬ再会の言葉だった。

「やあ。久しぶりだね」

「相変わらずのそのすかした態度は健在か。律儀なものだな?」

「そういう君は少し変わってしまったみたいだ。昔はもっと余裕があったと思ったけど」

「吠えるなよクロナ。俺からしてみれば、まだマスコットなんてやってるお前の方がどうかしてるんだよ」

「素直だね」

「ちょっと!」

 親し気な雰囲気の中で繰り返される言葉の応酬。

 人魚のヤナに支えられて立つアリアーヌは、その場の全員を代表するようにして待ったをかける。

「第六王女アリアーヌか。まさかとは思ったが、こんな子供まで巻き込むとはな。クロナ、お前まさか別人じゃないだろうな?」

「それはお互い変わったってことなのかもね。それに――」

「だから! ちょっとって、言ってるでしょ!」

 ほとんど力の入っていない蹴りがアリアーヌからクロナへと飛ぶ。

 しかしその反動で逆にふらふらと足元がもつれては、それを支えるヤナの反対側へとすかさずエルフのアリスンが飛び込んでくる。

「アリアーヌ様っ」

「ちょっと、アリアっ。まだ本調子じゃないんだから……」

「分かってる。でもあいつの顔……クロナ。私、見たことがある気がするんだけど」

「うん」

 クロナは淡々と続ける。

「彼はイグナシオ・コルデーロ。今は"前"勇者パーティーと、そう紹介したほうがいいのかな」

「イ――! イグナシオ……」

 そこで言葉を詰まらせながらも、前へと進み出てくる王国の皇太子エヴラール。

「お前……本当に。イグナシオ……イグナシオ・コルデーロなのか?」

「これはこれは皇太子殿。確かに見た目は少しばかり変わっちゃいるが、それも環境に合わせて順応しただけのこと。そうだろ? クロナ」

「さてね」

「感動の再会をしているところ悪いが――ああ、ちょうどいいところに帝国の審問官殿がいるじゃないか。現状を説明してはくれないか?」

 広間をざっと見回しては、壁際に佇む二人の男女を見つけてその動きを止める男。

「むごむごむごっ!」

「いや何言ってっか分かんねえから……一応言っておきますが、私にも皆目見当が付きませんのであしからず」

「そうか……」

「むごっ!」

「いいからお前はもう黙ってろっ」

 口を縫い付けた男へとその横から飛ぶ肘打ち。簡単に避けては、それで何事もなかったかのように二人の表情は真顔へと戻る。

「では他に誰か説明できるものはいるか?」

 それからやはり本命はそいつしかいないだろうと、男は広場の上に佇む牛頭へと視線を送る。

「誤解ですよ。僕はあなた方がどうやってここに来たのかも知らない。ただその可能性を憶測で語ることはできますが……それがお望みですか?」

 男の顔が怪訝なものに変わる。それから徐々に徒労感を滲ませた皮肉な笑みへと変わっていく。

「最後に見たのは赤いリボン。お前のところの潜水服にいいようにあしらわれたわけか……なるほどな」

「自己解決されたようで何よりです」

 それですべてを悟ったように、男はそっと手にしていた剣を腰元に提げた鞘へと収めていく。

「ここまでだな」

 男に続くように武器を収めながら、白い外套姿の男が告げる。そして広場の上段を見上げては、よく通る声で淡々と問いかける。

「契約は果たされた。それでいいな?」

 自然と集まる注目。同じく白い外套姿の皇国代表は、その場で何も言わずにただ苦い顔を浮かべるのみだ。

「ではこれにて失礼させてもらうとしよう」

「おい!」

 それを無言の肯定とみなしたのか。イグナシオの呼びかけにも応じず、白い外套をその場にはためかせては、一瞬の内に影も形も見えなくなる。

「くそっ……! おい! 話が違うぞ! エーベルハルト・フォクト!」

 吠えるイグナシオ。流れに反発するようにして、まだその手には飾り気のない真っすぐな黒い刀身の剣が握られている。

「おいおい。名前を呼ぶなんて尋常じゃないな」

「どっちがだ。エーベルハルト・フォクト」

「そう何度も呼ぶなよ。"元"勇者パーティーのイグナシオ・コルデーロさん?」

「何が元だ。ふざけるのも大概にしろよ。俺たちの目的はまだ果たされていないはずだ。そうだろ。エーベルハルト・フォクト」

「やれやれ。俺はお前の友達でも、ましてや親兄弟でもないんだぞ? 俺たちが、というよりも、あんたがここにいる時点でもう話はついてるだろ。何ならその辺の酒場にでも繰り出して、やけ酒にでも付き合ってやろうか?」

