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第1章 ネトゲ発祥のリアル恋愛!?
6 週末が来るのは、意外にあっという間だ。
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週末が来るのは、意外にあっという間だ。後輩くんと犬塚さんと約束した金曜日がやって来た。終業時間が過ぎて、俺が早めに会社を出ようとしたら、後輩くんに腕を掴まれて、「駿河さん今日は一緒に行きませんか!」とものすごい形相で帰宅を阻止された。
「ええ、なんでー」
俺、一回家に帰って着替えたいんだけど。
そう顔に出したら、後輩くんはダメですと首を振る。俺の方が先輩なのに!
「だって駿河さんまた遅刻するでしょ! 犬塚さんと猪口さんと俺なんてすごい気まずいじゃないですかあぁ、絶対嫌ですうぅ」
むしろ後輩くんが半泣きだ。縋るように腕に抱き着いてきたのをやんわりと窘めて離し、服の皺を伸ばす。ちなみに、うちの会社は営業以外は服装自由だ。同僚とパソコンぐらいにしか見られないから、新入社員以外は、ポロシャツにジーンズとか、そういうラフな装いが多い。俺も例に漏れずに、派手目のパーカーとジーンズを着ていた。真面目な後輩くんは、新入社員から脱却してもスーツに身を包んでいる。心なしか、いつもよりきれいなやつだ。後輩くんの必死さが窺えた俺は、顎を引く。
「うう、確かに……」
「でしょう!? わかってくれますか!」
「あんなイケメン、後輩くん、勝ち目ないもんねえ……」
かわいそうに、と同情して涙を拭く真似をする。
「はっ、始まる前から、そんなこと言わないでください!」
「自分で言ったくせにー……。仕方ないなあ。じゃあとっとと仕事終わらせてよ、早く会社出たい」
「もう出られます」
「おっ、やるじゃん後輩くん」
いつもあんなに残業まみれで、ひーひー言ってるのに。褒めると少し嬉しそうにするのは、素直にかわいいと思う。コートを羽織る後輩くんを待ち、並んで会社を出た。相も変わらず外は寒くて、道ではカップルが寄り添っていて、隣を見て、小さく息を吐いた。
「こんなに寒いのに、隣にいるのは後輩くんかあ」
「しっ、失礼ですね相変わらず! 俺じゃだめですか!」
「口説き文句みたいになってるよ、それ」
「えっ」
「え?」
「だ、だだだれが駿河さんなんか!」
「動揺されると反応に困っちゃうからさー……」
どうでも良い会話を交わしながら、駅へと向かった。クリスマスのイルミネーションが、きらきら輝いている。やっぱり変わらずぎゅうぎゅうの電車に乗り込んで、がたんごとん、目的の場所まで揺られて行く。後輩くんのネクタイの色がいつもと違ったり、前髪をセットしているのにそこで漸く気が付いて、微笑ましい気持ちになったのはナイショだ。
「がんばれ後輩くん、先輩は応援してるよ」
「今?! 今ここでそれを言うんですか!」
確かに、下車のタイミングだと、人混みに流されるのを危惧しているようだ。目的地の駅なのに人の波に逆らえずに中々出て来られない後輩くんをホームで待っていると、スマホが震える。犬塚さんだ。
『改札出てすぐのところにいるよ』
さすがイケメン、時間を守るのもカッコいい。
『今つきましたー、後輩くんと一緒に行きます』
「後輩くん、猪口さんに連絡しといて。犬塚さんもう着いたって」
せっかく格好つけたのも、満員電車のせいで乱れてしまった後輩くんを見て頼む。後輩くんはどこか緊張した様子でスマホを触って、俺はスマホをポケットに入れながら、指定された改札へと向かう。流石は花金、いつもよりも人が多い。
「後輩くーん」
「な、なんすか、」
後ろから声をかけて、後輩くんの頭に一発、チョップをかました。「うお?!」と間の抜けた声が聞こえて満足する。
「自然体、自然体」
「意味わかりません!」
「さあ、気楽に行こう気楽に」
「ううう、難しいこと、言いますね……」
相当緊張している後輩くんを引っ張って、改札を、抜けた。
二週間振りに見る犬塚さんは、やっぱりイケメンだった。
黒いコートにワインレッドのマフラーをして、改札の前に立っていた彼は、俺らを見付けると穏やかに笑って手を挙げてくれる。俺はぺこりと頭を下げて、がちがちに緊張している後輩くんの手を引きながら、犬塚さんの前に行った。
