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第21話『傍から見ると』

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 私たちはサカイさんとフェルトちゃんが心配になり、二人が落ちていった所まで車で向かった。私は上空からサカイさんがいる場所を特定し、ピットマンさんに報告。

 しかし、そこは例の黒い獣で埋め尽くされていた。

 急いでピットマンさんにそのことを報告。これ以上近づくことは大変危険だと判断し、私も上空からその様子をただ見守るしかなかった。私の仕事はマリナさんたちを保護すること。これ以上この場から離れるわけにはいかない。だから、遠くから見てるだけ。
 もし、サカイさんの身が危険なことになれば駆けつければ良い、そう考えていた。
 だけども、そんな心配事は余計なお世話なんだと、サカイさんの戦闘を見て思い知ることになる。

「何、あれ……サカイさんってあんなに強かったっけ?」

 確かに、サカイさんは私が尊敬する強い人だ。どんなことにも真面目に取り組み、困っている人から助けを求められれば、どんな危険な状況であっても構わずその身を捧げる。
 そして見事解決してしまうのだから、憧れる。
 私もそんな人になりたい。そう思ったから、アルバイトとしてサカイさんが営む何でも屋『ジェネシス』で働くことにした。
 だけども、あれは……。

「すごい……すごいすごい! あれがサカイさんの本気なの!?」

 とてもじゃないけど、追いつけない。目にも留まらぬ速さで動き、あの謎の粒子を使って巧みに戦う。囲まれれば爆発させて吹き飛ばし、槍の雨を降らせ動きを止め、杭で目潰し攻撃を繰り返す。
 そして最後には無茶苦茶なようで確かな斬撃で仕留める。
 美しくて、華麗で、猛々たけだけしくて、だけども凶暴性を感じる。
 正直私は今のサカイさんが怖かった。近づいたら私も殺されちゃうんじゃないかって、思っちゃうくらいに激しかった。

 気がつけば、一〇〇はいた黒い獣は三〇くらいに減っていた。
 そしてサカイさんはまた新しい戦法を取った。
 粒子で短剣を作った。それは獣の攻撃を受け流し、そして素早い突き攻撃で目を潰す。

「あんなことも、できるんだ……」

 改めて、フェルトちゃんの力に疑問を抱く。
 この世界は確かに摩訶不思議なことがたくさんあるけど、ジェネレーターなんていうものは聞いたことなかったし、緑色に輝く粒子を使って無限の可能性を生み出すことができるのは、あまりにも現在の魔法技術を超えていた。

 粒子が杭の形になって物体に突き刺さる? 手や足に纏わせて保護する? はたまた防壁にしたり足場にしたり、粒子そのものを爆発させる? あまりにも万能すぎるそれは、まるで本の中の物語――創作物から出てきたかのようじゃない。

 ここにはあまりにもふさわしくない存在。フェルトちゃんもそうだし、さっきのでっかい鳥の形をした飛行する鉄の塊もそうだし、今サカイさんが戦っている黒い獣もそう。
 どこから湧いて出たか分からない理解不能のもの。
 それが、サカイさんが言っていた理解できない《領域》ってやつなのかな?

「でも、それでも」

 私は憧れ続けるしかない。だって、あの依頼をした日から、ナオシ=サカイという人は私にとって強さの象徴であり、憧れの人。いつか隣に立って一緒に戦いたいって思う。それが私の目標であり、努力する理由でもあるのだから。

「もっと、もっと、もっと! 私に強さを見せてくださいサカイさん。それが、私が前に進むための原動力になるんだから」


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 リリーの忠告通り、俺は愛車のファルカオの中でただ黙って待っているだけ。
 あいにく、俺は車を運転するしか能がないからな。こうやってマリナさんたち保護対象を車に乗っけて守ることしかできない。戦うことはできないが、逃げることならできる。
 それが俺の仕事だし、それで満足しているんだ。