「お前の軽口に付き合う気はない。重要なのはこれでお前が終わりにするつもりなのか、どうなのかだ」

「終わりも何も。ここまで盤外に弾き出されちゃ、駒の一つとしても動けやしないだろうに」

「ならここを盤上にすればいい。違うか?」

 広間の下から上のある一点へと、その刃の切っ先を向けてみせるイグナシオ。

「正気か?」

「俺ならやれる」

「冗談きついぜ。なあ? お前もそう思うだろ? 連邦の白、レギーナ・スタルチュコフさんよ」

 エーベルハルトは半分呆れたように、同時に挑発的な眼差しでそう呼んだ女性を流し見る。

「ふぅん? 別にどうでもいいんだけど……」

 指名されては、その場から進み出るレギーナ。エーベルハルトの期待に応えるようにして、広間の上から身軽な動きで飛び降りる。

「流石にこうも連邦の流儀を無視されちゃ、私にも立場ってものがあるからね?」

 一切重心のぶれない華麗な着地を決めるレギーナ。それからすたすたと、あくまでも対決の姿勢を崩さないでいるイグナシオへと向かって歩き出す。

「おいおい。俺は別にあんたに戦えって言ってるわけじゃないんだがな」

「でも相手はそのつもりでしょ?」

「ったく、煽る先を間違えたか……」

 エーベルハルトはわざとらしく視線を逸らし、それからもう一度続けて口を開く。

「なぁ、どうやったら――」

「あーあー。そういうのはもうあの珍妙なのだけにしてくれる?」

「いいじゃないか。昔からお前の最強が鼻についてしかたがなかったんだ」

「へぇ? 私は気にしたことないけど、ああ、そういえば、最強って言ってもパーティーだもんね? 王国最強さん?」

 傍から見る限りでは、何も提げられていないように見える腰元へとおもむろに手を伸ばすレギーナ。

「おいおい。お二人さん本気かよ」

「レギーナ・スタルチュコフ。不可視程度で有利に立てると思うなよ?」

「ふふっ。群れなければ粋がることも出来ない最強がどの程度が見極めてあげる」

「フッ」

 そうしてイグナシオは不敵な笑みを浮かべ、レギーナは余裕の笑みを浮かべる。

「用があるのは僕だろう?」

 そこに広間の上から水を差したのは牛頭のクロナだった。

 そして横のアリアーヌに何事か耳打ちしては、レギーナのように飛び降りるような真似はせず、ただ当たり前のように広間の下へと続く階段を下りていく。

「ったく……あんたが出てくると話がややこしくなるのよ……」

 レギーナはあからさまに顔をしかめる。

「引っ込んでろクロナ。お前に用があるのは俺じゃない」

 対するイグナシオは至って冷静な面持ちでクロナの言葉を切り捨てる。

「れっ――連邦のひとっ」

 そこに広間の上から割って入るのは、どこまでもぎこちない口調のアリアーヌ。

「まったく……これだから牛頭は……で? 何? 王国の第六王女。アリアーヌ・デュムーリエさん?」

「きょ、協力を……要請します」

「協力?」

 何のことだと分かりやすい疑問符を顔に浮かべるレギーナ。

「一体何に対して?」

「え、ええと……」

 途端に視線を右往左往させるアリアーヌ。結局助けを求めるようにしては、広間へと降り立ったクロナの後頭部へと顔を向ける。

「うっ、牛頭! あんたが言い出したんだから――」

「うん」

「う、うんって……ったく」

 振り向きもしないクロナの対応に、明後日の方向を向くことで不満を示すアリアーヌ。

「仲がいいんだな? クロナ」

「そう言われたのは初めてだよ。それと初めてついでにその剣を収めて貰えないかな。レギーナさんも」

「私が? なぜ?」

「これは王国の第六王女からの正式な要請です。収めてもらえませんか?」

「へぇ……? 流石は元勇者パーティー。人の威を借りるのもお手の物ってわけだ。ああ、そういえば今はギルドのマスターだったかな? 群れなければ誰かと向かい合うことも出来ないなんて、本質はそこの男と変わらないね?」

「なら斬るかい? 僕を」

 言いながら歩みを進め――距離を取り、向かい合う二人の間へと――当然のように割り込んでいくクロナ。

「クロナ、お前の出る幕じゃない。いいから引っ込んでろ。俺が斬ると、そう言ってるんだ」

「イグナシオ。僕は君に要請するような真似はしたくない」

「何?」

 思わせぶりなクロナ。

 イグナシオは、怪訝な顔でその真意を見透かそうと視線をきつくする。

「ちょっと……いい加減にしてほしいんだけど」

「クロナを斬るつもりか」

「なれ合いはその辺にしてもらえる?」

「他の連中がどうだろうと、俺はこいつを当事者だとは認めない。クロナ――俺たちは先に進む。そこをどけ」

「あぁ……もう斬る。もう斬ろう。もうあんただけは絶対に斬る」

「イグナシオ。その言葉を聞いて安心したよ。でもそろそろ憶測が現実になる時間だ」

「何?」

「勝手に盛り上がってるところ悪いが――」

 見計らったかのように広間の上から投げかけられる声。共和国代表の男は、その場のすべてを無価値とみなしたような目で冷たく言い放つ。

「ここは一度話し合いのテーブルに戻ろうじゃないか。きっとその方がいい」

「やはりか……」

 広場の下から自然と漏れ出る声。エーベルハルトは両目をその手の平で覆っては、独り言のようにつぶやく。

「連合国軍が帝国国境線を突破したようだ」

「何――?」

 それはそこまですべてを悟ったかのように振舞っていたエーベルハルトの、一段と大きな困惑交じりの驚愕だった。
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