「こんばんはー、すみません待たせちゃって」
「いやいや、今来たとこだから大丈夫」
うーん、さすがイケメンだ。言うことが違う。ちらりと後輩くんを見れば、挨拶もそこそこに、両手でスマホを握っていた。やり取りの相手は、猪口さんだろう。
「あっ、こんばんはー!」
不意に、明るい声が響いた。行き交う人々の中、こちらに向かって歩いて来る溌剌とした女性の姿。前回はパンツスタイルだったけど、今日は膝丈のスカートを履いている。頭を下げるとショートカットが揺れて、ふわりと甘い匂いが漂ってくる。
「こ、こんばんは……!」
「仲間に入れてもらっちゃって、いいんですか?」
「大歓迎だよ」
主に、後輩くんが。
心の中で付け加えて、猪口さんに頷いた。そしてさりげなく、犬塚さんと並んで歩き出す。
「んじゃ、行きましょうかー」
「あ、店、予約してあるんで」
「あそこだよね? 任せてー」
頷くだけにして、前に出ようとする後輩くんを雰囲気で押し留めた。折角の気遣い、空気を読まなきゃダメだぞー。後ろをちら見したら、隣の犬塚さんが、ふっと笑った。
「なんすか」
「いや、……後輩思いだなあ、と」
「えっ、なに、バレバレ?!」
「彼女にバレないように、気を付けなきゃね」
穏やかに笑う犬塚さん、恐るべし……。
駅を出るとひんやりと冷たい風が身体を襲い、俺は背中を丸める。隣の犬塚さんはそんなときでも姿勢がよくて、イケメンのままだ。うーん、かっこいい。ちらり、後ろを見ると、後輩くんもなるべく背筋を伸ばしたまま、ぎこちないながらに猪口さんと会話を楽しんでいるようだ。よかったよかった。
後輩くんが選んだ居酒屋は、駅のすぐ傍にあった。繁華街のビルの一角、その地下に位置する、雰囲気の良いところだ。オレンジ色の照明が照らす薄暗い店内に足を踏み入れて、後輩くんの名を告げると、仕切られた場所に案内される。ちょうど四人掛けの席で、俺と犬塚さんが並んで座り、俺の前に猪口さん、犬塚さんの前に後輩くんが座った。それぞれが上着を脱ぎ、メニューを見る。
「とりあえず生かな、猪口さんはー?」
「あ、あたしも生!」
「おお、飲める口だねえ。じゃあ店員さん、生よっつー」
傍で控えていた店員に告げると、店員は頷いて去って行く。ぱらぱら、メニューを捲る。隣の犬塚さんが、覗き込んできた。
「犬塚さんは何が好き?」
「玉子焼きかな」
「うわ、案外かわいーんですね」
なんて俺たちが盛り上がってる前で、
「いっ、猪口さんは何が好きですか!」
「んー、お新香の盛り合わせ?」
「お新香! いいっすよね、さっぱりしたのが欲しくなるっていうか……」
ていう初々しいやり取りがあった。ガッチガチに緊張している後輩くんが物珍しく面白くて、ひっそりと忍び笑いを零す。いいんじゃないかな、真面目系純朴青年ってのも。……犬塚さんがタイプの子が、気に入るかどうかはわかんないけど。
そうこうしているうちにジョッキを持った店員がやってきて、それぞれがビールを持つ。適当に摘まめるもの(ちゃっかり後輩くんがお新香の盛り合わせを頼んで、猪口さんが喜んでいた)を注文すると、店員はそそくさと去って行く。
「はい後輩くん、どーぞ」
「えっ?!」
「イケメンなとこ見せちゃってよ」
乾杯の音頭を促すと、後輩くんがわざとらしい咳払いをして、ジョッキを高く掲げた。
「えー、では。……一週間おつかれさまでした!」
「うわ、ふつー。……はい、かんぱーい」
乾杯、という声が二つ続いて、四人でジョッキを合わせる。
流し込んだビールは、喉越しが最高で、一週間の疲れを忘れさせてくれた。
酒を呑み、ツマミを食い、他愛無い話で盛り上がった。疲労の所為もあっていつもよりも酒が進み、ふわふわと心地良い気分になってくる。猪口さんと後輩くんはなんだかんだ話が盛り上がって(二人ともサバゲーに興味があるらしい、アクティブなことだ)、俺は犬塚さんに無駄に絡んでいた。
「いぬづかさんはなんでそんなイケメンなんすかあ」
「ほら駿河くん、唐揚げだよ」
「あー、ん」
「す、駿河さんが餌付けされてる」
「おいしそうに食べますねえ」
「からあげうまー」