「ねぇねぇ、ローにぃ」
「なんだよエリカ」
「ナオシのおにーちゃんがたたかってくれてるんだよね?」
「そーだぞ。戦う力がない俺たちの変わりに、ナオシの野郎が体を張って頑張ってくれてるんだ」
「だいじょうぶなのかな?」
「大丈夫だ。ナオシを信じろ。アイツはとってもつえーんだからな。前にも、エリカはナオシに助けられてるだろう?」
「うん。じゃあ、しんじる! ナオシのおにーちゃんはきっとかつ!!」
「おう! 信じてやれ。そして、帰ってきたらお礼を言ってやれよ? そしたら、アイツはとっても喜んでくれるからな」
「うん! ナオシのおにーちゃんにありがとー!! って言ってあげるよ!」
「そうしてやれそうしてやれ」

 こうやってエリカもお前のことを信じているんだからな。エリカだけじゃない。マリナさんも、ルビーさんも、お前のことを信じてる。
 負けるなんてことはありえない。苦戦なんてこともありえない。きっと、奴は涼しい顔して帰ってくるはずだ。そんとき、きっとアイツは「前に比べて歯ごたえがなかったな」って余裕ぶっこいたセリフを吐くはず。
 アイツはそんな奴だ。途中でどんなに苦戦しても、最後には円満なエンディングにしちまう。とっても不思議な奴で、一緒にいて安心できる。アイツと仕事ができて本当に良かったって思ってる。
 今回はとんでもなくやっかいで、理解不能なことが起きまくってるけどさ、アイツなら最高のエンディングを用意してるに違いない。
 そのために、俺は与えられた仕事をこなすだけ。絶対にエリカも、マリナさんも、ルビーさんも、誰一人傷つけたりさせるもんか。
 さあ、俺もやっちゃりますかね。

「リリー、ナオシの野郎の様子はどうだ?」

 魔法の念話テレパシーで繋がっているリリーとはいつでも会話することができる。仕事をする上でこの魔法はとんでもなく有用だ。魔法の才能がなくとも、リリーがいてくれさえすれば俺もナオシもリリーと会話することができる。まぁ、俺とナオシは念話で連絡を取り合えないがな。

『ピットマンさん。今のナオシさん……凄いですよ』
「凄いだって? 何が起きてる?」
『今までの戦いは何だったの? ってレベルで凄まじい動きをしてます!』
「それじゃよく分かんねぇよ。実際に見てない俺にも分かるように説明してくれ」
『早いんです、何もかもが。身のこなし方、剣捌き、粒子による戦術。すべてが早くて、人間業じゃないみたいなんです! すごい、すごい、すごい!!』

 興奮しすぎだぞあの見習いバイト。どんだけナオシの野郎が好きなんだよ。
 リリーはバイトのくせに文句だけはいっちょまえで、だけどナオシの言葉には素直に従うんだよなぁ……。まるで主に従順な犬みてぇだ――なんて、リリーに言ったらフリージングで瞬間冷凍されちまうか。

 ま、リリーの気持ちも分からなくもない。

 どんな仕事でも糞真面目に取り組むナオシの振る舞いは素直に尊敬するし、危険な依頼でもその身をていして解決に導くのは、もはやナオシになら掘られても良い、って思っちまうほどだ――冗談だけど。

『残り一匹! いっけぇサカイさん!!』

 なんだか、気がつけばもう終わるみたいだ。リリーの興奮具合が限界突破してるんですが。念話で俺にもナオシにも言葉がダダ漏れなのも忘れて、小さい子供みたいにはしゃいじゃってるんだけど大丈夫かな?

 おそらく今晩は枕に顔を埋めてジタバタすることだろう。
 とにかくだ。完全に危険がなくなったのが分かったら迎えにいってやるかね。
 後ろに乗ってるマリナさんとルビーさんは、早くナオシに会いたいみたいだし。
 まったく、ナオシの野郎はハーレムでも築くつもりですかぁ!?
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