いまいち覚えていないけれど、後輩くん曰く、終始そんな感じだったらしい。ううん、酒って、こわい……。
「犬塚さん、この前は友達がすみませんでした」
俺が犬塚さんからもらった料理をもぐもぐしている間に、猪口さんがふと口を開いた。すまなそうに言う様子に、後輩くんがびっくりしている。
「ああ、いや」
「悪い子じゃなんです、ただその……素直なだけで」
「俺も大人げなかったし。お互い様」
やっぱり犬塚さんはカッコいい。グラスを掲げて、微かに笑ってそう告げると、猪口さんはほっとしたように表情を緩めた。
「ほんとは、それだけ、直接言いたくって。……犬塚さんと呑んだなんて言ったら、由利に怒られちゃうかも」
「猪口さん……」
「だから、あたし、もう帰りますね」
んん、後輩くんは、猪口さんも犬塚さん狙いって言ってたよなー。アレ、勘違いだったのかなあ。ふわふわとアルコールに溶かされそうになっている頭で考える。多分、口に出さなくて正解のヤツ。
猪口さんはそう言うと身支度を手早く済ませて、俺の頭が追い付かないうちに、席を立った。
「あっ、俺、送ります」
「え、大丈夫ですよ」
「駄目です。女性を一人で帰らせるわけにはいきません」
キリッ、ていう後輩くんの顔、職場でも中々見ないぞ。後輩くんもコートを着て、荷物を持っている。こんなちゃきちゃき動く後輩くんも、なかなか見ない。
「いってらっしゃーい」
「こっちは大丈夫、適当に切り上げるから、心配しないで」
「すみません犬塚さん、酔っ払い任せちゃって」
「あー後輩くん、先輩を酔っ払いなんて言ったらいけないんだぞー」
「もう完璧酔っ払いですよね。……猪口さん、行きましょ」
「あ、はい。今日はありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる猪口さんを、「ばいばーい」と手を振って見送る。それに後輩くんが何か言いたそうにしていたけれど、知らんぷり。犬塚さんは楽しそうに笑って、手を振って二人を見送った。
何処となく緊張している後輩くんの後ろ姿が可笑しくて、つい肩を揺らす。
「うまくいくといいなー」
「後輩思いだね、本当に」
「面白がってるだけだけどお」
「そう?」
職場では真面目な後輩くんが、女の子相手にあわあわしているのは、見ているだけでも面白い。ビールの入ったグラスを傾けたら、もう底が見えて、中身がなくなった。まだ飲みたいー。俺がボタンを押して店員を呼ぼうとしたら、その手を、犬塚さんに掴まれる。
「なんすかー」
「飲み過ぎ」
「えー?」
「それ以上酔ったら、帰れなくなっちゃうよ」
「そしたら犬塚さん連れて帰ってー」
俺が甘えると、犬塚さんは小さく息を吐いた。あ、呆れられたかなあ、なんて思ってると、伸びてきた手に、ぽんぽんと頭を叩かれる。
「はい、ウーロン茶」
「いつのまにー」
「イケメンでしょう」
「うわーくやしい」
なんて言いながら、手渡されるウーロン茶を一口飲む。冷えてすっきりした味が、気持ち良い。火照った身体と頭が冷やされるみたいだ。
「駿河くん」
そういえば、いつの間にか犬塚さんは、俺のこと、くん付けで呼んでいる。俺の方が年下だし、距離が近くなったみたいで、密かにうれしいのはナイショだ。
「なんすかー」
「また飲もうか、今度は二人で」
犬塚さんからの誘いが嬉しくて、俺は緩く笑って頷いた。「もちろん、大歓迎っすー」ていう声がつい軽い調子になっちゃったけど、本気で嬉しいっていうのを、分かって欲しい。犬塚さんは笑って、「また連絡するよ」と穏やかに言ってくれた。
その後、会計は後輩くんが済ませてくれていたっていうのを知ってびっくりした。アルコールが結構回ってたみたいで、ふらふらと千鳥足の俺を犬塚さんが支えて、駅まで連れて行ってくれた。うーん、最後までイケメンだ。
週末が来るのは、意外にあっという間だ。後輩くんと犬塚さんと約束した金曜日がやって来た。終業時間が過ぎて、俺が早めに会社を出ようとしたら、後輩くんに腕を掴まれて、「駿河さん今日は一緒に行きませんか!」とものすごい形相で帰宅を阻止された。
「ええ、なんでー」
俺、一回家に帰って着替えたいんだけど。
そう顔に出したら、後輩くんはダメですと首を振る。俺の方が先輩なのに!
「だって駿河さんまた遅刻するでしょ! 犬塚さんと猪口さんと俺なんてすごい気まずいじゃないですかあぁ、絶対嫌ですうぅ」
むしろ後輩くんが半泣きだ。縋るように腕に抱き着いてきたのをやんわりと窘めて離し、服の皺を伸ばす。ちなみに、うちの会社は営業以外は服装自由だ。同僚とパソコンぐらいにしか見られないから、新入社員以外は、ポロシャツにジーンズとか、そういうラフな装いが多い。俺も例に漏れずに、派手目のパーカーとジーンズを着ていた。真面目な後輩くんは、新入社員から脱却してもスーツに身を包んでいる。心なしか、いつもよりきれいなやつだ。後輩くんの必死さが窺えた俺は、顎を引く。
「うう、確かに……」
「でしょう!? わかってくれますか!」
「あんなイケメン、後輩くん、勝ち目ないもんねえ……」
かわいそうに、と同情して涙を拭く真似をする。
「はっ、始まる前から、そんなこと言わないでください!」
「自分で言ったくせにー……。仕方ないなあ。じゃあとっとと仕事終わらせてよ、早く会社出たい」
「もう出られます」
「おっ、やるじゃん後輩くん」
いつもあんなに残業まみれで、ひーひー言ってるのに。褒めると少し嬉しそうにするのは、素直にかわいいと思う。コートを羽織る後輩くんを待ち、並んで会社を出た。相も変わらず外は寒くて、道ではカップルが寄り添っていて、隣を見て、小さく息を吐いた。
「こんなに寒いのに、隣にいるのは後輩くんかあ」
「しっ、失礼ですね相変わらず! 俺じゃだめですか!」
「口説き文句みたいになってるよ、それ」
「えっ」
「え?」
「だ、だだだれが駿河さんなんか!」
「動揺されると反応に困っちゃうからさー……」
どうでも良い会話を交わしながら、駅へと向かった。クリスマスのイルミネーションが、きらきら輝いている。やっぱり変わらずぎゅうぎゅうの電車に乗り込んで、がたんごとん、目的の場所まで揺られて行く。後輩くんのネクタイの色がいつもと違ったり、前髪をセットしているのにそこで漸く気が付いて、微笑ましい気持ちになったのはナイショだ。
「がんばれ後輩くん、先輩は応援してるよ」
「今?! 今ここでそれを言うんですか!」
確かに、下車のタイミングだと、人混みに流されるのを危惧しているようだ。目的地の駅なのに人の波に逆らえずに中々出て来られない後輩くんをホームで待っていると、スマホが震える。犬塚さんだ。
『改札出てすぐのところにいるよ』
さすがイケメン、時間を守るのもカッコいい。
『今つきましたー、後輩くんと一緒に行きます』
「後輩くん、猪口さんに連絡しといて。犬塚さんもう着いたって」
せっかく格好つけたのも、満員電車のせいで乱れてしまった後輩くんを見て頼む。後輩くんはどこか緊張した様子でスマホを触って、俺はスマホをポケットに入れながら、指定された改札へと向かう。流石は花金、いつもよりも人が多い。
「後輩くーん」
「な、なんすか、」
後ろから声をかけて、後輩くんの頭に一発、チョップをかました。「うお?!」と間の抜けた声が聞こえて満足する。
「自然体、自然体」
「意味わかりません!」
「さあ、気楽に行こう気楽に」
「ううう、難しいこと、言いますね……」
相当緊張している後輩くんを引っ張って、改札を、抜けた。
二週間振りに見る犬塚さんは、やっぱりイケメンだった。
黒いコートにワインレッドのマフラーをして、改札の前に立っていた彼は、俺らを見付けると穏やかに笑って手を挙げてくれる。俺はぺこりと頭を下げて、がちがちに緊張している後輩くんの手を引きながら、犬塚さんの前に行った。
「こんばんはー、すみません待たせちゃって」
「いやいや、今来たとこだから大丈夫」
うーん、さすがイケメンだ。言うことが違う。ちらりと後輩くんを見れば、挨拶もそこそこに、両手でスマホを握っていた。やり取りの相手は、猪口さんだろう。
「あっ、こんばんはー!」
不意に、明るい声が響いた。行き交う人々の中、こちらに向かって歩いて来る溌剌とした女性の姿。前回はパンツスタイルだったけど、今日は膝丈のスカートを履いている。頭を下げるとショートカットが揺れて、ふわりと甘い匂いが漂ってくる。
「こ、こんばんは……!」
「仲間に入れてもらっちゃって、いいんですか?」
「大歓迎だよ」
主に、後輩くんが。
心の中で付け加えて、猪口さんに頷いた。そしてさりげなく、犬塚さんと並んで歩き出す。
「んじゃ、行きましょうかー」
「あ、店、予約してあるんで」
「あそこだよね? 任せてー」
頷くだけにして、前に出ようとする後輩くんを雰囲気で押し留めた。折角の気遣い、空気を読まなきゃダメだぞー。後ろをちら見したら、隣の犬塚さんが、ふっと笑った。
「なんすか」
「いや、……後輩思いだなあ、と」
「えっ、なに、バレバレ?!」
「彼女にバレないように、気を付けなきゃね」
穏やかに笑う犬塚さん、恐るべし……。
駅を出るとひんやりと冷たい風が身体を襲い、俺は背中を丸める。隣の犬塚さんはそんなときでも姿勢がよくて、イケメンのままだ。うーん、かっこいい。ちらり、後ろを見ると、後輩くんもなるべく背筋を伸ばしたまま、ぎこちないながらに猪口さんと会話を楽しんでいるようだ。よかったよかった。
後輩くんが選んだ居酒屋は、駅のすぐ傍にあった。繁華街のビルの一角、その地下に位置する、雰囲気の良いところだ。オレンジ色の照明が照らす薄暗い店内に足を踏み入れて、後輩くんの名を告げると、仕切られた場所に案内される。ちょうど四人掛けの席で、俺と犬塚さんが並んで座り、俺の前に猪口さん、犬塚さんの前に後輩くんが座った。それぞれが上着を脱ぎ、メニューを見る。
「とりあえず生かな、猪口さんはー?」
「あ、あたしも生!」
「おお、飲める口だねえ。じゃあ店員さん、生よっつー」
傍で控えていた店員に告げると、店員は頷いて去って行く。ぱらぱら、メニューを捲る。隣の犬塚さんが、覗き込んできた。
「犬塚さんは何が好き?」
「玉子焼きかな」
「うわ、案外かわいーんですね」
なんて俺たちが盛り上がってる前で、
「いっ、猪口さんは何が好きですか!」
「んー、お新香の盛り合わせ?」
「お新香! いいっすよね、さっぱりしたのが欲しくなるっていうか……」
ていう初々しいやり取りがあった。ガッチガチに緊張している後輩くんが物珍しく面白くて、ひっそりと忍び笑いを零す。いいんじゃないかな、真面目系純朴青年ってのも。……犬塚さんがタイプの子が、気に入るかどうかはわかんないけど。
そうこうしているうちにジョッキを持った店員がやってきて、それぞれがビールを持つ。適当に摘まめるもの(ちゃっかり後輩くんがお新香の盛り合わせを頼んで、猪口さんが喜んでいた)を注文すると、店員はそそくさと去って行く。
「はい後輩くん、どーぞ」
「えっ?!」
「イケメンなとこ見せちゃってよ」
乾杯の音頭を促すと、後輩くんがわざとらしい咳払いをして、ジョッキを高く掲げた。
「えー、では。……一週間おつかれさまでした!」
「うわ、ふつー。……はい、かんぱーい」
乾杯、という声が二つ続いて、四人でジョッキを合わせる。
流し込んだビールは、喉越しが最高で、一週間の疲れを忘れさせてくれた。
酒を呑み、ツマミを食い、他愛無い話で盛り上がった。疲労の所為もあっていつもよりも酒が進み、ふわふわと心地良い気分になってくる。猪口さんと後輩くんはなんだかんだ話が盛り上がって(二人ともサバゲーに興味があるらしい、アクティブなことだ)、俺は犬塚さんに無駄に絡んでいた。
「いぬづかさんはなんでそんなイケメンなんすかあ」
「ほら駿河くん、唐揚げだよ」
「あー、ん」
「す、駿河さんが餌付けされてる」
「おいしそうに食べますねえ」
「からあげうまー」
いまいち覚えていないけれど、後輩くん曰く、終始そんな感じだったらしい。ううん、酒って、こわい……。
「犬塚さん、この前は友達がすみませんでした」
俺が犬塚さんからもらった料理をもぐもぐしている間に、猪口さんがふと口を開いた。すまなそうに言う様子に、後輩くんがびっくりしている。
「ああ、いや」
「悪い子じゃなんです、ただその……素直なだけで」
「俺も大人げなかったし。お互い様」
やっぱり犬塚さんはカッコいい。グラスを掲げて、微かに笑ってそう告げると、猪口さんはほっとしたように表情を緩めた。
「ほんとは、それだけ、直接言いたくって。……犬塚さんと呑んだなんて言ったら、由利に怒られちゃうかも」
「猪口さん……」
「だから、あたし、もう帰りますね」
んん、後輩くんは、猪口さんも犬塚さん狙いって言ってたよなー。アレ、勘違いだったのかなあ。ふわふわとアルコールに溶かされそうになっている頭で考える。多分、口に出さなくて正解のヤツ。
猪口さんはそう言うと身支度を手早く済ませて、俺の頭が追い付かないうちに、席を立った。
「あっ、俺、送ります」
「え、大丈夫ですよ」
「駄目です。女性を一人で帰らせるわけにはいきません」
キリッ、ていう後輩くんの顔、職場でも中々見ないぞ。後輩くんもコートを着て、荷物を持っている。こんなちゃきちゃき動く後輩くんも、なかなか見ない。
「いってらっしゃーい」
「こっちは大丈夫、適当に切り上げるから、心配しないで」
「すみません犬塚さん、酔っ払い任せちゃって」
「あー後輩くん、先輩を酔っ払いなんて言ったらいけないんだぞー」
「もう完璧酔っ払いですよね。……猪口さん、行きましょ」
「あ、はい。今日はありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる猪口さんを、「ばいばーい」と手を振って見送る。それに後輩くんが何か言いたそうにしていたけれど、知らんぷり。犬塚さんは楽しそうに笑って、手を振って二人を見送った。
何処となく緊張している後輩くんの後ろ姿が可笑しくて、つい肩を揺らす。
「うまくいくといいなー」
「後輩思いだね、本当に」
「面白がってるだけだけどお」
「そう?」
職場では真面目な後輩くんが、女の子相手にあわあわしているのは、見ているだけでも面白い。ビールの入ったグラスを傾けたら、もう底が見えて、中身がなくなった。まだ飲みたいー。俺がボタンを押して店員を呼ぼうとしたら、その手を、犬塚さんに掴まれる。
「なんすかー」
「飲み過ぎ」
「えー?」
「それ以上酔ったら、帰れなくなっちゃうよ」
「そしたら犬塚さん連れて帰ってー」
俺が甘えると、犬塚さんは小さく息を吐いた。あ、呆れられたかなあ、なんて思ってると、伸びてきた手に、ぽんぽんと頭を叩かれる。
「はい、ウーロン茶」
「いつのまにー」
「イケメンでしょう」
「うわーくやしい」
なんて言いながら、手渡されるウーロン茶を一口飲む。冷えてすっきりした味が、気持ち良い。火照った身体と頭が冷やされるみたいだ。
「駿河くん」
そういえば、いつの間にか犬塚さんは、俺のこと、くん付けで呼んでいる。俺の方が年下だし、距離が近くなったみたいで、密かにうれしいのはナイショだ。
「なんすかー」
「また飲もうか、今度は二人で」
犬塚さんからの誘いが嬉しくて、俺は緩く笑って頷いた。「もちろん、大歓迎っすー」ていう声がつい軽い調子になっちゃったけど、本気で嬉しいっていうのを、分かって欲しい。犬塚さんは笑って、「また連絡するよ」と穏やかに言ってくれた。
その後、会計は後輩くんが済ませてくれていたっていうのを知ってびっくりした。アルコールが結構回ってたみたいで、ふらふらと千鳥足の俺を犬塚さんが支えて、駅まで連れて行ってくれた。うーん、最後までイケメンだ。
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